それは秘密、秘密、秘密

「くあっ…」


大きなあくびをしながら、私は船内の窓から空を見上げた。


「あ、晴れてる。」


昨夜は少し荒れた天気だったからどうなるかと思ったけど。よかったよかった。


天気が悪いと、生理中は一層身体が重苦しくてツライ。


でも、ルピがくれた薬のおかげで夕べはぐっすり眠ることができた。


「ルピにお礼言いに行こう。…甲板かな?」


この時間なら、おそらくストレッチのために甲板にいるだろう。私は、さっそく甲板へ向かった。


しばらく歩いていくと、甲板へ抜けるドアの前で、数人のクルーたちが固まってなにやら話しこんでいる。


その中にはシャチくんもいて、私は首を傾げながらみんなに声をかけた。


「おはよう、みんな。」

「ん?おおっ、***!やっと来たか!」

「どうしたの?これ。なんの騒ぎ?」

「どうもこうもねェよ。どうなってんだよ、『あれ』。」

「『あれ』?」


シャチくんに促されて、私はドアをくぐってみんなが指さす方へ目を向けた。それを見て、小さく息が止まる。


そこには、ルピとローがいた。


ローはいつもどおりの読書スタイルだが、ローの細めの太ももの上に、ルピの頭が乗っている。


つまり、ルピはローに膝枕をされた体勢で一緒に本を読んでいた。


その様子は、恋人同士そのものだった。そこにいただれもが、二人の関係がただの船長とクルーから一歩秀でたものだと悟った。


「なァなァ、***。どうなってんだよあの二人!」

「…………………。」

「あんなに仲悪かったはずなのによォ。」

「…ははっ、まァ、そういうことになったんじゃないかな。」

「なんだよー、なんだかんだ言ってやっぱり船長かよー!」


みんながやいのやいのと愚痴っている横を抜けて、私は洗濯をするため船内へ戻った。


ー…‥


こんもりと積み重なった洗濯ものを見て、小さくため息をついてしまった。


本来なら好きな作業のひとつなのに、今日はとても気が重い。


洗濯板を用意して、山のような洗濯ものから1枚取り出す。いつものように洗剤を泡立てると、それを洗っていった。


ぼおっとした頭で思い出されるのは、やはりどうしてもさきほどの光景だ。


『応援するわ、***ちゃん。』

『だって、私がロー船長と仲良くしたら、***、ヤキモチ妬くでしょう?』


…そう、言ってたのにな。


なんでだろうな。やっぱり、一緒にいたらローのこと好きになっちゃったのかな。


ルピも、そのうち私のこと、疎ましく思うのかな。


…それとも、


最初からぜんぶ、ローに近付くためのうそだったのかな…


そんな考えがじわじわと思い浮かんできて、慌てて左右に頭を振る。


せっかくできた友だちのこと、そんなふうに思うのは良くない。


なおさら、ルピは今やもうクルー同然だ。


博学多才なルピに、ペンギンさんはいつも感心している。


それでいて結構あけすけなところがあるから、シャチくんはいつも楽しそうにエッチな話をしたりして。


あそびもたくさん知っているから、ベポだって懐いてる。


…ローだって、


「…!いたっ、」


洗濯板に強く指をこすってしまって、私は思わず手を引っこめた。


指から、じんわりと血が滲み始めている。


「ああ、もう…」


自分がひどく惨めで、情けなくて、そのまま膝にカオを突っ伏して蹲ってしまった。


すると、


ふわり、頭に何かが柔らかくふれた。


そっとカオを上げれば、心なしか不安げに眉をしかめたローがいた。


「ロ、ロー…」

「具合悪いのか。悪いんだな。」


私の答えも聞かず、ローは私の手から洗濯ものを取り上げると水で泡を洗い流した。


「ロ、ロー?あの、」

「なんだおまえ。怪我してんじゃねェか。」

「あ、さ、さっき洗濯板でちょっと、」

「ったく…来い。」

「えっ、えっ…!ちょっ、ぎゃあっ!」


突然、ローが屈んだかと思うと、私の身体がふわりと宙に浮いた。


すぐ横にローの整ったカオがあって、私はそこでやっと自分がお姫様だっこされていることに気がついた。毛穴という毛穴から、いっきに汗が噴き出した。


「ぎゃあああっ…!なにっ、なにしてんのロー…!」

「暴れんな。余計重くなる。」

「だっ、大丈夫…!私あるっ、歩けるからっ、」

「それ以上わめいたら海に突きおとすぞ。船長命令だ。大人しくしろ。」

「…!ううっ、」


『船長命令』の一言に、私はもう押し黙るしかなかった。


やがて船長室に辿り着くと、ローは長い脚で器用にドアノブを回した。


そこで初めて、私は気付いた。昨夜、この船長室で「なに」が行われていたか。


「ロ、ロー…!あのっ、私やっぱり大丈、」

「…………………。」

「な、なんでもないです。」


ローの眼力に気圧されて、結局私は船長室に担ぎこまれた。ベッドの方はあまり見ないようにしようと心に誓った。


私を椅子に座らせると、ローはデスクサイドの戸棚からガーゼやら消毒液やらを取り出す。


私の前で片膝をついて、ローは私の手を取った。


「なんで洗濯してて怪我なんてすんだよ。」

「す、すみません。いててっ、」

「治るまで水仕事はすんな。」

「えっ、ええっ?だ、大丈夫だよ!大したことないし、」

