弱い者同士 1/2

この日、船内は騒然としていた。


「怪我人は処置室に運べ!!重症なヤツからだ!!モタモタするな!!」


声を荒げることなど滅多にないペンギンの叫び声が、船内を駆け抜ける。


その指示にクルー全員が忠実に従っている中、船上に最も頼もしい男が帰還した。


「全員いるな?」

「船長…!!」


船長であるローがそう声を掛けると、皆がその大きな存在感にホッと息をつく。


「気抜いてんじゃねェ。……………チッ、まだ追ってきやがる。出航するぞ…!!」


その命令に、クルーたちは再び身を引きしめると、大きな声で応答した。


すると、まさに出航直前、突然、慌てたようにキャスケット帽子が転がり出てきた。


「船長…!!大変です…!!」

「なんだ。」

「***がいません…!!」

「…………………なに…?」


こんな状況でも決して崩れなかったポーカーフェイスが、その思わぬ報告を耳にした途端、大きく歪む。


「***はっ…!!船長が真っ先に船まで戻らせたはずなのに…!!」

「……………あのバカ…!!」


ローは苦々しげにそう吐き捨てると、甲板を走り抜けながらペンギンに声を掛けた。


「ペンギン!!すぐ出られるようにしておけ!!」

「はい!!」


未だ白煙が立ち上るその町を見下ろして、ローは再び地上へ戻ろうと手すりに足を掛けた、


その時、


「ロー…!!」


船のすぐ下から、聞きなれた声。


聞き間違えるはずなどない。


嫌というほど、自分の耳に染み付いているのだから。


「***…!!」

「!!……………ロー…!!よかった…!!」

「なにしてやがる…!!さっさと上が、」

「助けて…!!」

「……………なに?」


よくよく目をこらすと、***のとなりに、小さな人影が見えた。


ダラリと垂れた頭から、ブロンドを伝って血が滴り落ちている。


「この人っ…!!さっきそこで倒れて、」

「バカヤロウ!!そんなの捨ててとっとと上がってこい!!」

「…!!」


ローのその言葉に、***はカオを大きく歪めた。


「でっ、でもっ…!!この人、私たちに巻きこまれてっ、」

「知ったことか!!んなことに構ってる暇はねェんだよ!!」

「っ、」

「分かったら早く乗れ!!」


そう叫びながら、ローは町から自分たちを追って向かってくる海軍を忌々しげに睨み付けた。


くそっ、間に合わねェ…!!


「***…!!早くしろ…!!」

「っ、で、でもっ、」

「船長命令が聞けねェのか…!!」

「っ、」


***は、何かと葛藤するように唇を真一文字に結ぶと、となりで項垂れている女を見つめた。


すると、何かを決意したように、ゆっくりとカオを上げてローを見つめる。


そのまっすぐな瞳に、ローは息をのんだ。


「行けない…!!」

「……………なに…?」

「この子を見捨てて行くなら…!!私もここに残る…!!」

「…!!」


予想だにしなかった***のその言葉に、ローは大きく目を見開いた。


「なに、…………言ってやがる…」

「この子を置いて…!!私は行けない…!!」

「…………………。」

「っ、……………おねがい、……………ロー…」

「…………………。」

「……………助けて…」

「…………………。」


ローは、再び町の方へ目を向けた。


海軍は、すぐそこまで迫ってきている。


拳を強く握りながら目を閉じると、ローは大きく息を吸った。


そして、僅かな秒数で先の先まで見越した答えを導き出すと、ゆっくりと目を開けた。


「……………ベポ、」

「アイアイキャプテン!!」

「下に***がいる、引っ張り上げてこい。」

「っ、ロー…!!待って…!!おねが、」

「ついでにとなりの『もの』も持ってこい。」

「…!!」


ローのその言葉に、***は思わず安堵の涙を浮かべた。


ベポの巨体が二人を担ぎ上げてくると、スムーズな動きで船が海中へ沈む。


船は、海軍の気配を感じなくなるまで、全速力で走り抜けた。


「うまく撒いたみたいですね。」

「あァ、……………ペンギン、よくやった。」

「!……………は、はい…!」

「怪我人のオペに入る。手を貸せ。」

「わかりました!」


敬愛する男の思わぬ称賛に、ペンギンはほんの少し頬を緩ませた後、ベポを呼びつけた。


「ベポ!おまえも入ってくれ!それからシャチ、……………おい、シャチ!何してる、おまえも来い!」


そう叫びながらシャチの方へ目を向けると、シャチは***と一緒に床に膝をついていた。


二人で、心配そうにあの女の傍らにうずくまっている。


「…………………。」


ペンギンはその様子を見ると、小さく溜め息をついて二人に歩み寄った。


「シャチ、……………***…」

「ペンギン…」

「ペンギンさん…」


ペンギンを不安げに見上げるその二人の足元で、血を流しながら倒れている女を見た。


一目見ればわかる。


今、この船の上で一番重症なのは、この女だ。


…………………だが、


「…………………その女は一番最後だ。」

「…………………。」

「…………………。」

「船長は、クルーを優先する。」

「…………………。」

「…………………。」

「……………あの人が、この船の船長だからだ。……………わかるな?***…」

「……………はい…」


***も、薄々は感付いていたのだろう。


それ以上、何も言わなかった。


「***はその女に付いててくれ。見守ってろという意味じゃない。……………『見張って』るんだ。」

「…………………。」

「シャチ、おまえはおれと来い。」

「……………あァ…」


シャチはチラリと女に目をやった後、振り切るように手術室へ走っていく。


身体を小さく丸めた***を見て、ペンギンは小さく溜め息をつくと、自らも手術室へ向かった。


幸い、命に関わるような重症を追ったものはおらず、手術は滞りなく進んでいく。


最後の一人を処置し終えると、ローは手術室を出た。


少し離れたところに、先程と同じ体勢で女に寄り添う***の姿。


ローはそれを見ると、大きく眉をしかめた。


「ベポ、……………『あれ』運んでこい。」

「アイアイ!」


大きな足音を立てながらベポが近寄って行くと、***はようやくカオを上げた。


その表情に、一筋の希望が滲む。


ベポの胸に収まった青っ白いカオを見下ろすと、ローは顎でしゃくって手術室へ促した。


「ロー…!」


ベポの後に続いて手術室へ入ろうとしたローに、***が声を掛ける。


「……………ありがとう…」

「…………………。」


ローはそれに応えず、***を見ることもせずに、手術室へ再び姿を消した。


―…‥


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