悪女のジェラシー
ある日の食堂。
「よォ。ここに座れよ。」
「あら、ごめんなさい。私ベポと食べる約束してたから。」
「…………………。」
「えっ、お、おれいいよまた今度で、」
「さ、行きましょう?ベポ。」
ある日の宴。
「おい、酌しろよ。」
「あら、ごめんなさい。ペンギンと恋バナをする約束をしてたから。」
「…………………。」
「い、いや、船長、おれはべつに、」
「さ、行きましょう?ペンギン。」
ある日の停泊。
「…買いものに付き合え。」
「あら、ごめんなさい。シャチに下着を選んでもらう約束をしてたから。」
「…………………。」
「あだだだだだっ…!なんでおれだけ暴力で八つ当たりするんですか船長ォォォォォ!」
「…さ、行きましょう?***。」
「えっ、わ、私?」
「あっ!ずりィぞ***!おれも下着見た、」
「シャチ、てめェはおれの買いもの付き合えるよな?あァ?」
「うわあああああん喜んでえええええ!」
こうして、シャチくんの悔し泣きを背に、私とこの子、ルピは町へと繰り出した。
―…‥
「あら、このデザイン素敵。ねェ、***もそう思わない?」
「え、あ、う、うん。かわいいね。」
「買っちゃおうかしら。」
ブラジャーを合わせながら、ルピは鏡の前でポーズをとった。
店の前を通る男性たちが、カオを赤らめてそれに目を奪われている。
「ねェ、***。赤と紫、どっちがいい?」
「そ、そうだな。紫、…かなァ?」
「やっぱり!私もそう思ってた。買ってくるわ。」
小さくウインクをして、ルピはレジへと小走りした。
私は小さくため息をついた。
―…‥
「どうしてそんなにローに冷たいの?」
そう尋ねれば、ルピはアイスクリームを頬張ったまま私を見た。
「冷たい?そうかしら。」
「だって、ルピ。ローの誘いだけはぜったい断ってるでしょ?なんでかなァって。」
「うーん…」
ぺろぺろとアイスクリームを舐めながら、ルピは考えるようにして空を見上げた。
「だって、私がロー船長と仲良くしたら、***ヤキモチ妬くでしょう?」
「えっ、ええっ?ヤ、ヤキモチ?私が?」
「あら、妬かない?」
「い、いや、まァ、それは、…ひ、否定はできないけど。」
「でしょう?」
「で、でも、さすがにあれはちょっと可哀想っていうか…」
もにょもにょとそう反論すれば、ルピは小さく笑った。
「ダメよ***、そんなんじゃあ。」
「え?」
アイスクリームのコーンについた紙が、綺麗な上弦を描いてゴミ箱に放りこまれた。
「今のロー船長につけこむくらいの気持ちでいなきゃ。」
「つ、つけこむ?」
「そう。今のロー船長は私にフられてプライドはずたずた。そこにつけこむの。」
「い、いや、それは…」
「いい?***。」
ルピは、私のカオの前で人差し指を立てた。
「人の心なんて、数学と同じ。計算式を正しく組めば、どうにでもできるの。」
「け、計算式?」
「そう。まずはその人がどんなタイプの『問題』なのか。時間をかけて分析をするの。」
「…………………。」
「そして、過去の問題をふまえて、その攻略法を利用するの。新しい問題だったら、…まァ、初めは失敗するかもしれないけど。」
「…………………。」
「『それ』は、もう実験データだと思ってあきらめるのね。次回に活かせばいいわ。」
にっこりと笑って、ルピは再び歩き出した。
圧倒されてしばらく立ち尽くしていた私は、慌ててルピのあとを追った。
「ル、ルピって、今までずっとそうしてきたの?」
「そうって?」
「だ、だから、人の心を計算して生きて来たの?」
「ええ、そうよ?」
「…………………。」
「おかげで、世話してくれる男には困らなかったわ。」
「そ、それならよかったね。」
「ええ、問題のレベルを上げて行くのが楽しいの。攻略できた時は爽快よ。」
「…ち、ちなみにちょっと聞きたいんだけど…」
「なに?」
私は、ルピを上目遣いで見上げて、こう尋ねた。
「ロ、…ローみたいなタイプは、ルピのデータに入ってるの?」
ルピは、アーモンド型の目をまるくした。
でも、すぐにいつもの表情に戻って、意味ありげに笑って何も答えずに船の方へと歩き出した。
ー…‥
「前方、異常なーし!」
夜の見張り台で一人、びしっと黒い海に向かって指を指すと、毛布で身体をくるんで座りこんだ。
海軍との戦闘にまきこんでしまった少女・ルピを助けてから、かれこれ1ヶ月。
すっかり私ともクルーたちとも打ちとけたルピだったが、なぜかローだけは例外だった。
どうしてなのかと、ずっと思ってたけど…
『私がロー船長と仲良くしたら、***ヤキモチ妬いちゃうでしょう?』
「まさか、私のためだったとは…」
ああいう女の子は、初めてだ。
