別離

「***、パンにはジャムたっぷりな」

「あ、うん」

「おっ、イチゴもあるじゃん。それとマンゴーも」

「あ、は、はいはい」

「あっ、やっぱりマンゴーじゃなくてパイナップル!」

「ワガママもいい加減にしろ」


 最後の言葉は私の放ったものではない。傍らで様子を見ていたペンギンさんのものだ。


ペンギンさんは言葉だけでなく、軽くゲンコツも浴びせた。


 シャチくんは大げさにのたうち回った。


「いってェな! 何すんだよペンギン! おれ頭殴られてんだぞっ!」

「殴られた翌日にケロッと目ェ覚まして、そんだけ食えれば問題ない」


 シャチくんはぐうの音も出ないようで、ジト目をただペンギンさんに向けた。


私は声を上げて笑った。


「あーあ、せっかく***を守ってやったのによ。船長にはこっぴどく叱られるし、散々だぜ」

「そりゃあそうだよ。あんな無茶したら」


 シャチくんオーダーのランチをお皿に盛りながら、私は眉尻を下げて笑った。


 シャチくんは「ちぇ」と言って、そっぽを向いた。


 襲撃にあった早朝に、シャチくんは意識を取り戻した。


出血はひどかったが、頭蓋骨や脳の損傷は一切なく、手術自体もものの二十分程度で終わった。要するに、見た目ほど大したことはなかったのだ。


目覚めたシャチくんに話を訊けば、あの日の早朝、甲板で物音がしたため向かうと、見知らぬ男達が数人、甲板を物色していたところだったらしい。


襲いかかってきたので応戦したが、相手の人数が多いのと、彼らがなかなかの手練れだったようで、隙をつかれて頭を殴られたとのことだった。


朦朧とする意識の中で、私の存在が頭をよぎったらしく、シャチくんは船内に続くドアに立ちはだかった。


宝の強奪が狙いだった彼らは、躍起になってシャチくんをどかそうとしたが、シャチくんがそれを許さなかったので、半ば八つ当たり気味にシャチくんを殴った。出血に繋がった致命傷はその時のものだったらしい。


向こう側も、シャチくんに受けた傷が深手だったようで、結局そのまま船を跡にした。


 シャチくんの意識は、そこで途切れたようだった。


「***の部屋は甲板から一番遠いんだ。まだ動けたなら、一旦船内に入れてやってから鐘を鳴らしておれたちを呼び寄せるべきだった。ヤツらがあきらめたから良かったが、そうでなかったらお前も中にいた***もやられてんだぞ。もう少し冷静な判断力を持て」


