トラファルガー・ローの、異変-2

 ローの動向を観察し始めて、三日。


 みんなの言う通り、確かに、ローの言動には不自然なところが多々見受けられた。むしろ、今までなぜ気づかなかったんだろう、と我が身を疑うレベルの不自然さだったのだから、本当に、自分の呑気さというか、観察力のなさには、ほとほと頭が下がる。


 ローの異変は、日常の、様々なシーンで見受けられた。たとえば――。


「あ、船長! おそようございます!」


 朝食を摂っている私たちから、遅れること一時間。寝ぼけ眼のローが、のっそりと食堂に現れた。シャチくんの挨拶を耳にして、眠たげな紺色の双眸を、こちらへ向ける。


「ローのおにぎり、ここに置いておいたよ」


 そう伝えながら、私はおにぎりを乗せたお皿のラップを外していった。


 ローはといえば、くあっ、とひとつ、欠伸をかまして、返事もせずに席へ着いた。


 ローが座った場所を見て、同じテーブルにいたペンギンさんやシャチくん、ベポの空気までもが、ぴきりと固まった。


 ローは、ローのためにといつも空けてある、私の隣の席――ではなく、ペンギンさんとベポの間という、極めて狭い場所に、わざわざ椅子を運び込んで、座った。


「そ、そこに座る? ロー」

「……あァ」

「そ、そっか」

「……」


 微妙な空気が流れる。それを知ってか知らずか、ローは鮭のおにぎりを寝ぼけ眼で頬張りはじめた。


 ちら、とペンギンさんを見遣る。私と目が合ったペンギンさんは、困ったように眉頭を上げて、肩を竦めた。どうしたんだろうな、とでも言いたげな、軽めのジェスチャーである。おそらく、私があまり気にしないようにという配慮だろう。


 曖昧な笑みをペンギンさんへ返してから、ローを盗み見る。ローは、早くもおかかのおにぎりに手をつけていた。


 食欲は、ある。顔色も、まあまあいい。機嫌も、特に悪くはなさそう。


 ……なのに、なんで?


 こちらのほうが、食欲がなくなってしまいそう。味噌汁のお碗の下に溜まった味噌の粒を、ぐるぐると箸でかき混ぜながら、私は思考を巡らせた。





 もちろん、不自然な点は、他にもある。それは、洗濯物を干そうと、いつものように甲板へ出たときだった。


 甲板では、ベポのお腹に寄りかかるようにして、ローがお昼寝の真っ最中だった。目元には、陽射しを遮るように帽子が被さっていて、無駄なお肉が一切ついていないお腹の上には、分厚い本が乗せられている。どうやら、彼が飼っている気まぐれな睡魔は、読書の最中に訪れたらしい。


 極力、音を立てないよう、洗濯かごを床に置く。けれど、元々眠りが浅いローは、その音で小さく身を捩った。長い指で帽子を掴んでどけると、すっきりとしたまぶたをゆるゆると上げて、私を見た。


「あ、起こしちゃった? ごめんね」

「……」


 相変わらず、ローは何も答えない。海の底のような瞳の奥を、波のように、ゆらゆらと揺らめかせるだけだ。


 すると、ローはおもむろに立ち上がった。猫のように背をまるめて、とことこと、こちらへ歩いてくる。


 ローは、そのまま私を素通りして、終始無言のまま、船内へと消えていった。


「なっ……なんっなの! もう!」


 戸惑いや、寂しさ。そして、ほんの少しの苛立ち。いろんな感情がごちゃ混ぜになって、自分の中でうまく消化できない。私は文字通り、その場で地団駄を踏んだ。


「***? どうしたの? ひとりで発狂して……」


 その声に振り向くと、ナルミくんが、きょとんとして私を見ていた。手には釣具が握られていて、釣りをしに甲板へ出てきたんだとわかる。今日は、めずらしく潜水をしていないので、釣りができるチャンスだと思ったのかもしれない。


「あ……うっ、ううんっ。なんでも――」

「もしかして、ローさんのこと?」

「えっ」

「***、ローさんと、何かあった……?」


 おそるおそる、といったふうに、ナルミくんはそう訊ねてきた。いつもは涼しげな目元が、気遣わしげにおろおろと揺れている。


「そ、そんな、大したことじゃないんだけど……。なんだか、その……私、ローに避けられてるみたいで」

「え? ***が? ローさんに?」

「う、うん」

「……」

「気のせい、だとは思うんだけど。でも、みんなにも“喧嘩した?”とか訊かれるし」

「……」

「私も、なんか……最近のローの態度には、不自然さを感じてるんだよね……」

「……」


 ナルミくんは、最初の沈黙の時点で、すでに熟考体勢に入っていた。すらりとした人差し指を折り曲げて、顎に軽く添えている。


 声をかけるのも憚られて、なんとなく押し黙ったまま、ナルミくんの言葉を待った。


 カオを上げたナルミくんは、いつもの柔らかな笑みを浮かべて、言った。


「***。おれに少し心当たりがあるから、おれに任せてくれる?」

「え?」

「大丈夫。***が悪いわけじゃないから」

「あ、でも――あれっ、ナルミくん?」


 私の答えを待たず、ナルミくんは釣具を抱えたまま、船内へと踵を返した。


[ 39/68 ]

[*prev] [next#]
[mokuji]
[しおりを挟む]



「#幼馴染」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -