恋 とは

 恋 とは


 「男女が互いに相手をこいしたうこと。また、その感情。こい」――広辞苑より抜粋。


 シャンクスは広辞苑を閉じた。そして頭を抱えた。外国人ならオーマイゴットといったところだ。シャンクスはそれの代わりに呟いた。


「わからん。サッパリわからん」

「広辞苑? なんだ、そんな物引っ張り出して」


 言ったのは、社長室に現れた副社長のベンだった。シャンクスがいなければ、副社長なんて枠には収まっていないかもしれない。実際、シャンクスがいても社長らしいのはベンの方だった。


 いつだったかベンに冗談半分で「立場を交換しないか」と持ちかけたことがある。「断る」と即答された。ごくごく真面目に「おれはアンタを支えていく立場にありたい」と言った。


 それに、と付け加えて「アンタみたいに次から次へとスキャンダルを生み出せるような華はおれにはない」といつものにやけ面で言うのも忘れなかった。


 「いや、あー……なんでもない」


 バツの悪そうに目を右往左往させて、シャンクスは答えた。一瞬、ベンにならと相談を持ちかけようと思ったが、いい歳した男が二人で恋愛の話。想像したら気持ちが悪くて、シャンクスは閉口した。


 「そうか」と興味なさげに口にしたベンを拗ねたような目で盗み見る。ベンは涼しいカオをして、小脇に抱えてきた書類を丁寧に仕分けしていった。


 ベンのような男でも、恋をしたことがあるのだろうか。


 そんな訝しげな眼差しを向けていたら、突然ベンの口元がふっと笑った。そして「何か訊きたいことでも」と切れ長の目をシャンクスへ向けた。


「あ? いや、別に」

「ずっと好きだった、とでも***に言われたか」

「ごほっ」


 素知らぬカオでコーヒーを飲もうとしていたもんだから、思いきりむせた。コーヒーをだらだらと口から垂らしながら、シャンクスは「なんでそれを……!」と驚愕した。


 ベンは手近にあったティッシュ箱をむんずと掴むと「拭け」と言ってシャンクスへぶん投げた。書類整理を再開しながらベンは言った。


「なんで、とは? なんで知っているのかということか? それはどっちのことだ? ***が告白したことか? それとも***がアンタをずっと好きだったことか?」


 口元をティッシュで拭いながら、シャンクスは答えあぐねていた。答えなんて待っていなかったのかもしれない。ベンは続けざまに言った。


「***が告白をしたのは知らない。ただの勘だ。おれの読みが当たっていれば、恐らくこの前の社員旅行の時だろう。二人で夜の海でも行ったんじゃないか? ああいうシチュエーションなら言いやすいだろうしな」


 ベンはつらつらと語り始めた。その全てが見事に当たっていて、ぞっとする。ベンに隠し事は出来なさそうだと、シャンクスは改めて確信した。


「***がアンタに惚れてることは、もうずっと前から知っていた」

「……は?」


 シャンクスはやっと声を出した。随分久々に発音した気がする。それをきっかけにようやく会話らしくなった。


「ま、前から知ってたって……どのくらい前だ?」

「***に出会ってすぐだ」

「嘘だ」

「嘘ではない」

「出会ってすぐって……だってよ」

「何もおかしなことではないだろう? アンタとおれが出会った時、すでにアンタのとなりには***がいた。初めて会った日に***の目を見て分かった。ああこの女はアンタに惚れてるってな」


 理路整然と語りながらも、書類を捌く手が止まることはない。普通の人間なら気が散漫になってミスでも起こしそうだが、ベンに限ってそれは絶対にないだろう。やはりベンの方が社長に向いていそうだと、シャンクスは頭の片隅で思った。


「……おれは知らなかった」

「当然だ。アンタは類い稀に見る鈍感男だからな」

「どっ……! ……いや、否定はできないか」


 現に自分は***に告げられるまで知らなかった。まったく、知らなかった。少しでも「もしかしてコイツおれのこと」なんて、考えたこともなかったのだ。


「ルゥ辺りも知ってたんじゃないか。アイツは意外と人の心の動きに敏感だからな。ヤソップは……まァああいう性格だから気付いてもすぐ忘れるんだろう」

「……嘘だろ。おれ以外みんな知ってたのか?」

「ここまで来ると、却ってすごいな」


 言いながら、ベンはクククと愉しげに笑った。自分の鈍感さに対して笑っているのだろうとすぐに分かる。けれどその笑いは、シャンクスを小馬鹿にしたようなものではない。いってみれば、子どもの悪戯に困り果てて笑うといったふうな。そんな感じだ。まァ、それはそれで十分失礼だが。


