さようなら、

「明日海に出る」


 いつも通り、命令口調で幼なじみである隈男に呼び出されて来てみれば、いきなりそんなことを言われた。


 いつだったかローが「いずれ海に出て海賊でもやる」と、口にしていたことを思い出す。


 ローは元々、何かに縛られて生きるような人じゃない。


 いずれは、離れ離れになる日が来る。そう、思ってた。


 だから、覚悟はしていたけれど……


「あ、明日……」


 いくらなんでも……


 言うの遅すぎませんか。


 もう少し、もっと、こう……


 前持って言うとか……そういうのできないかな。


 しかし、そんなことをローに求めることが間違いなのは、幼なじみである私がよく分かっている。


「そ、そっか。うん」

「……」

「げ、元気でね」

「……」

「け、怪我とかしないで……それは無理か。海賊だもんね。危ないこともいっぱいあるよね。……でもローはお医者さんだし、大丈夫だよね」

「……」

「そ、それから」


 ……どうしよう。


 泣きそう。


 明日から、ローがいない。


 ずっと、ずっと、一緒にいた、ローが。


 あの憎まれ口も、


 意地悪く笑うカオも、


 文句言いながら、それでも守ってくれた大きな手も、


 全部、全部。


 今日で、終わりなんだ。


「そ、それから……」


 伝えたいことがたくさんあるのに、何一つ言葉にならない。


 伝えなければ、今しかないのに、


 密かに育んでいたこの想いも……


 今を逃せば、もう言えなくなってしまうのに。


 わかってる。わかってる、のに……


「……行ってらっしゃい」


 貼り付けたような笑みは、ローにどう見えているのだろう。


 でも、


 笑って、送り出してあげたい。


 ローの夢が、やっと叶う。そんなときに、涙は見せたくない。


 ずっと、


 ずっと、一緒にいたから。


 ローが優しいことは、誰よりも知ってる。


 幼なじみの私が泣いたりしたら、ローがどう思うか。


 分かるんだ。


 だから、


「死なないで……」


 生きて、また帰ってきて。


 ずっと、


 ずっと、待ってるから。


 ローのこと信じて、


 ずっと、待ってるか、


「……おい」

「え?」

「おまえ、さっきから何言ってる」

「は……はい?」


 ……え。ち、ちょっとちょっと。


 普通そこはさ。


 最後なんだし、もっと、こう……


 今までありがとう的な感じ出せませんか、ローさん。


「なっ、何って……お別れにきまってっ」

「おまえも行くんだよ」


 ……は、


「……はい?」

「おまえも、行く」


 ……あ、あれ、


 私、寂しさのあまり耳がおかしくなったかな。


 ……え、


 う、嘘でしょ。


 ちょ、


 ちょっと待っ、


「今日中に用意しとけよ。明日朝早ェからな」

「あ、はい」


 じゃあな、と言って、ローはすたすたと店を出ようとする。


 そ、そうかそうか。


 私も行くのか。


 だからあんなあっさりなんだね、ロー。


 ……そうかそうか、うん……


 ……って、バカ!


「ちょっ……! ちょっとロー!」


 急いでローを呼び止めると、ローは不機嫌なカオで私を見た。


「んだよ。まだなんかあんのか」

「あっ、あるよ! 大ありだよ! なっ、なんで私も行くのっ? 私なにも聞いてなっ」

「おまえは『おれの』幼なじみだろうが」

「だっ、だからなにっ?」

「おれのもんを、おれが持っていかなくてどうする」


 な、なるほど……って違うっ!


「なっ、なにその屁理屈! わっ、私は無理だよ! 親にもなにも言ってないしっ、がっ、学校だってあるしっ……! だ、第一、私みたいな小心者が、かっ……海賊なんて!」

「***」


 低めに名前を呼ばれて、思わず胸が高鳴る。


「おまえは、おれにしか守れねェ」

「……」

「おれに黙ってついてこい、***」

「……」


 お父さん、お母さん。


 海賊になった理由が、


 「ときめいたから」、じゃ怒りますか。


さようなら


 平和で、愛しい日々よ。


 私は、愛に生きます。


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