檻のなかに、うさぎ
「***、どこ行くんだ?」
「あ、シャチくん……」
ローに用があって船長室を訪れようとしていたところを、シャチくんに呼び止められた。
「ローのところだよ。ちょっと聞きたいことがあって」
「あァ、今はやめた方がいいぜ」
シャチくんは首を左右に振って言った。
「へ? なんで?」
「船長は島で誘われた女とお楽しみ中」
「……」
……またか。
ローと海に出て、何年かの月日が流れた。
次第に仲間も増えてきて、ローの懸賞金もどんどん上がっていく。
いつのまにか名を上げたローには、ますます女性が寄ってくるようになった。
島で綺麗な女性に誘われては、船に連れ帰ってくる。
「……シャチくん、これからシャチくんのところに行っていいかな」
「は?」
なぜか私の部屋はローの隣に位置している。
戻りたくない。たまに声とか聞こえるんだもん。
「やだよ。おまえと二人でいると船長に怒られる」
「そ、そんなこと言わずに……あ、この前ローが買ってきた高そうなワイン、内緒で二人で空けちゃおうよ!」
「……ますますダメだろ」
「……ですよね」
あっさりフラれて、深く項垂れた。
「……ったく。しかたねェな。少しだけだぞ。船長のとこから女が出てきたら、おまえこっそり帰れよ」
「……! ありがとうシャチくん! ワイン持ってくるね!」
こうして私は、避難することに成功した。
*
「……どういうことだ、これは」
「……」
「……」
翌朝。
私とシャチくんは、ローの足元で正座をさせられている。
……やってしまった。
あのワイン、ほんとにおいしかった。
おいしすぎて、つい……
床には空きビンが何本か転がっている。
一杯だけのつもりが……
いつのまにか一本、二本空けてしまい……
……シャチくんのベッドで朝を迎えてしまった。
「ロ、ロー……シャ、シャチくんは悪くないの。私が無理矢理誘って……」
「『無理矢理誘って』、だと……?」
ローの眉がぴくりと上がって、シャチくんをギロリと睨みつける。
「ちっ、違いますよ船長っ……! そういう意味じゃなくてっ! ただ眠っちゃっただけでっ! おっ、おまえ! もうちょっと言葉を選べよ!」
「えっ、あっ、ご、ごめん……」
「……」
ピキピキと、ローの額の青筋が次第に浮き上がっていく。
「そういう問題じゃねェ……覚悟はいいか、シャチ……"ROO」
「ちっ、ちょっと待ってロー……!」
その出だしを聞いて、慌ててシャチくんの前に立ちはだかる。
「シャチくんはほんとに悪くないの! そっ、それに……」
「……」
「……も、元はと言えば、ローのせいでも……あ、あるような、ないような……」
「……あァ?」
ローがこれでもかというくらいに眉をしかめて私を睨みつける。
「おっ、おまえバカっ! せ、船長っ、違いますよ! 今のはっ、ええっと」
「……シャチ……おまえは三秒以内に出ていけ」
「……ハイ」
シャチくんが私をちらりと見て、立ち上がる。
「船長、お手柔らかに……」と去り際に言うと船長室をあとにした。
「……」
「……」
ローが椅子から立ち上がる。
コツコツと数回足音が聞こえたかと思うと、私の目の前で止まった。
……ついに来た。ついに、私も、バラバラにされる。
幼なじみとはいっても、高額の賞金首。
……海賊だ。
……。
あ、あれ、なんであんなこと言っちゃったかな、私。
いっ、今からでも謝れば、きっとローも許してくれ、
「……***」
「は、はい」
殺られる。
そう思った瞬間、ふわりと頭に何かが降って来た。
落ちていた視線を上げると、ローがしゃがんで私の頭をふわふわと撫でている。
「……ロ、ロー」
「何が気に食わねェ」
「……え?」
ローを見ると、心底困ったような表情をしている。
『海賊トラファルガー・ロー』ではなく、『幼なじみ』がそこにいた。
「風呂付きの部屋もやってる」
「……」
「飯だって、ほぼおまえの好きなモン作らせてんだろ」
「……」
……違うよ、ロー。
私がほしいのは、そういうんじゃない。
そんなふうに思ってしまう私は、やっぱりわがままなのかな。
「……うん、わかってるよ、ロー。感謝してる」
「じゃあなんだって言うんだよ」
ローが小さくため息をつく。
「……望みを言え」
「……へ?」
「なんでも聞いてやるよ。それで機嫌直せ」
そう言いながら、私の腕を掴んでベッドの端に座らせた。
「な、ないよ。望みなんて。十分いろいろしてくれてるし……」
「じゃあなんだよ、さっきのは」
「い、いや、あれは」
「いいからさっさと言え」
「ハイ」
ど、どうしよう。
まさかこんなことになるなんて……
「じゃ、じゃあ……女の人と、その……そういうコトする時は、船じゃなくて宿かどっかで」
「宿で女とヤってるときに船でなんかあったらどうする。却下」
「……私の部屋をローの部屋から離し」
「却下」
「あ、あれ。さっきなんでも聞いてやるって言われたような気がしたんだけど、空耳だったかな」
「おれから離れることは許さねェ」
まっすぐに見つめられて、呼吸が苦しくなる。
「は、離れるなんてそんな、おおげさな……お、同じ船の中なんだし」
「ダメだ。おまえはおれの目の届くところにいろ」
「こ、子どもじゃないんだから」
「このあいだ町でちょっと目離した隙に、山賊に襲われたバカはどこのどいつだよ」
「う」
そ、それを言われると……
「それ以外だ。さっさと言え」
ローが苛々したように、その長い足を組み替えた。
「……じゃ、じゃあ」
「……」
息を大きく吸い込む。
「今日の夜は、その……誰も連れて来ないで」
「……」
「ひ、久しぶりに、ローと一緒にお酒でも……なんて」
「……」
……。
なんかちょっと……
恥ずかしくなってきた……!
だって、こんなこと言ったら、
まるで私が、
「……***」
ふとそう呼ばれて、ゆっくりと頭を上げると、意地悪く口の端を上げたローと目が合う。
……しまった。やっぱり、言うんじゃなかった。
「そうかそうか。おれに構ってもらえなくてそんなに寂しかったか……今夜はずっと相手してやるよ」
檻のなかに、うさぎ
ちっ、違うよロー! さみっ、寂しいとかそういうんじゃなくて……!
言ってろ。おら、さっさと酒買いに行くぞ。[ 2/68 ][*prev] [next#]
[mokuji]
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