「……おれには分からん」

「分からん? 何がだ」

「恋だ」

「……恋、ねェ」


 呟くようにベンは復唱した。その横顔を見てシャンクスは察した。恐らくベンは「分からん」くはないのだろう。


「***に教えてもらったらいいだろう」

「……どんなふうにおれを好きなんですかってか? バカ言うな。照れる」

「なぜそんなに知りたい」

「あ?」

「恋心がどういうものか、知りたいんだろう? なぜだ」


 なぜ。かしこまって訊かれると、よく分からない。だけど、知っておいた方がいいのではないかとは思っていた。なぜ。……なぜだ。


「好きになりたいのか?」

「あ?」

「好きになりたいんじゃないのか。***を」


 その投げかけは適切だった。頭の中のもやが晴れるのを感じた。そうだ。それが正しい。自分は向き合いたかったのだ。できれば、同じ気持ちで。そう決意させるほど、***のあの目はまっすぐで健気だった。


「……そうか」


 ベンは笑った。安堵したように。まったく、自分のことはことごとくこの男に掌握されている。筒抜けになっていることは恥だが、ベン相手ならそれも悪くはない。


「七時か」ベンが腕時計に目をやって言った。「一般企業の社員なら、帰路に着く時間だ」


 その言葉を受けて、シャンクスは立ち上がった。ジャケットと車のキーを掴んで「お先に」と言うと足早に社長室を出る。


 背中で、ベンが小さく笑う声が聞こえた気がした。





 車に乗り込むと、シャンクスはすぐに電話をかけた。数回のコール音の後、雑踏の音に被さった***の声がした。


「もしもし?」

「おう。おれ」

「うん。お疲れ様。……どうしたの? こんな時間に。ああ、今海外?」

「いや、こっちにいる」

「え? ……早いね。もう仕事終わったの?」


 腕時計を見ながら雑踏を歩く***の姿が目に浮かぶ。シャンクスはそれには答えずに言った。


「これから会えるか?」

「……は?」

「飲みにでも行こう」

「飲みにって……どこに?」

「どこって……まァ別にどこでも。居酒屋でもバーでも」


 電話の向こうで、***が困惑している気がした。都合でも悪いのだろうかと思ったが、そうではなかった。「やだよ」とかわいくない声が返ってきた。


「ああ? なんでだよ」

「だって……目立つじゃん」

「は? 意外と自意識過剰だな」


 からかうように笑ってシャンクスは言った。「そうじゃない」とすぐさま否定された。


「シャンクスが。シャンクスと一緒にいたら、目立つ」

「おれ? おれが目立つって? いくら背が高いからって」

「違う。違うのシャンクス。そうじゃなくて」


 ***が頭を抱えている。ように思えた。まったく話が見えない。これも、自分が「類い稀に見る鈍感男」だからなのだろうか。


「……私の会社で、シャンクスのこと知らない人いないよ」

「は? なんで……ああ、たまにテレビとか映ってるしな」

「うーん……まァそうなんだけど。ちょっとそれも違うけど」


 腕組みをしながら難しく眉を寄せる***のカオが目に浮かぶ。離れているのに、***がどんな体勢、どんな表情をしているのかが、手に取るように分かる。ちゃんと目の前で見たくなって、シャンクスはある場所を提案した。


