06

「ただいま戻りましたー!」

「あっ、キャプテン、***!おかえりー!」


船に戻ると、ベポが大きな身体を揺らしながら二人を出迎えた。


それを見た***が、満面の笑みでベポに走り寄っていく。


「ただいまベポ!さっきは意地悪してごめんね?お詫びにほら!おみやげ!」

「わー!うまそうなシャケがいっぱい!ありがとう***!」

「あ、で、でもお金だしたのはローなんだけどね。」

「でも選んでくれたの***でしょ?おれうれしい!」

「へへっ、よかった!」


そんな会話を繰り広げながら、二人でほのぼの笑っている。


その様子を見て、ローは二人に気付かれぬよう小さく息をついた。


……………大丈夫だ。


『まだ』覚えてる。


そう安堵したからだった。


「何か変わりは?」


そんな言葉を引き連れて、ペンギンがローの横に立つ。


ローはそれには答えず、その目をペンギンから***へ向けた。


『変わりはないが、進展もない。』


注意深く***を見つめるローの横顔を見て、ペンギンはそう悟った。


「……………話がある。早い方がいい。」

「…わかりました。クルーにはおれから声を掛けておきます。」

「…あァ。」


ローのその相槌を聞くと、ペンギンはその端正なカオに笑みを浮かべて、***へと歩み寄った。


「***、いいパジャマは買えたか?」

「あっ、ペンギンさん!ローに10着もパジャマ買ってもらいました!」

「ははっ、そんなにパジャマがあってどうするんだ?」


***の表情や動きに気を張り巡らせながらそんな会話をしていると、船内から呑気に現れた男が一人。


「おー、***!イイモン買えたかよ?」


キャスケット帽子をヒラヒラともてあそびながら、へらっと***に笑いかける。


***の身体すべての動きが、ピタリと止まった。


「げー、おまえこんなにパジャマ買ってどうすんだよ!」

「…………………。」

「パジャマで生活するつもりかァ?」

「…………………。」

「しっかしおまえ、パジャマすらガキくせ、……………***?」

「えっ、……………あ、あの…」


シャチを見上げた***のカオには、困惑と動揺が広がっている。


「なんだよー。まだ昨日のこと根に持ってんのか?言っとくけどなァ、船長はみんなの船長なんだからな!おまえももう少し遠慮ってモンを…」


くどくどと小言を言っているシャチのカオを、***はまじまじと見つめている。


……………これは、まさか…


そんな***の様子をとなりで見ていたペンギンは、ローの方をチラリと見た。


そのこめかみに、らしくない冷や汗が一筋、伝っていた。


……………これか。


そう思ったペンギンは、シャチの首根っこをむんずとつまむと、そのまま船内へ引きずっていく。


「ぐえっ…!ぐっ、ぐるじい…!」

「そういえばシャチ、まだチェスの途中だったな。さっさとケリをつけよう。」

「はァ?チェスならさっきおまえが初めておれに敗けて、」

「なに言ってるんだ。おれがおまえに敗けるわけないだろう。夢でも見たんじゃないのか。」

「んなっ…!!ずっ、ずりィぞペンギン…!!」


ぎゃあぎゃあとわめきながら、シャチはペンギンによって船内へ連れ去られていった。


「…………………。」


***はといえば、甲板の床を一点に見つめて、身動きひとつ、とろうとしない。


何かを、必死に思い出そうとしているようだった。


「***!このシャケ一緒に食おう?」

「えっ、あ、…ご、ごめんね、ベポ。私さっきハンバーグいっぱい食べてきてお腹いっぱいなんだ。」

「そっかァ、じゃあ明日一緒に食べよう!」

「うっ、うん!ありがとう、ベポ。」


眉をハの字に下げながら蒼いカオで笑う***を、ローはずっと見つめていた。


―…‥


風呂から上がると、ローは***の自室を訪ねた。


「***、おれだ。」


しかし、中から応答はない。


ローは少しだけ考えてから、その足を甲板へと向けた。


―…‥


甲板に辿り着くと、案の定、甲板の上にポツンと小さな身体がひとつ。


それが、今にも夜の海に呑まれてしまいそうで、ローは早足でそのそばへ歩み寄った。


「……………んな薄着で外出んじゃねェよ。」


そのローの声に、***はピクリと小さく身体を揺らした。


しかし、そのカオがいつものように笑みで迎えてくれることはない。


ローは小さく溜め息をつくと、そのとなりに座った。


***の手元を見ると、ボロボロになった写真が一枚。


写真の中で、キャスケット帽子が歯を剥き出しにして笑っている。


***は、シャチのこの写真が、とても好きだった。


「…………………。」

「…………………。」

「…………………分かんなかったのか。」

「…………………。」

「…………………。」

「……………うん。」

「…………………。」

「さっき、この写真見て、……………それで、」


『思い出した』


しばらくためらってから、***は小さくそう告げた。


「……………ロー、」

「……………あァ。」

「私、やっぱり、……………なんか変だよね。」

「…………………。」

「なんか、……………病気だよね、これ。」

「…………………。」


ローが何も答えられずにいると、***が突然、パッとカオを上げた。


「でっ、でもっ、大丈夫か!」

「…………………。」

「ここには、優秀な船長兼船医がいるんだし!」

「…………………。」

「なんかの病気だとしても、あっというまに治しちゃうよね!」

「…………………。」

「大丈夫、…だよね。」


自分に言い聞かせるように、***はポツリとそう呟いた。


その表情は怯えきっていて、今にも泣き出しそうだ。


ローは***のほうへ手を伸ばすと、その頭を自分の方へ引き寄せた。


「…おまえは、おれが守る。」

「…………………。」

「おれの命に代えても。」

「…………………。」

「そう約束しただろ。」

「…………………。」

「だから、」


そこで一呼吸置くと、ローは***の揺らいだ瞳をまっすぐに見つめながら言った。


「んな情けねェカオすんな。」

「…………………。」

「ハートの海賊団クルー兼船長の幼なじみがよ。」

「……………ははっ…!」


ローのその言葉に、***は声を上げて笑った。


……………そうだ。


そのカオが、見たかった。


「ロー、王子様みたい。」

「あァ?あんな気持ちの悪ィ存在と一緒にすんじゃねェよ。」

「…………………。」

「?なんだよ。」

「あ、い、いや、今ちょっと、ローが全身タイツを着たらどうなるのかなって思、」

「…″ROOM″」

「わあああああっ…!!うそですうそですごめんなさいっ!!」


ギロリと***を一睨みすると、ローは***の手を引いて立ち上がった。


「おら、もう行くぞ。」

「あっ、う、うん…」

「ったく、手が冷えてんじゃねェか。」

「…………………。」

「おまえが熱でも出したら、だれが看病する羽目になると思ってる。」

「…………………。」

「ほんとに手の掛かるヤツ、」

「ロー、」

「あァ?」


ギュッと眉をしかめたまま***を見下ろせば、***はふんわり笑って言った。


「…ありがとう。」

「…………………。」

「…………………。」

「……………あァ。」


そう答えると、ローは***の頼りない手を強く握った。


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