 目覚めたシャチくんにかけたローの第一声はそれだった。


 シャチくんは落ち込んで項垂れていたが、私には分かる。


 手術そのものもシャチくんの怪我も、結果的には大したことはなかったのだが、手術室から出てきたローは疲れ切っていた。


普段のローならきっと、一目で怪我の度合いを把握できたはずだ。


血にまみれたシャチくんを見て、ローも相当ショックだったのだろう。素直に「大したことがなくて良かった」とは、言えない人なのだ。


「でも……ありがとうね、シャチくん」


 私は素直に礼を言った。幼なじみとして、ローの本心も代弁したつもりだった。


 シャチくんは私を一瞥してから顔をふいっと背けて、パイナップルを頬張った。


 「別に。宝もあったし」と言ったシャチくんの耳は、真っ赤だった。


 宝は換金のためにロー達が持ち出してたから、船にはなかったんだけどな。シャチくん、それ知ってるくせに。


 ペンギンさんも同じように思ったらしい。二人で目を見合わせて笑った。





 洗濯物を干すために甲板に出ると、ルピが手すりにもたれかかって、ぼんやり海を見ていた。


 洗濯かごを足元に置いて、私はルピの元へ向かった。


「めずらしいね。一人なの」


 そう声をかけると、ルピは頬杖を解いて、はっとしたように私を見た。


まるめられたアーモンドアイは、すぐに細められた。


「ロー船長、疲れてるみたい。めずらしく眠ってるから」


 それに、いつも二人でベタベタいるわけじゃないわ、と付け加えた。


「そっか。ここ最近、忙しかったみたいだね。私、知らなくて」


 言いながら情けなくなったが、いじけるつもりはなかった。


私はルピに笑顔を向けた。


「いつもローをサポートしてくれて、ありがとう。ルピ」

「……」

「それから、シャチくんのことも。ルピも医学に詳しかったんだね。知らなかったよ。手術ができるなんて、すごいね」

「……手術じゃなくて、手術介助よ。医者と言うよりは、ナースの立場に近いかしら」

「ナースかァ。それでも、やっぱりすごいや」


 素直に感嘆の声をあげた。


 ルピは小さく笑って、「ありがとう」と言った。


 それからはお互い、一言も発することなく、ずっと海を見ていた。


クルー達の賑やかな笑い声と、波の音しか聞こえない。


 私は言葉を探していた。ルピも、同じだったのかもしれない。


 最初に第一声を探し当てたのは、ルピの方だった。


「船を……下りるべきだわ、あなたは」


 私は何も答えなかった。賛同も反論も、するつもりがなかった。できなかった、といった方が正しいかもしれない。


「あなたは、この船にはふさわしくない。必要がないの」

「……」

「力不足なの。何もかも」

「……」

「守られてるだけのお姫様が渡っていけるほど、ここから先の世界は甘くない。それから、そんな人間を抱えているこの船も」

「……」

「昨日の出来事がいい例よ。中にいたのが、もし戦闘力のあるクルーだったら、シャチはあんな行動にでなかった」

「……」

「まァ……女に甘い男だから、断言はできないけど」


 おどけるように肩をすくめてみせてから、ルピは真剣な眼差しを私へ向けた。


「***、私は……この船を、仲間を」ルピは、すっと、息を吸い直した。「あの人を、守りたい」


 動けなかった。合った目を、逸らせなかった。息を上手く出来ていたかも分からない。


 先に目を逸らしたのはルピの方だった。横顔が気まずそうだったので、もしかしたら照れくさくなったのかもしれない。ルピもローと一緒で、あまりそういう本心は口にしないほうだ。


 ルピとローは似ている。初めてルピに出会った時からそう思っていたが、長く過ごすほどに、それは色濃く印象に残っていく。


 心のどこかで、ローの一番の理解者は自分だと、そう自負してきた。


 だけどきっと、もうそうではないのだ。


「***? 大丈夫?」

「えっ? ああ……」


 私がショックを受けたと思ったらしい。ルピは心配そうに私の顔を覗いてきた。


 ローに似てるから、分かる。


 この子は、本当の意味で、心の優しい子なのだ。


「ありがとう、ルピ。私は、大丈夫だよ」


 精一杯、笑って言った。自覚しているとはいえ、必要がないと面と向かって言われて、まったくショックを受けないわけではない。


だけど、今は笑いたかった。意地でも、笑ってみせたかった。


「今ね、私なりにも、ちょっといろいろ考えてて」手すりに置いた手元に、目を落とした。「もう少し、考えさせてくれないかな。この船にも、みんなにも……ローにも、迷惑かけないようにするから」


