名を呼ぶ声は、

「あっ、あっ、……………ローっ…!」


停泊している街で出会った女との情事中。


女が口にしたその言葉に、ローはピタリと腰を止めた。


「船長さん…?どうし………っ、きゃっ…!」


ベッドから出たローを不満げに見上げた女の首に、ローはおもむろに刃をあてる。


ブルブルと震えだしたその様子を、ローは冷たい瞳で見下ろした。


「萎えた。5秒以内に出ていけ。モタモタしやがると首かっ裂くぞ。」


女は小さな叫びを上げると、半裸のまま転げるようにして走り去っていった。


―…‥


「あれ?船長、今日は帰らないはずじゃ、」


船に戻ってきたローの姿を見て目をまるくしたシャチの問い掛けに答えることなく、ローは足早に目的地へと歩いていく。


その場所に辿り着くと、ローは乱暴にその部屋のドアを開けた。


薄暗い室内から、小さく聞こえてくる気持ちの良さそうな寝息。


ローはベッドの横に立つと、この部屋の主である女のカオを見下ろした。


「…………………おい、起きろ。」

「…………………。」

「……………おい。」

「う、ん……………ベポー…」

「…………………。」


ローは思いきり眉をしかめると、勢いよく布団を剥いだ。


「!?ぎ、ぎゃあああああっ!!てっ、敵襲敵襲てきっ……………あ、あれ?」


ジタバタとベッドの上で暴れた後、***は自分を見つめる(というか睨む)威圧感のある視線に気付いた。


「あ、あれ…あ、なんだぁ…びっくりしたぁ…」

「…………………。」

「ど、どうしたの?そんな怖いカオして……………あ、あれ、そういえば今日帰ってこないって言ってなか、」

「呼べ。」

「……………はい?」


多少寝ぼけているのも手伝って、***はポカンとまぬけに口を開ける。


「アホみてェなツラしてんじゃねェよ。さっさと呼べ。」

「な、なにを?」


そう尋ねた***に、ローは小さく呟くように答えた。


「……………名前。」

「な、名前?」


思わぬローのその言葉に、***は訝しげに眉を寄せる。


「…さっき、抱いてた女に名前呼ばれた。」

「へ……………あ、そ、そう…」

「気分悪ィ。」

「へ?」

「汚された気分だ。」

「け、汚されたって…そ、そんな大げさな…」


***がそう答えたのと同時に、ローは大きく息をついてベッドの縁に腰掛けた。


「……………おまえ以外の女に名前呼ばれると、吐き気がする。」

「……………え?」

「だから、」


ゆっくりとカオを上げて***を見ると、***の身体が小さくピクリと揺れる。


「呼べよ、***。」

「…………………。」


***は戸惑うように左右へ視線を泳がせた後、おずおずとローを見上げてゆっくりと口を開いた。


「…………………ロー。」

「…………………。」

「…………………。」

「……………なんだよ、やめんな。」

「へ、あ、も、もう一回?」

「一回で足りるか、バカ。汚されてんだぞおれは。」

「あ、は、はい。ごめんなさい。え、と……………ロー。」

「…………………。」

「……………ロー。」

「…………………。」


その聞きなれた柔らかい声に呼ばれながら、ローはゆっくりと目を閉じる。


……………くだらねェ。


これだけ名が売れていれば、自分のことを好き勝手呼ぶヤツなんて、ごまんといる。


んなこと、わかってる。


……………それでも、


「……………おかえりなさい、ロー。」


そう言って、***がふわりと笑う。


「…………………あァ。」


それでも、


この耳に届く声は、おまえのものだけでいい。


ローはユルリと口元に弧を描くと、そのまま***の身体をベッドに押し倒した。


名を呼ぶは、


船長室戻んの面倒くせェ。ここで寝る。


えっ!?ちょっ…!!まっ…!!(ぎゃあああっ!!ロっ、ローにおおおおお押し倒されてる…!!)


……………おまえ心臓うるせェな。止めるぞ。


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