恋愛結婚のすゝめ 3/3

「お先頂きましたー」


 ぺたぺたと裸足の足音を立てながらリビングのドアを開けると、私を見たシャンクスはぴきっと固まった。


「あ、布団敷いててくれたんだ。ありがとう」

「……」

「一人用にしてはやけに大き……シャンクス?」

「え、あ……あァ、悪ィ」

「どうしたの」

「いや、なんだ、その……覚悟はしてたんだがな」

「は?」

「思ったより結構クるな」

「なに? なんて?」

「あー、くそ……やっぱりここは男のロマン、Yシャツにすればよかった……」


 よくわからないことをひとり言のように呟いているシャンクスに、私は訝しげに首を傾げる。


「いや、いいんだ。こっちの話だ」

「?」

「あー、それより布団ここでいいか?」

「あ、うん。大丈夫。ありがとう」


 シャンクスの敷いてくれた布団にさっそく潜り込むと、シャンクスみたいなお日様の匂いがした。


「あー、しあわせ……」

「……」

「先に寝ちゃうかも。ごめんね」

「……しないのか、やっぱり」

「あ、なに? 酒盛り?」

「……いや、いい。なんでもない」

「なになに、一杯くらい付き合うよ」

「あー……いやいい。もう寝ろ」

「そう? じゃあ、おやすみ」

「あァ」


 シャンクスがリビングの明かりを落とすと、暗闇に誘われるように私はうとうとと目を瞑った。





「ん……」


 もぞもぞと布団の右側が動く気配で目が覚めた。


 室内はまだ真っ暗で、そんなに時間が経っていないことを悟る。


 寝ぼけ眼のまま暗闇の中で目をこらすと、枕片手に布団に潜りこもうとしているシャンクスと目が合った。


「あ、悪ィ。起こしちまったか」

「……なにしてんの」

「なにが」

「シャンクスの寝室あっちでしょ」

「え、まさかおまえ、別々に寝るつもりだったのか?」

「え、逆に一緒に寝るつもりだったの?」

「あたりまえだろうが。なんでわざわざ別々に寝るんだよ」

「じゃあなんでここに布団敷いたの? あっちにベッドあったよね」


 そう問い掛けると、なぜかしどろもどろになるシャンクス。


「いや、それは、その」

「?」

「……イヤかと思って」

「なにが?」

「……他の女と一緒に使ってたベッドで寝るのが」

「……」

「……」

「……いや、べつに」

「……」


 『べつにっておまえ…』と、シャンクスは深く項垂れた。


「……ちゃんと処分しとくから」

「いいよそんな。もったいないじゃん。気にしないし」

「いや、そこは気にしてくれ。頼むから」

「……」

「……布団入っていいか」

「……今日は別々に寝ようよ」

「……」

「狭いし、シャンクスも窮屈で眠れないと思うよ」

「……」

「聞いてる?」

「……でもよ」

「うん」

「……せっかく一緒にいんのに」

「……」


 暗がりの中で、シャンクスがいじけたように唇を尖らせた。


 私はひとつ咳払いをすると、布団をぺらりと捲る。


「どうぞ」

「……おう」


 そう言うと、シャンクスはおずおずと布団の中へその大きな身体を滑り込ませた。


「……」

「……」

「……せま」

「……もっとこっち来いよ」

「いや、いい。大丈夫」

「……」

「……」

「……あのよ」

「はい」

「……さっきは悪かった」

「なにが?」

「同じ下着じゃ気持ち悪ィと思ってよ」

「あ、パンツね」

「デリカシーなかったよな」

「デリカシーなんて言葉知ってたんだね」

「茶化すなよ」

「……」

「ほんとに、悪かった」


 枕の擦れる音がして、シャンクスがこっちを向いたのがわかった。


 なんだか気恥ずかしくなって、さりげなくカオを逸らす。


「いや、だから気にしてないって」

「いや、だから少しくらい気にしろって」

「だって助かったよ。まァ生地が足りなすぎてTバック状態だけど」

「……」

「……」

「……」

「今の笑うところなんだけど」

「……この状況で笑えねェ」

「……」

「……」

「……」

「……キスしていいか」

「そういえばさ、なんで今日怒ってたの?」

「……」

「車の中で怒ってたよね?」

「……おまえがおれを頼らねェからだろ」

「え?」


 とっさに口を突いて出たその問い掛けに、シャンクスが思いもよらぬ答えを口にした。


「おれに連絡してくれりゃよかったじゃねェか」

「……」

「なのに、ネットカフェなんかに泊まろうとするから」

「……」

「おれたち夫婦になるんだぞ」

「……」

「ちゃんとわかってんのか、バカ」

「……」

「……」

「……あのさ、シャンクス」

「……なんだよ」

「どうして、シャンクスは」

「あァ」

「……私と」

「……」

「……」

「? なんだよ」

「……忘れた」

「あ?」

「聞こうとしてたこと忘れた」

「なんだそれ」


 シャンクスが小さく笑う。


 この笑顔が凍るのが怖くて、その続きは聞けなかった。


「……そろそろ寝るか」

「そうだね、おやすみ」

「……」

「……」


 訪れた沈黙の後で、右手が暖かい何かに包まれる。


 しばらくしてからそれをそっと握り返すと、シャンクスは小さく笑って私のおでこにキスを落とした。


恋愛結婚のすゝめ


 この温もりに、愛はありますか。


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