 私の横顔を見つめていたルピが、海へ向き直った。


わかったわ、と、小さく笑って、彼女は頷いた。


引き際くらい、自分で決めたい。その思いを、ルピは同じ女性として、汲み取ってくれたようだった。


 ローのことばかり、考えていた。


私がいなくなって、彼は大丈夫だろうか。


私の抜け殻を見て、彼は残りの一生を、どう過ごしていくのだろう。


みんなが思っているほど、彼は強くはない。


それをいつか、ルピやみんなが、気付いてくれるだろうか。


 ローが傷付かないようにしたかった。私のことを、もう思い出さなくていいように。


上手な別れを、用意したかった。


 だけど、そんなものは、こちらでわざわざ用意しなくても、運命がきちんと準備してくれている。


 ある日突然、前触れもなく。


 導かれるように、訪れるものなのだ。





 その日は、朝からどしゃ降りだった。


「荒れそうだな……」


 空を見上げながら、ローが苦々しげに呟いた。


実際に波はもう荒れ始めていて、船を不愉快な浮遊感が襲っていた。船に乗り慣れたクルーでも、何人か気分の悪さを訴えるほどだ。


「航路はどうするの? ロー船長」


 ローの傍らにいたルピが訊く。いつも右手に常備されているティーカップは、この揺れのせいで今日はお預けらしい。


「今ベポに判断させてる」

「このまままっすぐ進めればいいですが……」


 不安げに言ったのはペンギンさんだった。


「大丈夫だろ。何事もなければ」


 ローがそう答えたところで、タイミングを計ったようにベポがびしょ濡れのままキッチンに転がり込んできた。


「大変だよっ、キャプテン!サイクロンが……!」


 みんなの顔に緊張が走る。


 「そううまくはいかねェか」と、ため息混じりに言って、ローはパーカーのフードを被ってキッチンを出た。


ペンギンさんとルピも、それに続いた。


「この波から抜けられるなら、好都合かもな」未だ完治とはいかないシャチくんが、空を見上げながら言った。「しっかし、よく分かるなァ。雲なんて、一帯真っ黒なのに」


 やっぱりアイツ、航海士なんだな。クマのくせに、と言いながら、からかうように笑う。私もくすっと笑った。


 緊張は走るが、サイクロンは何度か経験がある。今回も無事、何事もなく切り抜けられると、そう思っていた。


 しかし、


「……! なんだっ?」


 先に声を発したのは、シャチくんの方だった。私も同じく、違和感を感じた。


 船体が、大きく前につんのめった感じだった。まるで船ごと、何かに引っ張られたような。


 キッチンに残っていたクルーは全員、私を含めて余すことなく甲板へ向かった。





「見えるかっ? ペンギン!」


 甲板へ行くと、ローが船後方にいるペンギンさんに声をかけているところだった。ローだけでなく、全員の目がペンギンさんに向いている。


 遅れてきた私たちも、その方を見た。波の荒れが随分ひどい。気をつけていないと、体が浮いて海に弾き出されそうだ。雨も、叩きつけるように強かった。


 揺れによろめきながら、ペンギンさんが戻ってきた。その顔が、ひどく険しい。


戻ってきたペンギンさんは、ローに報告した。


「蔦のような何かが、船体に絡みついています……!」

「蔦?」


 顔をしかめて聞き返しながら、ローは船後方へ走り出していた。やはり、自分の目で確かめる必要があると判断したのだろう。


ペンギンさんはもちろん、私やシャチくん、ルピや何人かのクルーたちも、その後に続いた。


 船の後方に、小さな島があった。島と呼んでいいのかと悩むほど、本当に小さなものだ。


その島にある岩に絡みついた、太い縄のような何かが見える。ペンギンさんが、「蔦のようなもの」と表現した正体があれだろう。


その中でも特に太い一本が、海の中へと伸びているのが分かる。


それがまるで、この船を引き止めるように絡みついているのだ。


蔦が船のどこに巻きついているかは、肉眼では確認できない。つまりは、船の下層部に絡みついていることになる。


 ローはサークルを作った。だが、わずかな距離で島には届かず、すぐにそれを引っ込めた。刀で切断しようにも、蔦の正体が見えない上に絡みついているとなると、当てずっぽうになってしまう。そんなことをしていたら、やがてサイクロンに巻き込まれて船ごと海の藻屑だ。