「そうだ。会員制のバーがある。そこならほとんど知り合いしか来ねェし、個室もある。そこに来いよ。地図送るから」

「かっ、会員制っ? で、でも私、普通の格好だよ?」

「大丈夫だ。おれこの前Tシャツに短パンで行っても何も言われなかった」

「いや、シャンクスはいいかもしれないけど……」

「じゃあ後でな。電話切ったらすぐ送る」

「あ、ちょっと……!」


 ***の引き止める声は届いていたが、シャンクスは無視して電話を切った。声を聞いていると、無性に会いたくなる。だから電話を切った。


 よくよく考えてみれば、それは***に対してだけ湧く感情だった。しかし、それだけで恋だと断定するにはどこか決定力に欠けた。


 そんなことを頭の隅に置いて、シャンクスは車を降りた。





 目的地にはすぐ着いた。


 そのバーは自社ビルから程良く離れた場所にある。だからこそ、シャンクスはここに通い付けるようになった。通い付けると言っても、シャンクスはかしこまった雰囲気をあまり好まない。ここを使う時は人目に付きたくないだとか内密な商談だとか、そういう付加がある時だけだった。現に、ヤソップと飲む時はもっぱら居酒屋ばかりだ。


 店のドアをくぐれば、くぐった途端に方々から声がかけられる。中にはシャンクスの記憶にはない男や女もいた。***の言った意味が少し解った気がする。どうやら自分は、自分で思っているより目立つらしい。


 知り合い(向こうの一方的なものも含めて)との挨拶を手短に切り上げると、出迎えに来た店主に女が訪ねて来たかと念のため訊いた。距離的に自分の方が早く着くと踏んでいたが、万一***が早く着いていてドアマンに追い帰されていたら問題だ。


 しかし店主の答えはノーだった。シャンクスはジャケットを店員に預けて、カウンターの端に座った。酒を頼もうとして、止まる。車は会社の駐車場に停めてある。今晩はタクシーで帰宅するつもりだったが、考えてみれば***を送り届ける必要があるかもしれない。とりあえずウーロン茶をオーダーした。


 ***が現れたのは、シャンクスが到着してから二十分を過ぎた頃だった。入口でドアマンに入店を拒否されているのを見て、シャンクスは席を立った。


「悪い。おれのツレなんだ」


 言いながら近付くと、ドアマンはすぐにさっと身を引いた。「大変失礼を致しました」と恭しく頭を下げれば、騒ぎを聞きつけて店主まで出てくる。仰々しく詫びる姿に、シャンクスは困ったように笑った。

「いや、事前に紹介せずに悪かった。おれの……」


 その続きに詰まって、思わず***を見た。急いで来たのだろう。乱れた髪を直しながらシャンクスを見ると、気まずそうに目を逸らした。


「……幼なじみなんだ」

「幼なじみ? シャンクス様の……では」

「ああ。ヤソップやルゥとも幼なじみだ。もちろんベンも知っている」

「それはそれは……」


 店主が改めて***に頭を下げる。***も慌てて頭を下げた。「***と言います。今日はお邪魔します」と、社会人らしく丁寧に挨拶をした。普段の***しか知らないから、よそ行きの声のトーンになぜかシャンクスが照れくさくなった。


 早々に顔合わせを済ませると、シャンクスは座っていたカウンターへ***を促した。***は椅子に腰かけながら周囲を控えめに見回す。つられてシャンクスも辺りを見れば、先程挨拶を交わした知り合いたちが好奇の目を***に向けていた。


 値踏みするような視線の数々に、***は居心地悪そうに小さく肩をすぼめた。シャンクスは***に言った。


「個室に行こう」

「え? 個室?」

「ああ」


 席を立とうとしたシャンクスを***は慌てて制した。「どうした」と尋ねると、***は「ここでいい」と答えた。


 掴まれた腕にこもる力が結構強くて、シャンクスは疑問に思いながらも尻を椅子に戻した。喉が渇いていたのか、***はグラスの水を一気に飲んだ。


「何飲む?」

「え、あ。……ええと」


 メニューに目をやってから、***はシャンクスの目の前に置かれたグラスを見た。「もしかしてそれお茶?」と訊かれたので「そうだ」と答えると「じゃあ私も同じの」と言った。


「おまえは酒飲めよ。喉乾いてるならビールにするか」

「あ、うーん。……でもな」

「飲みてェくせに」

「……シャンクスはなんで飲まないの? まだ仕事あるの?」

「いや、おまえ送って行こうと思って」

「なんだ。じゃあ大丈夫だよ。飲もうよ。私タクシーで帰れるから」

「そうか?」


 シャンクスは***の提案に素直に応じた。本当はせっかくなので自分も酒を飲みたいと思っていた。せっかく、というのはこういう店だからということではない。***と外で酒を飲むのは久しぶりだった。二人で、となると下手したら学生の時以来かもしれない。シャンクスはバーテンに「とりあえずビール二つ」とオーダーした。