「ダメだ。治りが悪くなる。」

「…は、はい。」


こう言い出したら、ローは曲げない。それ以上は水掛け論になると判断して、私は素直に従うことにした。


「それから、これ。」


手の治療が完了すると、ローは一粒の錠剤を私に差し出した。


「な、なにこれ。なんのお薬?」

「生理痛。」

「…!えっ、」


思わずローを見上げた。どうして知っているのかと目で訴えれば、ローはそれには答えずに言った。


「おまえ、重いんだってな。生理痛。」

「や、やっぱりルピに聞いたの?」

「どうして今までおれに黙ってた。」

「ど、どうしてって、いや、だって、」

「おれはな、おまえのことで知らねェことがあるのは許せねェんだよ。いつも言ってんだろ。」

「で、でも、」

「でももへったくれもねェ。それを他人に聞かされたおれの身になれ。」

「…………………。」

「これからはおれにすべて話せ。かくしごとは許さねェからな。」


責め立てられるようにそう言われて、私は唇を尖らせてローからカオを背けた。いつもの私ならきっとすぐに謝っていただろうが、今日の私はとてもそうはできなかった。


そのことがローにとっても心外だったのか、少し苛立った様子で私の顎を掴むと、乱暴に自分の方へ向かせた。そして、突き出た私の唇をむんずと摘まんだ。


「ひょ…!ひょっと…!」

「なんだよ、このタコみてェな口は。」

「いひゃひゃひゃ…!いひゃい…!」

「何か言いてェことがあんなら言ってみろよ。あァ?」


ローの苛立ちと比例してぎりぎりと強くなる指の力に、私はローの腕をタップして白旗を上げた。


ひりひりと痛む口まわりを摩りながら、私はじとりと控えめにローを睨みあげた。


「だ、だってさ、」

「あァ。」

「ず、…ずるいんじゃん。」

「あァ?ずるい?何がだよ。」

「だ、だって、」


私はカオを俯かせた。唇もまた自然に尖っていく。ローから見たら、拗ねた子どものように見えるだろうなと思ったら、なんだか恥ずかしくなった。


「わ、私だって、…ローのことで知らないこと、いっぱいあるよ。」

「…あ?」

「だ、だからね、ローだってさ、私にぜんぶ教えてくれてるわけじゃないのに、どうして私だけローに教えなきゃいけないのかなァって…」

「…………………。」


ローの沈黙が怖くて、カオを上げることができなかった。呆れてるのか、はたまた怒ってるのか。それとも、


すると頭の上で、くくっ、と笑う声が聞こえた。それに釣られるように、私はそろそろとカオを上げた。ローは笑っていた。


ローは立ち上がってデスクに寄りかかるようにして座った。嫌味のように脚が長いから高さがちょうどよい。


「なんだよ、おまえ。そんなにおれのことが知りたいのか?」

「えっ、ちっ、ちがうよ?わ、私はただ、不公平だなァっていう話をっ、」

「いいぜ。答えてやるから、聞きてェことなんでも聞けよ。」


ローは腕組みをした。私の話をゆっくり聞こうするときの、ローの癖だ。こういう時のローは、砂糖菓子みたいに甘い声を出す。


「じ、じゃあ、…す、好きな色とか。」

「黒か濃紺。」

「好きな、…動物。」

「ベポ。」

「き、嫌いな食べもの。」

「梅干し。」

「…趣味。」

「手術。」

「あ、あとは、ええっと、」


いざそう言われると、聞きたいことなんてなかなか思い浮かばない。質問の内容に、ううん、と頭を悩ませていたら、ローがからかうような目を向けてきた。


「なんだよ、そんなもんか?おまえのおれへの興味は。大したことねェなァ。」

「まっ、まだあるよ!だからっ、ほらっ、そのっ、」


大したことない、の一言に、私はムキになってそう反論した。


「ローの、…好きな、」

「くくっ、また好きなもんかよ。」

「…好きな、」

「?…***?」


あるよ。聞きたいこと。


一番、知りたいこと。あるよ。


突然、目を伏せた私に、ローが少し戸惑ったような空気を出した。それを感じ取って、私は慌ててカオを上げた。


「す、好きな、…たっ、食べもの!」

「…そんだけ悩んで食いもんかよ。」


呆れたような安堵したようなそんな笑みを浮かべて、ローは言った。


「おにぎり。おまえ、そんなこと知ってんだろ。」

「う、うん。そうだね。」

「あァ、いや。ちがうな。」

「へ?」


ローは私に向かって手を伸ばすと、ほっぺたを軽く摘まんでこう付け足した。


「『おまえの作った』おにぎり。」

「ロ、ロー…」

「無理はすんな。困ったことがあれば、すぐおれに言え。どんな小さなことでもだ。」


ローは私の頭をひとなでしてから立ち上がった。その目があまりにも優しくて、私はただ頷くことしかできなかった。


「いいか。おれに秘密なんて持つなよ。わかったな。」


そう念を押して、ローは船長室から出て行った。その背中に、私は何も答えなかった。


ごめんね、ロー。


まだあるの。ローには言えない、大きな秘密が。


その秘密が眠るところに、そっと手をかざした。かたかたと、泣いてるように震えていた。


それは秘密、秘密、秘密


死ぬまで、あなたにだけは。


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