恋はいつでもハリケーン
診断その1:相手から連絡が来ていないか、ついつい気にしてしまう。
うーん……。それはあるな。アイツはいつも突拍子ねェし。何言い出すか、常にアンテナ張ってねェと。
イエス、と。
診断その2:相手と話していると、時間があっというまに過ぎる。
ああ、過ぎる過ぎる。アイツはほんっと、よく喋るからな。聞いてやるだけでひと苦労だぜ、まったく。
これもイエス。
診断その3:相手と同じ仕草をしていることがたまにある。
仕草――そういや、笑ったカオがアイツに似てるって、よく言われるな。顔面の造りの良さは天と地ほどの差があるが、まァ仕草っちゃ仕草だろ。
これもイエスか……。
診断その4、5、6……。
診断その10の回答を終えて映ったその画面に、サンジはぎょっと目を剥いた。
『相手に恋をしている可能性、120パーセント! もう、あなたの恋の炎は止まらない!』
「だああああっ!」
サンジは勢いよくスマートフォンをソファへ投げた。荒い呼吸をそのままに、懐から煙草を取り出す。
火を点けて、肺の奥深くまで煙を吸い込むと、動悸を落ち着けるために長く太い息を吐き出した。
「ったく……やめだやめだ。こんな無料診断ごときに、おれの心が分かるかってんだ」
煙草を半分ほど吸い終えたところで、サンジはスマートフォンを手に戻した。画面には『この気持ちは恋? 友情? 相手への気持ち、見極め診断』とある。
サンジは再び紫煙を吐いた。煙草を灰皿へ押し付けると、休憩室のソファにそのまま身を沈めた。
***のことを好きかもしれない――マドンナとのデート以来、その仮説が頭から離れなくなった。
いや、正確には『ますます浮き彫りになった』、と言ったほうが正しい。正直なところ、その仮説は今まで幾度となく脳裏を掠めてきた。そして、その度に自分は、その問題から目を逸らしてきたのだ。
***とは、幼なじみという関係でいたい――なぜかずっと、そう思ってきたからだ。
けれど――。
『やっぱり、好きな人の気持ちには、敏感になるじゃないですか。サンジさんの前の恋人たちも、きっと今の私みたいに分かっちゃったんじゃないかなァ』
デートの別れ際、あの麗しい唇から発せられた言葉だ。
サンジはその言葉の意味を、しばらくたってから理解した。『恋人の気持ちが他にあると、彼女たちは気付いていた』――きっと、そういう意味で言ったのだ。
その意味を理解した瞬間、サンジの胸は押しつぶされるように痛くなった。自分は今まで、一体どれほどの苦痛をレディたちに強いてきたのか――そう考えると、死にたくなるほど苦しくなった。
きちんと向き合って、解決すべきだ。こんなおれを愛してくれた、レディたちのためにも――。
スマートフォンを操作して、カメラロールを開く。画像の中には、***が食べているところ、***の寝顔、いびきをかいている動画、はたまた誕生日に作ってくれた不格好なケーキまで保存されている。
タイプではない。女性としては、一ミクロンもタイプではない。確かに、かわいいヤツだなとは思う。けれどそれは、小動物や子どもを愛でる感覚に似ていて、恋愛感情からくるものではないと思っていた。時々無性に撫で回したくなるのも、そういう感覚なんだと思っていたのだが――。
その時、休憩室の扉が開いた。隙間からひょっこりとカオを出したのは、最近雇った新米コックだ。腕はまだ荒削りだが、料理に対しての情熱は人一倍ある。そこを見込んで、サンジは採用を決めた。
「あっ、オーナー。お疲れ様です」
「お疲れ。飯か?」
「はい、よろしいですか?」
「おお、入れ入れ」
新米コックは、いそいそとソファに座った。そして、バッグから弁当箱を取り出すと、肩を弾ませながら蓋を開けた。
「それ……おまえが作ったのか?」
「えっ? ――ああ、いえ」だらしなく頬を緩めてから、新米コックは続けた。「彼女の手作りなんです」
弁当箱の中身をまじまじと見ながら、サンジは「へェ」と唸った。
「下手くそですよね」
「へっ? ああ、いや――」
「彩りは悪いし、ハンバーグは崩れてるし」
そう言いながらも、彼の表情はどこかうれしそうだ。
好きなんだろうな――そう思って、サンジは頬を緩めた。
「ぼく、付き合う女性は絶対料理上手な人って決めてたんですけどね」
「……じゃあ、なんで付き合ったんだ?」
そう訊ねれば、新米コックはきょとんとした表情をサンジへ向けた。
「それは……好きだからに決まってるじゃないですか」
「……理想とかけ離れてるのにか?」
「? だって、理想はあくまで理想ですよね?」
「……へ?」
すっとんきょうな声を出したサンジに、新米コックはまっすぐな目を向けて言った。
「理想的だから好きになるわけじゃ、ないですから」
「……」
「それに、現実に好きになる人って、大概理想とかけ離れてたりしますしね」
「……」
いただきます、と手を合わせて、新米コックは歪な形のハンバーグをうれしそうに箸で持ち上げた。
*
「帰ったぞ」
玄関ドアを開けていつも通りの挨拶をすれば、いつもとは違って部屋が真っ暗だった。
そういえば、今朝方***が『今日遅くなるから』と言っていたのを思い出す。先週買ったと自慢げに広げていたワンピースを着ていったから、もしかしたら合コンなのかもしれない。
電気も点けず、サンジは軽くネクタイを緩めながらソファに身を投げた。なんだか今日は、どっと疲れを感じる。
こんな日こそ、いつもの笑顔で迎えてほしかったのに――。
「……さっさと帰ってこい」
やけに情けない声色が、真っ暗闇に溶けていった。
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