 「そういや、おまえがおれんちに泊まってもいいんだな」独り言のようにシャンクスは呟いて一人納得した。そうだ。一緒にタクシーで帰ればなんの問題もなかったのだ。


 するとなぜか、***がとなりで落ち着きなく首を振った。見ると、バーテンとシャンクスを交互に見ている。シャンクスがバーテンの方を向くと、バーテンが慌ててカオをカウンターに戻した。


「前も泊まったもんね。幼なじみだし。別にね」


 言い訳がましくこれ見よがしに公言すると、***はシャンクスのウーロン茶を奪ってそれも一気飲みした。


 シャンクスはあきれた表情を作ると、テーブルに頬杖をついて***の方を見た。***が横目で「なに」と訊いてきた。


「おまえなァ、いつまで……いつまで隠しておくつもりだよ」


 後半部分を内緒話の声量に訂正して、シャンクスは言った。


「隠しておくとか……そういうわけじゃないけど」

「あのな、いつまでもこのままってわけにいかないんだぞ」
「わ、わかってるよ」

「わかってるなら」


 バーテンがビールを運んでくるのが見えて、シャンクスは言葉を切った。バーテンは長居することなく、ビールを置いたらすぐに奥へ消えた。


「……とりあえず乾杯するか」

「う、うん」


 二人同時にグラスを持ち上げる。「お疲れ」と言い合って控えめにグラスを合わせた。***は一気飲みの要領でグラスを傾けかけて、思い直したように一口だけ飲んでからコースターに戻した。


「……違うね」

「あ?」

「グラス。居酒屋のとは」

「……ああ。まァそうだな」


 シャンクスはグラスビールを見た。琥珀がそのまま宙に浮いているように見える。グラスが無いんではないかと錯覚してしまうほどだ。それほどに透明だった。居酒屋のジョッキとは、美しさでは比べ物にならない。


「おれはあっちも好きだけどな」

「え?」

「ジョッキ」

「ああ」

「一生懸命働いてる感じするだろ」

「……ははっ、働いてるって。コップに」

「ほんとに働いてたら面白いな」

「……サーバーの前にみんな並んでね」

「傾ける時は土下座するんだよ」

「泡が出てきたら段々頭上げてさ」

「ああ」


 数秒の沈黙の後、二人して同時に小さく吹き出した。恐らく想像していた画は同じだろう。ここが***の家だったら、広告の裏に二人で絵を描いたかもしれない。


「どうしてこんな早いの? 今日」

「ああ……ベンに追い出された」

「なんかしたんでしょ」

「してねェよ」

「したんだよ多分」

「してねェ」

「した」


 中身のない、始まりも終わりもない言い合い。吸って吐いてのように生まれては消える。***とはずっとこうだったし、それはこれからも変わらないと思っていた。結婚してもだ。


『小さい頃から、ずっと好きだった』


 南の島の波音が、シャンクスの耳の奥でリフレインする。他愛もないお喋りを続ける***の横顔を盗み見た。


 薄暗い店内を照らすオレンジの照明が、***の輪郭を浮き彫りにしている。アルコールで潤んだ瞳とビールの泡で濡れた唇が、***を艶かしく演出していた。


 セックス出来るかと問われれば、出来る。だが、したいかと問われればよく分からない。親友だったのだ。子どもの頃からずっと。正直な話、***とセックスしているのを想像すると、罪悪感のようなものまで生まれる。


 今まで付き合ってきた女は、初めからセックスの対象だった。出来る出来ないではなく「したい」と思ったし、どうしたら抱けるかと会話そっちのけで手を尽くしたこともある。男が夢中になるような、イイ女達ばかりだった。
 

 だけど、結婚を決めたのは***が初めてだった。どんなに魅力的な女でも、結婚の対象になったことは一瞬たりともなかった。***以外ならしなくてもいい。今も本気でそう思っている。


