ただ、ただ
『レッドフォース社社長のシャンクス氏がまたもや熱愛です! お相手は世界で活躍する正統派の若手モデルでアーティストとしても有名な――』
そんなアナウンスと共に、社食に置いてある大型テレビにはその報道を証明するかのようにモノクロ写真が映し出された。
写真の中の二人の手は、仲良くつながれているようだった。
「はー、やるわね。あの人も」
「一回り以上も下じゃない?」
「見た目若いしねー。アッチも若いんじゃない?」
「やだもー昼間っから!」
「ちょっと***! いつまでフリーズしてんのよ! そば伸びるわよ?」
「あ、う、うん」
一緒にお昼を食べていた同僚の一人にそう言われて、私は口にくわえたままだったそばを、ぞぞっとすすった。
「いいなー、あんなイイ男と熱愛なんて」
「あー、恋したい!」
「どっかにイイ男いないかしら?」
「あのレベルじゃないにしてもね」
そんなことを話している同僚たちに向かって、一人の同僚がにんまりと目を三日月型にした。
「そんなあなたたちに朗報よ! 今日の夜空いてる人ー!」
その呼びかけに、そこにいた全員が「はいはいはい!」と元気よく手を上げる。
「あら、***は予定あるの?」
「え? いや、特にないけど……なんかあるの?」
ほうけたカオでそう訊ねれば、私の目の前に座っていた同僚は箸先で私を指した。
「やーねー、***。合コンよ合コン! 合コンにきまってるでしょう!」
「ご、合コン?」
「そう! この子はね、前回の合コンを次の合コンにつなげる天才なのよ!」
「そうそう! 仕事はからっきしだけど、そういう能力には長けてるの!」
「ちょっと! 一言多いわよ!」
きゃいきゃいとはしゃぐみんなを尻目に、私はわざとらしく困惑した表情を作って言った。
「あー……そういえば私今日用が」
「ダメよ***! 特にないけどってさっき言ったじゃない!」
「い、いや、だから、そのー……忘れてて!」
「だめよー困るわ―。***が来なかったら人数足りないんだもの」
「だ、誰か他に来られる人いないか探すよ」
「いいじゃない、面倒だからアンタが来れば!」
「いやー、そのー、合コンはちょっと……」
そう濁しながら首を左側へひねれば、みんなの目が一斉に私に向く。
「なにっ? アンタもしかして男できたのっ?」
「ええっ? 嘘でしょうっ? 万年処女の***がっ?」
「ま、万年処女って……」
「そんなの許さないわよ! 相手どこの誰よ!」
「い、いや、だから、その」
「じゃあその男みんなに紹介しなさいよ! それができるなら見逃してあげる!」
「いや、それは……」
そうせき立てられて、私はちらりとテレビ画面を見た。
ドアップでうつし出されている幼なじみのだらしのないカオに、小さくため息が出る。
「つ、付き合ってるかどうか、微妙なラインっていうか……」
「なにそれ? 付き合ってないんじゃないの?」
「ま、まァ……」
「ヤったの?」
「ええっ? いっ、いやっ、そのっ」
「はい***参加けってーい!」
「いやっ、だからちょっとまっ」
「よし、決まりー! みんな! 今日は定時に上がるわよ!」
「おおー!」
一致団結した同僚たちは、すかさず立ち上がって社食をあとにした。
私は小さくため息をつくと、再びテレビ画面に目をやった。
『今世紀きってのモテ男もいよいよ年貢の納め時か』というコメンテーターの一言の後、違うネタへと画面が切り替わる。
私はポケットの中から携帯を取り出すと、シャンクスのメールアドレスを表示させた。
合コン行ってきます。
とか。言っておいた方がいいのかな。付き合いとはいえ、やっぱり黙って合コンなんかに行くのは気が引けるし……。
一応、婚約、してるわけだし。
しばらく考えこんでから、私は液晶をホーム画面に戻した。
いいや。やっぱり。なんでそんなことでわざわざ、なんて思われたら、うぬぼれてるみたいでちょっと恥ずかしいし。
それに、なんかシャンクス今忙しそうだし。
シャンクスとは、あの初お泊まり以来会っていない。たまにメールの一つくらいは来るけど、出張先の風景の写真とか、食べたものがおいしかったとか。これと言って内容は特になかった。
てっきり、仕事が忙しいんだと思ってたんだけど……。
私は先程のスクープ写真を思い出して、本日最大のため息をはいた。
*
「ただいまー……」
茶の間に上がると、私は時計を見た。時刻は23時を指している。
ようは、初めの数分だけ人数が揃っていればいいのだ。
みんなそれぞれ狙う相手が決まってきたところで、私はそそくさと退席した。
自室の明かりをつけると、私はそのままベッドへダイブした。
アルコールのせいで、天井がくわんくわんと小さく揺れている。
そのまま目を瞑れば、あのモノクロ写真が鮮やかによみがえってきた。
「あんの浮気者……」
やったわね。さっそくやってくれたわね。上等じゃないの。こんなことで動じる***ちゃんじゃなくてよ。
心の中でそう強がってはみても、胸の痛みは昼間から一向に治まる気配はない。
強くならなきゃ。こんなことでいちいち心を動かされていたら、私にあんな大企業の奥さんなんて、到底勤まらない。
「まったく、しょうがない人だね」って。こんなスキャンダルくらい、軽く笑って受け流せるような、そういう心の広い奥さんにならなくちゃ。
「がんばらなきゃ……」
自分で呟いたその言葉の重圧に、押し潰されそうになってしまった。
ブー、ブー、ブー……。
すると、バッグに入れっぱなしにしていた携帯が鳴った。バイブの長さからいって、メールのようだ。
私は手を伸ばすと、それを取り出してメールを表示させた。
シャンクスからだった。
早まる鼓動を感じながらメールを開くと、そこには一枚の写真。
車の中から撮ったのだろう。緑が綺麗な公園の写真だった。あいかわらず本文はない。
ほんと、最近のこれはいったいなんなんだろうか。風景写真なんて、撮るような柄でもないくせに。
そんなことを考えながら、私は携帯を枕元に置いた。
が、思い直して、それを再び手にした。
メールの新規画面を開いて、文字を打っていった。たった、4文字。
だけど、送ろうとしてやめた。
いや。きっと、送るつもりなんてなかったのかもしれない。
私はそれを消してから、シャンクスの送ってきた写真を抱いて、眠った。
ただ、ただ
『会いたい』
本当の気持ちを伝えたら、わがままになるのかな。[ 7/19 ][*prev] [next#]
[mokuji]
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