いつか王子様が

「今日もハズレだったー!」


 そんな嘆きと共に、私は玄関先で力尽きて転がった。


 合コンという名の王子様探しは、本日も失敗に終わりました。自慢話にしか興味のないナルシストさんたちのお相手で、***はもうクタクタだ・ぞ。


 そんな切ない夜を思い出しながら玄関先でうだうだしていると、ふっとカオに影がかかった。


 ぐるぐるした片眉を吊り上げた幼なじみ兼同居人が、こめかみに血管を浮き上がらせて私を見下ろしている。


 お風呂上がりで濡れたブロンドが、なんともなまめかしい。


「あれっ、いたんだ。今日はデートじゃないの?」

「おっせェんだよ。何やってた。日にち越えてるぞ」

「ナルシストのご機嫌取り」

「……また合コンかよ」

「聞いてよサンジー! 今日はもう失敗の中の失敗でねー!」


 あきれ顔で去っていくサンジの長い足にしがみつくと、サンジはそのままずるずると私を引きずっていく。


「もうねー、自慢話ばっかりなんだよー。おだてるのに必死だったの***ちゃん」

「おまえいっつもそんなんじゃねェかよ。だったら行かなきゃいいじゃねェか」

「それじゃあ私いつまで経っても王子様に出会えないじゃんかー」

「合コンに王子様は来ねェんだよ。いい加減学べ。おら、リビング着いたぞ」


 そう言ってサンジは自分の足から私を引き剥がすと、エプロンをつけてキッチンへと向かった。


「? サンジご飯食べてないの?」

「なに食いてェんだよ」

「へ?」

「どうせおまえのことだから、話聞くのに必死で飯食えてねェんだろ?」

「……! ううっ、サンジ様……!」

「ったく……いいから早く言え」

「チャーハン!」

「へいへい」


 サンジは冷蔵庫から材料を取り出すと、目にも止まらぬ早さでそれを切り刻んでいく。


 私は、料理をしているサンジをじとっと見つめた。


「? なんだよ」

「わかったよ。私が合コンに行っても王子様に出会えないわけ」

「へェ」

「サンジのせいだ」

「はァ?」


 素っ頓狂な声を上げて、サンジは眉を寄せた。


「なんでおれのせいなんだよ」

「だって考えてもみてよ。私ちっちゃい頃からサンジといるんだよ?」

「だからなんだよ」


 ますます怪訝に眉を寄せたサンジに、私はびしっと指を指して言った。


「サンジがカッコイイのが悪い!」

「……は?」

「小さいときからサンジみたいなイケメンと一緒にいたら、そりゃあハードル高くなっちゃうでしょ」

「……」

「他の男の人なんて、みんなジャガイモに見えちゃうもん」

「おまえ、自分のこと棚に上げてよく言うな」


 そういつものように悪態をついてみても、サンジの耳はほんのり赤い。


 くうっ、こういうとこかわいいんだからもう……!


「……なににやにやしてんだよ」

「むふっ、照れちゃってかわいい」

「なっ、おっ、おまえに褒められたくらいで誰が照れるかバーカ!」

「そうやってムキになるとこは、ちっちゃい頃から変わんないねー。チビナスくん」

「……! ぐっ……!」


 悔しそうに声を詰まらせると、サンジはぶつくさと文句を言いながらチャーハンを皿に移した。


「おら、とっとと食っちまえ」

「わーい! ほほっ、おいしそー! いただきまーす!」


 スプーンいっぱいにチャーハンを乗せると、それを思いきり口に頬張る。


 サンジは、私の向かいに座って頬杖をついた。


「うまいか?」

「んー! おいひい! 最高!」

「ククッ、そりゃよかったな」


 眉を小さくハの字に下げて、サンジは笑った。


 料理を褒められたときにうれしそうに照れ笑いするところも、ちっちゃい時から変わらない。


 サンジのこのカオが、私は一番好きだ。


 へらっと笑い返した私に、サンジは一言「気味悪ィ」と言った。口の悪さも変わらない。


「そんなこんなでね、サンジ」

「どんなこんなだよ」

「ここはやっぱりね、サンジにゾロくんを紹」

「却下」

「なんでー!」

「まずアイツと言葉を交わすのがイヤだ」

「またまたー。ほんとは仲良いくせに」

「おれがいつヤツと仲良くした! 考えただけでっ……あー身体がかゆい!」

「ちゃんと洗ってないんじゃない」

「うるせェ!」


 くわっと目をつり上げてそう反論すると、サンジは身体をわなわなと震わせた。


「このあいだだってよォ、プリンセスとデート中にバッタリうっかりヤツと出くわしてよォ!」

「ヘェ」

「そしたらおれの愛しのプリンセスがキラキラした目で『あの人、カッコイイね』って……!」

「ふうん」

「おれのっ……おれのかわいいプリンセスまで……! おれはヤツを一生許さん……!」

「……」


 暑っ苦しくメラメラと燃えているサンジを横目に、私は再びチャーハンにパクついた。


 なーんだ。新しい彼女とうまくいってるんだ。つまんないの。


 唇を尖らせながらパクパクとチャーハンを口に運んでいると、サンジがあきれたようにため息をついた。


「だいたいなー、アイツのどこがいいんだよ。ただの筋肉バカじゃねェか」

「そういうとこがいいんじゃん。チャラチャラしてなくて」

「……アイツ、ああ見えて来るもの拒まずだぞ」

「えっ、そうなの? じゃっ、じゃあ私も頑張って迫れば……!」

「んなことしてみろ。マリモと一緒に蹴散らすぞ」

「あの子に手上げたりしたら、私あなたと別れるからね!」

「夫婦か!」


 綺麗にツッコミをいれたサンジを、じとっと睨み付ける。


「ねー、なんでそんなにダメなの?」

「ダメなモンはダメだ」

「わかった! ヤキモチ妬いてるんでしょ? 私を他の男の人に奪われちゃうのがイヤなんでしょ? サンジきゅんったらか・わ・い」

「マリモ以外ならべつにいい」

「……」

「どういうのがいいんだよ。参考までに聞いといてやる」


 サンジにそう言われて、私は頭の中で理想の男性を思い描いた。


「ええっとねー、まずはイケメンね」

「……分不相応って言葉知ってるか」

「それから、身体つきはどっちかっていうと細マッチョでー」

「……」

「フェミニストで女の子に優しくて声がセクシーで甘ったるくて」

「……マリモ要素がゼロなのはなぜだ」

「それからね、料」

「……」

「……」

「……なんだよ」

「あァ、ええっと、その」

「?」


 頭の中で仕上がった理想の王子様を、虫ように慌てて手で追い払う。


「りょ……両利きの人」

「はァ? なんで」

「な、なんか器用そうでしょ?」

「そうかァ?」

「そうです。はい、ごちそうさまでした!」


 空になった皿をサンジに押し付ければ、サンジはやれやれと立ち上がった。


「片付けくらい自分でしろよな」

「サンジの集めてる皿高価そうで怖い」

「大丈夫だ。おまえには安いのしか使ってない」

「ひどい!」


 そんなことをうそぶいて、サンジはクツクツ笑いながらシンクへ歩いていく。


「さーて、お風呂でも入ろっかな!」

「おれはもう寝るからな」

「うん、チャーハンありがとね。おやすみ」

「おう」


 お風呂へ向かう途中、皿洗いをするサンジを盗み見た。


 その横顔が憎たらしいくらいに綺麗で。


 なんだか、胸が痛くなった。


いつか王子様


 まぶたの裏に現れた王子様は、知らんぷり知らんぷり。


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