大概はみんなローを好きになっちゃうから、どちらかというと疎ましく思われるんだけど…
『応援するわ。』
女の子の友だちができたのは、久しぶりかもしれない。
「なに1人でにやついてんだ。」
突然、左側から聞こえてきた声に、私はびくっ、と身体を揺らした。
「ロっ、ロー…!」
「なんかいいことでもあったのか。」
そんなことを尋ねながら、ローは梯子を上って私のとなりに座った。
その手には、マグカップが乗せられている。
「ちょ、ちょっとね。…ロー、お茶淹れてきてくれたの?」
「…………………。」
そう聞けば、ローはあからさまに苦々しいカオをした。
「あの女が持っていけってうるせェんだよ。」
「あ、あの女って、…ルピ?」
「あァ。」
「そ、そうなんだ。ありがとう。」
ローからマグカップを受け取ると、中には花が咲いていた。
今日一緒に買いものに行った時に、ルピが買っていたものだと思い出した。
「おまえにはずいぶん懐いてるな、あの女。」
「そ、そうかな。」
「おれには噛み付いてくるけどな。」
「…ご、ごめんなさい。」
「あ?なんでおまえが謝るんだよ。」
「あ、ははっ、ね!」
「?」
私のせいです。
とは、まさか言えない。理由を尋ねられたら困る。ごまかせる気がまったくしない。
「まァ、…よかったな。」
「え?」
「男ばかりだからな、ここは。おまえにとっては、いいんじゃねェか。」
「ロー…」
ローは、懐からお酒の瓶を取り出した。どうやら、今の一言は少し照れくさかったらしい。
「あ、ありがとう。」
「…べつにおまえに礼を言われる筋合いはねェよ。」
「う、うん。えへへ。」
「…アイツと、どんな話するんだよ。」
「え?ル、ルピと?」
「あァ。」
「そ、そうだなァ。」
ローにそう問われて、私はううんと唸り声を上げた。
「洋服の話とか化粧品の話とか、今まで行った町のこととか…フツーの話だよ?」
「…男の話は。」
「へ?」
「男。今までアイツの相手してた男。」
「お、男の人の話はあんまりしないかな…」
「へェ。女はそんな話が好きなんじゃねェのか。」
「さ、さァ。どうかな。」
そう首を横に捻れば、ローは釈然としない表情のままお酒を煽った。
「…ロ、ローさ、」
「あァ?」
「も、もしかしてさ、」
「あァ。」
「…ル、ルピのこと、気になるの?」
琥珀いろした液体にひらひらと浮かぶ花びらを見つめながら、そう聞いてみた。
「あ?なんだよ、気になるって。」
「だ、だから、ほら、その、…好きになったのかなーって。」
喉がからからだったことに気がついて、ティーカップをぐいんと傾けて紅茶をのんだ。熱くて、思わずむせてしまった。
「ククッ、」
「えっ、な、なに?」
「なんだよ。ヤキモチか?」
「は、え、ええっ?ちっ、ちがうよ!どっ、どうして私がローにヤキモチなんてっ、」
「べつにそんなんじゃねェよ。」
あたふたした私を横目に、ローはさらりとそう言った。
「ああいう女は、初めてだ。」
「あ、ああいう女?」
「なびくまでに時間がかかる女がいなかったわけじゃねェが、こんなに長い時間懐かれねェのは初だな。」
そう言うと、私に向かってにやりと口元を歪めた。
「攻略したくなるだろ。」
「こ、攻略?」
その単語を聞いたのは、本日二回目だ。
「ゲームみてェなもんだな。」
「ゲ、ゲーム…」
「相手の思考を計算して、先回りして操って、思い通りに動かす。」
「…………………。」
「なかなか楽しめるぜ。」
「…へ、へェ。」
なんてことだ。育ってきた環境はほぼ同じなはずなのに、こうも違うとは。
一人でうんうんとそんなことを考えこんでいたら、ローが小さく息を吸った。
「おれが思い通りにできねェ女は、後にも先にも一人だけだ。」
「え?」
思わず、ローの涼しげな横顔を見上げた。
「え、ロ、ローの思い通りにならない女の人がいたの?」
「…あァ。」
「ど、どの人?私の知ってる人?」
「…さァな。」
「そ、そうなんだ。それは知らなかったな…」
「…………………。」
「ローの思い通りにならないなんて、その人、よっぽどの悪女、」
そこまで言ったところで、ローが突然、声を上げて笑った。
「なっ、なに?なんで笑うの?」
「いやいや、あァ、悪女な。クククッ、そうかもな。」
「?」
訝しげに首を傾げれば、ローは尚も笑いながら、「なんでもねェよ。気にすんな。」と言った。
「じゃあな。居眠りすんなよ。」
「し、しないよ。」
「なんかあったら呼べよ。」
刺青だらけの指で私の頭をくしゃくしゃと弄ぶと、ローは梯子を下りていった。
ぬるくなった紅茶の中で、花びらがからかうようにゆらゆらと揺れた。
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