 全員が、事の重大さを悟った。


蔦を断つには、この荒波の中、誰かが海に潜って切断するしかない。


「おれが行く」


 一等先に言ったのは、やはりローだった。パーカーまで脱ぎ始めている。


「何言ってるんですか……!あなたは泳げないんですよ!」


 ペンギンさんを筆頭に、クルー全員がローを引き止めた。


責任感が先行して、そのことを忘れていたようだ。ローは大きく舌打ちをした。


自分が行けないところで、他の誰かに行かせるわけにもいかない。


藍色の目が、ぐらぐらと苦悩に揺れていた。


「私が行くわ。泳ぎには自信があるの」


 ルピが一歩前へ出る。


「お前の細い体じゃあ、すぐ波に持って行かれる。おれが行く」


 ペンギンさんがルピを止めた。


「おれ行くよキャプテン! おれが一番体が大きいし!」

「お前はダメだ、ベポ。航海士のお前に万が一何かあったら、どの道いつか船は沈む」

「じゃあ船長! おれが行きます! 怪我ももう治ったし」

「何言ってるのよ、シャチ! 完治もまだしてないのに」


 おれが、自分が、と、全員が名乗りを上げた。


だけど、誰が手を挙げても、ローはその首を縦には振らなかった。一点を見つめて、頭を働かせている。別の方法を考えているようだった。


 追い詰められているローの顔を、ずっと見ていた。


不思議と、迷いはなかった。


むしろ、ずっとかかっていた霧が晴れて、雲の隙間から晴天が見えたような。


そんな、すっきりとした感覚だった。


 私は甲板を走った。ごった返すクルー達の波を抜けて、船内へと戻る。


自分の部屋に入ると、机の引き出しを開けた。


隠し持っていた練習用のナイフを握ると、すぐさま甲板へ戻った。


 戻ってすぐ、ローを見た。解決策はまだ出ていないようだ。ローの表情は、先ほどと変わっていなかった。


 次に、島の方と、そこから伸びている蔦を見た。あの太さを切断するのは、相当骨が折れそうだ。波で荒れた海中で作業を行うよりも、恐らく島まで泳いで行って、陸地で行った方が早い。


