檻のなかに、うさぎ

「***、どこ行くんだ?」

「あ、シャチくん……」


 ローに用があって船長室を訪れようとしていたところを、シャチくんに呼び止められた。


「ローのところだよ。ちょっと聞きたいことがあって」

「あァ、今はやめた方がいいぜ」


 シャチくんは首を左右に振って言った。


「へ? なんで?」

「船長は島で誘われた女とお楽しみ中」

「……」


 ……またか。


 ローと海に出て、何年かの月日が流れた。


 次第に仲間も増えてきて、ローの懸賞金もどんどん上がっていく。


 いつのまにか名を上げたローには、ますます女性が寄ってくるようになった。


 島で綺麗な女性に誘われては、船に連れ帰ってくる。


「……シャチくん、これからシャチくんのところに行っていいかな」

「は?」


 なぜか私の部屋はローの隣に位置している。


 戻りたくない。たまに声とか聞こえるんだもん。


「やだよ。おまえと二人でいると船長に怒られる」

「そ、そんなこと言わずに……あ、この前ローが買ってきた高そうなワイン、内緒で二人で空けちゃおうよ!」

「……ますますダメだろ」

「……ですよね」


 あっさりフラれて、深く項垂れた。


「……ったく。しかたねェな。少しだけだぞ。船長のとこから女が出てきたら、おまえこっそり帰れよ」

「……! ありがとうシャチくん! ワイン持ってくるね!」


 こうして私は、避難することに成功した。





「……どういうことだ、これは」

「……」

「……」


 翌朝。


 私とシャチくんは、ローの足元で正座をさせられている。


 ……やってしまった。


 あのワイン、ほんとにおいしかった。


 おいしすぎて、つい……


 床には空きビンが何本か転がっている。


 一杯だけのつもりが……


 いつのまにか一本、二本空けてしまい……


 ……シャチくんのベッドで朝を迎えてしまった。


「ロ、ロー……シャ、シャチくんは悪くないの。私が無理矢理誘って……」

「『無理矢理誘って』、だと……?」


 ローの眉がぴくりと上がって、シャチくんをギロリと睨みつける。


「ちっ、違いますよ船長っ……! そういう意味じゃなくてっ! ただ眠っちゃっただけでっ! おっ、おまえ! もうちょっと言葉を選べよ!」

「えっ、あっ、ご、ごめん……」

「……」


 ピキピキと、ローの額の青筋が次第に浮き上がっていく。


「そういう問題じゃねェ……覚悟はいいか、シャチ……"ROO」

「ちっ、ちょっと待ってロー……!」


 その出だしを聞いて、慌ててシャチくんの前に立ちはだかる。


「シャチくんはほんとに悪くないの! そっ、それに……」

「……」

「……も、元はと言えば、ローのせいでも……あ、あるような、ないような……」

「……あァ?」


 ローがこれでもかというくらいに眉をしかめて私を睨みつける。


「おっ、おまえバカっ! せ、船長っ、違いますよ! 今のはっ、ええっと」

「……シャチ……おまえは三秒以内に出ていけ」

「……ハイ」


 シャチくんが私をちらりと見て、立ち上がる。


「船長、お手柔らかに……」と去り際に言うと船長室をあとにした。


「……」

「……」


 ローが椅子から立ち上がる。


 コツコツと数回足音が聞こえたかと思うと、私の目の前で止まった。


 ……ついに来た。ついに、私も、バラバラにされる。


 幼なじみとはいっても、高額の賞金首。


 ……海賊だ。


 ……。


 あ、あれ、なんであんなこと言っちゃったかな、私。


 いっ、今からでも謝れば、きっとローも許してくれ、


「……***」

「は、はい」


 殺られる。


 そう思った瞬間、ふわりと頭に何かが降って来た。


 落ちていた視線を上げると、ローがしゃがんで私の頭をふわふわと撫でている。


「……ロ、ロー」

「何が気に食わねェ」

「……え?」


 ローを見ると、心底困ったような表情をしている。


 『海賊トラファルガー・ロー』ではなく、『幼なじみ』がそこにいた。


「風呂付きの部屋もやってる」

「……」

「飯だって、ほぼおまえの好きなモン作らせてんだろ」

「……」


 ……違うよ、ロー。


 私がほしいのは、そういうんじゃない。


 そんなふうに思ってしまう私は、やっぱりわがままなのかな。


「……うん、わかってるよ、ロー。感謝してる」

「じゃあなんだって言うんだよ」


 ローが小さくため息をつく。


「……望みを言え」

「……へ?」

「なんでも聞いてやるよ。それで機嫌直せ」


 そう言いながら、私の腕を掴んでベッドの端に座らせた。


「な、ないよ。望みなんて。十分いろいろしてくれてるし……」

「じゃあなんだよ、さっきのは」

「い、いや、あれは」

「いいからさっさと言え」

「ハイ」


 ど、どうしよう。


 まさかこんなことになるなんて……


「じゃ、じゃあ……女の人と、その……そういうコトする時は、船じゃなくて宿かどっかで」

「宿で女とヤってるときに船でなんかあったらどうする。却下」

「……私の部屋をローの部屋から離し」

「却下」

「あ、あれ。さっきなんでも聞いてやるって言われたような気がしたんだけど、空耳だったかな」

「おれから離れることは許さねェ」


 まっすぐに見つめられて、呼吸が苦しくなる。


「は、離れるなんてそんな、おおげさな……お、同じ船の中なんだし」

「ダメだ。おまえはおれの目の届くところにいろ」

「こ、子どもじゃないんだから」

「このあいだ町でちょっと目離した隙に、山賊に襲われたバカはどこのどいつだよ」

「う」


 そ、それを言われると……


「それ以外だ。さっさと言え」


 ローが苛々したように、その長い足を組み替えた。


「……じゃ、じゃあ」

「……」


 息を大きく吸い込む。


「今日の夜は、その……誰も連れて来ないで」

「……」

「ひ、久しぶりに、ローと一緒にお酒でも……なんて」

「……」


 ……。


 なんかちょっと……


 恥ずかしくなってきた……!


 だって、こんなこと言ったら、


 まるで私が、


「……***」


 ふとそう呼ばれて、ゆっくりと頭を上げると、意地悪く口の端を上げたローと目が合う。


 ……しまった。やっぱり、言うんじゃなかった。


「そうかそうか。おれに構ってもらえなくてそんなに寂しかったか……今夜はずっと相手してやるよ」


のなかに、うさぎ


 ちっ、違うよロー! さみっ、寂しいとかそういうんじゃなくて……!


言ってろ。おら、さっさと酒買いに行くぞ。


[ 2/68 ]

[*prev] [next#]
[mokuji]
[しおりを挟む]



「#オメガバース」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -