恋愛結婚のすゝめ 2/3

「……」


 シャンクスの住んでいるマンションを目の前にすると、私はあぜんとした。


 な、なにこれ。これマンションなの? ホテルじゃなくて?


「***? 何してんだ、早く行くぞ」

「あ、は、はい」


 躊躇いもなく足を進めていくシャンクスに、私は戸惑いながらもおずおずと着いていった。





「おじゃ、ま、します……」


 ホテルのスイートルームみたいな(って言っても行ったことないけど)室内を歩いていくと、大きな窓から見えたのは宝石を散りばめたような夜景。


「わ、綺麗……」


 そんな素直な感想を述べたところで、シャンクスがクツクツと喉を鳴らした。


「な、なに」

「いや、おまえもフツーの女みてェなこと言うんだなと思ってよ」

「……」


 むっと唇を尖らせてシャンクスを睨み付ければ、シャンクスは声高らかに笑った。


「ここって賃貸なの?」

「ん? あァ」

「へェ……ちなみに家賃いくら?」

「家賃? あー、いくらだっけなァ。あんま覚えてねェけど……百……いや、百五十万か?」

「ひゃ……!」

「買ってもいいんだけどよォ。手続きがなにかと面倒でな」

「……」


 衝撃。スケールがまるで違いすぎる。


「すごい家に住んでたんだね……」

「そうか? 広すぎてなァ。一番上だからエレベーターも時間掛かるしよ。おれはおまえんちの方が好きだけどなー」

「じゃあ交換して」

「おう、いいぞ」


 そんなことを話しながら、シャンクスはジャケットを脱いでYシャツの袖を捲った。


「軽く風呂洗ってくるから。そのへんテキトーに座ってろよ」

「あ、いいよいいよ、別にそんな」

「せっかく来たんだからよ。のんびりしてけ」


 そう言ってにっと笑うと、シャンクスは弾むような足取りでリビングを出た。


 どうやらもう機嫌は直ったらしい。


 なんだったんだろう、いったい。


「テキトーにって……」


 きょろきょろと室内を見回すと、大きな革張りのソファが目に付いた。


 とても上等すぎて座るのが畏れ多くなった私は、床にぽつんと正座をした。


 お、落ち着かない。


 ……でも、シャンクスと結婚したら、私ここに住むんだよね。


 うーん……。まったくしっくりこない。私がここで生活してる画が、まったく思い浮かばない。


「ここにコタツとお茶菓子置くわけにいかないもんね……」


 今の私には、不安しかない。私なんかに、あんな大企業の社長の奥さんなんて務まるのか。


 私が奥さんで、シャンクスの会社の人たちは祝福してくれるのか。


 ……シャンクスに愛人ができたとき、私はちゃんと正気を、


「おいおい、なんつーとこ座ってんだよ」


 困ったように笑いながら、シャンクスが戻ってきた。


「あ、いや……なんか落ち着かなくて」

「ほら、こっち座れ」


 シャンクスは私の腕を引いてソファに座らせると、自分もその隣に座った。


「……」

「……」

「あー……風呂もうすぐで沸くから」

「あ、うん。ありがと」

「……」

「……」

「……」

「あ、そうだ。なんか使ってないTシャツとかない?」

「ん? あ、あァ、そうか。ちょっと待ってろ」

「ごめんね、なんでもいいから」


 立ち上がったシャンクスにそう声を掛けると、シャンクスは小さく「おう」と答えた。


 リビングから続くドアを開けると、シャンクスはその中へ入って行く。


 室内からがさごそと音がしたかと思うと、シャンクスはすぐに戻ってきた。


「ん、これでいいか?」

「ありがとう。……これってちなみに高いヤツ?」

「……もらいモンだ。気にしないで使え」

「そっか、なら遠慮なくお借りしま」

「あ」

「なに?」

「いや……あー」

「なに」


 そう怪訝な表情を向けると、シャンクスは気まずそうに首の後ろを掻いた。


「……下着、大丈夫か?」

「……あ」

「そうだよな。あー、コンビニ寄りゃよかっ……あっ」


 申し訳なさげに眉を下げたかと思うと、シャンクスは何かを思い出したようにそう声を上げる。


「そうだそうだ、たしかあそこに……」

「?」


 そう口にしながら、シャンクスは再び先程のドアを開け放って何かを探り出す。


 ちらっと大きなベッドが見えて、初めてそこが寝室なんだと知った。


「あったあった! ほら、これ使えよ」

「ええ、さすがにシャンクスのパンツはちょっと」

「んなわけねェだろバカ!」

「へ?」


 シャンクスの手からその何かを受け取ると、私はそれを見てあぜんとした。


「ちゃんと女モンだろ? 封開いてねェからそれ使えよ」

「いや、なんでこんなものがシャンクスの家に……」

「あァ、前一緒に住んでた女……が」

「……」

「……」


 しまった。


 シャンクスの表情からは、明らかにそんな焦りが滲み出ていた。


「ってことは……シャンクスの元カノが忘れていったヤツ?」

「あ、いっ、いやっ……! これには深いわけがっ……! あっ、やっ、やっぱりコンビニにっ」

「お尻入るかなァ」

「……は?」

「シャンクスの元カノってみんな細いもんね」

「……」

「まァいっか、ないよりは。んじゃこれは遠慮なく頂きます」


 そう言って頭を下げたところで、どこからかピーッと音が聞こえてきた。


「ん? なんの音?」

「あ、あァ……風呂が沸いたんだ」

「シャンクス先に入ってきなよ」

「い、いや、いいからおまえが先に入って来いよ……」

「……じゃあ、お言葉に甘えて」

「お、おう。ゆっくりな」

「うん、ありがとう」


 そう言って、シャンクスの元カノが置いていったパンツを握りしめながらリビングを出た。





「デリカシーなさすぎ」


 広すぎる浴槽で足を投げ出しながら、私はポツリとそう呟いた。


 ふつう仮にも婚約者に元カノのパンツ渡す? しかも寝室にあったヤツ。


 あげくうっかり口すべらせて『一緒に住んでた』とか言ってるし。


「あれは浮気とかすぐバレるタイプだな……」


 そういえば高校のとき、当時付き合ってた恋人に浮気がバレて公衆の面前でビンタされてたことあったな。


「愛人作るならせめてうまくやってほしい……」


 小さくため息をつきながら浴室を出ると、私はシャンクスの元カノのパンツを履いてリビングへ向かった。




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