 サイクロンが迫っていた。時間はない。


「***……? 何してるの? ***……!」


 そう叫んだのは、声からして恐らくベポだっただろう。


すでに飛び込みの姿勢を作っていたので、その姿は確認できなかった。


 海に潜ると、波に舞い上げられた砂が視界の邪魔をした。だけど、方向は把握している。私は狙いを定めてその方へ泳いで行った。


 運動は苦手な方だけれど、唯一、泳ぎだけは得意だった。それは唯一、ローができないことだったからだ。


 戦いに夢中になると、ローは時折船に放り出される。それにいち早く気が付いて助けに行くのは、いつも私の役目だった。


ローが海に落ちた時の音は、私にとっては特殊だった。他の人には分からなくても、私にはすぐに分かる。


「本当にすごい耳をしてるな。あれだけは誰も聞き分けられない」


 ペンギンさんは、本当に心から感嘆したように、以前私にそう言った。


 尊敬するペンギンさんに褒められて、とてもうれしく、誇らしく思ったことを覚えている。


 ……私がいなくなったら、誰がローを助けるのかな。


 海が浅くなってきた。私は水面から顔を出して、大きく息を吸った。


 目の前に、島と蔦が見えて、私は腕と足を必死に動かした。洋服が鉛のように重い。脱いでくれば良かったと後悔しながら、体を引きずるようにしてようやく上陸した。


 蔦を確認する。船にまっすぐ伸びているそれを掴んで、持っていたナイフを思いきり突き刺した。


まだ血で汚れたことのない刃は、幸いにも切れ味が抜群だった。力を入れるたびに、蔦がさくさくと裂けていく。


 その手を止めることなく、私はサイクロンの来ている方角を見た。


大丈夫。間に合う。


「何してる……! 戻れ***……!」


 ローの声が、波の向こう側から聞こえた。みんなの声も。


だけど、それに応える余裕がない。私はただただ、蔦を断つことだけに必死だった。


「もうっ、なんでこんなものがっ……」


 ただの蔦なのに、親の仇みたいに憎たらしくなった。


だけど、海を渡って行くということは、こういうものなのかもしれない。


どんなにローが、みんなが強くても。こんな些細なものに足をすくわれて、命を奪われる。


自然が一番怖いな、と、状況に似つかわしくない冷静な感想を抱いた。


 蔦から透けて地面が見えた。打ち上げられた波に引っ張られて蔦がぶつっと切れると、それが勢いよく海へ吸い込まれた。


 波の隙間から船を見た。さっきまで微動だにできていなかった船体が、波に合わせて大きく揺れて、離れて行く。


 よかった。間に合った。


 そう思った途端、全身の力が抜けた。自分の体じゃないみたいに、ひどく重く感じた。


「船を戻せっ! サークルの届くところまででいいっ! 早くしろっ!」

「ですが船長……! サイクロンがもう……!」

「何言ってるのよっ! ***を置き去りになんてできないわ!」

「***ちゃん! 大丈夫だからな! すぐ助けるから、待ってろよ!」

「キャプテン! 船を戻すから、サークルが届いたら合図して!」


 みんなの叫び声が、次第にクリアになる。それから、目の前の視界も。


でもそれは、喜べることではない。近付いてくるサイクロンの風に、波が負け始めているだけの話だ。


 吹き飛ばされるように波がよけて、ようやく船が見えた。ローと、仲間たちの顔も。


「***……!」


 ローが、一際大きく叫んだ。私の姿を見て、ほっとしたように表情をゆるめる。無事だったかと、そう言いたそうだった。


「おいっ! 早く船を戻せ!」

「ダメですっ、船長……! サイクロンに押されて……!」


 そんなやり取りが聞こえた。ローの顔が、一瞬で強張った。


 ローはすぐさま私に向き直ると、船から身を乗り出して叫んだ。


「***……! 泳いで、船に近付いて来い! サークルが届いたら、すぐに船に戻せる!」


 きっと、船上にいる誰もが、私がその指示に従うと思っただろう。


 だけど、私の心は違っていた。


船を飛び降りた時から、私の頭の中は自分でも驚くくらい冷静だった。


私の体力が片道分しか持たないことも悟っていたし、サイクロンのスピードと勢いからして、船が戻れないことも分かっていた。


 ローの追い詰められた顔を見た時からもう、心は決まっていたのだ。


 顔を上げて、ローと、仲間たちの顔を見た。


 私は、笑っていた。


「***……?」


 ローの顔が、さっと蒼ざめる。みんなの顔も。


 私の覚悟を、悟ったようだった。


「ふざけんな……ふざけんなよっ、おい……! ***……! 戻れっ……!」


 ごめん。ごめんね、ロー。


「***……! 何考えてるっ、大丈夫だ……! お前ならできる……!」


 ごめんなさい、ペンギンさん。


「ダメだよ***……! あきらめちゃダメだって……! お願いだからっ、頑張ってよ……!」


 泣かないで、ベポ。


「お前っ……! こんなの、許さねェからな……! いいから早く戻れって……!」


 シャチくんも。せっかく助けてくれたのに、ごめん。


 みんなの呼ぶ声が聞こえる。大切な仲間たちの、最後の声が。


 笑みと一緒に、涙が溢れた。


 死の恐怖より、寂しさが大きかった。


 だけど、それ以上に、喜びが大きかった。


 初めて、航海の役に立てた。


 「どうして私はここにいるのか」その答えが、今なら分かる。


 今日のために、私はここにいたんだ。


 大切な仲間たちや、愛する人の命を守るために、存在していた。


 それが、とてもうれしかった。


 私はルピを見つめた。今の私の気持ちを汲み取ってくれるのは、彼女しかいない。


「行って」


 目だけでそう懇願すれば、ルピは泣き顔を歪めて、苦しそうに歯を食いしばった。


そして、振り切るようにして、舵の方へ走って行った。


一番辛い役目を押し付けてしまったことを、心の中で何度も詫びた。


 仲間たちの顔を見渡してから、最後に、ローを見た。


 彼は泣いていた。泣きながら、私の名前を、ずっと叫んでいた。


 最後まで、心配と、迷惑をかけて、ごめん。


 ……それから、


「今までありがとう。ロー」


 最期の声が、波とサイクロンの轟音に掻き消される。


「***っ……!」


 悲痛なローの声が、耳に届いた最後の声だった。


 冷たい波の感触と、体を吹き飛ばされる衝撃。


 世界がぐるぐると廻って、天か地かも分からなくなった。


 お父さん、お母さん。ごめんなさい。


 だけど、瞑った瞼の裏に写っているのは、故郷の父や母ではなかった。


 最期の最期まで私は、ローのことばかり想っていて。


 あきれ返って、薄れていく意識の中で、小さく笑った。




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