 歴代の恋人達に恋愛感情がなかったのかと訊かれれば、それは違う気がする。好きだったし、大切だった。ずっと一緒にいようとも常に思っていた。だけど、愛しているだとか、家族になりたいだとかは違う。その対象になるのは、やはり***だけだった。


「わっかんねェな、やっぱり」

「は? どこが? 日本酒と焼酎のくだり?」

「……おまえはなんの話をしてんだよ」


 シャンクスは脱力してビールを煽った。傾ける角度が居酒屋のジョッキと同等だった。そんなシャンクスを見て***がほっとしたように肩の力を抜いた。***もビールを多めに口に含んだ。


「なんで嫌なんだよ」

「なにが?」

「個室。気遣ってんだろ。他の目もあるから」

「いや。別に嫌とかじゃないけど」

「じゃあなんだよ」

「だって」


 ***は迷ったように目の玉を左右に振らせてから、言った。


「個室なんて行ったら、なんか特別みたいじゃん」

「特別?」

「ほら、なんか……お忍び? みたいな」

「……ああ」


 なるほど。要するに、少し照れくさいらしかった。それを表すように、***はビールを一気飲みしてグラスを空にした。


「特別だろ、実際」

「え?」

「婚約者なんだから」

「ちょ……!」


 ***は慌てて周りを見た。近くに人がいないことと、聞き耳を立てているような人間もいなさそうだと確認すると、大きく安堵の息を漏らした。


 シャンクスは「おまえなァ」と小さく唸った。


「なっ、なに」

「いつするつもりだよ」

「な、何を?」

「入籍だよ。入籍」

「シ、シャンクス……! しー!」

「その前に婚約発表もある。会見の日取りだとか結納とか結婚式場の予約とか。予定は詰まりに詰まってんだぞ? それにまだおっちゃんとおばちゃんにも挨拶してない」

「……それは」

「おれは、いつまで待てばいい」


 ***は押し黙った。眉を少し下げて困ったカオをしている。シャンクスとしても***に対して攻め立てるようなことを言いたかったわけではないが、いつまでも煮え切らない***に歯がゆい思いをしていたのも事実だった。


 シャンクスはあきれたようにため息をついた。


「おまえ、ほんとにおれのこと好きなのかァ?」

「なっ……! すっ……それは、うん。まァ」


 でも、それとこれとは。ほら。ね。とかなんとか口の中で呻いて、***はグラスの縁を舐めた。***の癖だ。いじけたり拗ねたりした時、いつもペットボトルの縁を齧っていたのを思い出した。


「もう少し待ってよ。もう少し」

「どのくらい」

「え? ええっと……一年、とか」

「はァっ?」

「あーうそうそ! 半年?」

「……」

「……三ヶ月」

「……」

「……一ヶ月」


 シャンクスは大きく息をついた。「一ヶ月な」と念を押すように言った。譲歩した方だ。一年と言われた時は本気で目眩がした。能天気にも程がある。


「……シャンクス」

「あ?」

「なんか……ごめんね」


 シャンクスは***を見た。口を真一文字に結んで、本当に申し訳なさそうなカオをしている。シャンクスは自分の後頭部を乱暴に掻いた。こんなカオをさせた自分が心底情けなかった。


「……新婚旅行」

「へ?」

「どこ行くか」

「ああ、そっか。そうなるよね」

「またあの島でもいいな」

「この前の? でもあの広さを二人で貸切もね。もったいない気が」

「ああ、あそこ結局買ったんだよ」

「……は?」

「島。丸ごと買い取ったんだ」

「……ほ、本気で言ってる?」

「ああ」

「なぜ」

「なぜって……気に入ったからだよ。他に理由あるか?」

「……規模がもう。やっぱり一ヶ月じゃ足りない気が」

「他に行きたいところあったら、どこでもいいぞ」

「ううん……でもな」


 ***はグラスの縁を軽く齧った。そういえば、お互いのグラスはすでに空だ。飲み物を頼もうとシャンクスがメニューに手を伸ばしたところで、***がシャンクスを見た。

 小さい頃から、ずっと好きだった。


 ***のまっすぐな目を見て、またそれを思い出した。


「シャンクスと一緒なら私、どこでもいいかな」


  とは


 どうしようもなく慕わしくて、せつないほどに心ひかれるさま。


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