05
「お待たせ致しました、ハンバーグ定食でございます。」
店員が皿を目の前に置いても、***の意識はそれに移らなかった。
その視線は宙に浮いていて、心はここにない。
ローは小さく溜め息をつくと、トントンッとテーブルの上を指で小突いた。
「料理冷めるぞ。」
「え、あっ、えっ、あれっ、いつのまに…」
ローにそう諭されて、***は初めて自分でオーダーしたハンバーグを目に写した。
「わっ、おいしそう!いただきます!」
わざとらしい下手くそな笑顔を浮かべると、***は何かを振り切るようにハンバーグを食べ始めた。
「あれっ、ローは何も食べないの?」
「…あァ。」
「お、お腹空いてないの?具合悪い?大丈夫?」
不安げに眉を寄せる***の頭を、ローは宥めるように軽くなでた。
「なんでもねェよ。いいからおまえは腹いっぱい食え。」
「うっ、うん、じゃあ、あの、いただきます…」
「…………………。」
「…………………。」
「…………………。」
「……………あ、あのさ、ロー…」
黙々とハンバーグを口に運んでいた***が、小さくそう呼び掛ける。
「あァ?」
「あ、……………あのさ、」
「あァ。」
「私、さ…」
「…………………。」
「き、……………昨日から、なんか…」
「…………………。」
「…………………。」
「…なんだよ。」
ローがその先を促すと、***はしばらく考えてから、パッとカオを上げた。
「あっ、やっ、やっぱりなんでもなかった!」
「…………………。」
「ご、ごめんね。あっ、ローもハンバーグ少し食べる?」
「…………………。」
蒼いカオして笑った***に向けて、ローは雛鳥のように大きく口を開けた。
「…へ、」
「なんだよ、一口くれんだろ。」
「えっ、あっ、いやっ、あのっ、」
「おら、早くしろよ。アゴが外れる。」
「あ、はっ、はいっ…!」
すると、***はあわあわと慌てたままフォークでハンバーグを一切れ掬った。
「は、はい…」
「あーんって言えよ。」
「えっ、ええっ…!?」
「…………………。」
「え、ええっと、じゃあ、あ、……………あーん。」
ダラダラと汗を掻きながら、***は震える手でハンバーグをローの口へ運んだ。
「……………ククッ、」
「なっ、なにっ?」
「ほんとに言ってやんの。」
「…!!んなっ…!!」
ローがからかうような意地の悪い視線を向けると、***は涙目になりながら反論した。
「だっ、だってっ、ロっ、ローが言えって言ったんじゃんっ…!」
「まさかほんとに言うとはな。」
「だっ、だってっ、言わっ、言わなかったら怒るくせにっ…!」
「かわいかった、***。」
「…!!」
いやらしく口の端を上げてそう言えば、***はいよいよ首まで真っ赤にして黙りこくった。
「ロ、ローってほんと意地悪…」
「なにをいまさら。」
「ははっ、それもそうだね。」
そう言っていつものように笑う***に、ローは柔らかく目を細めた。
―…‥
「あー、おいしかった!ごちそうさまでした。」
レストランを出ると、***はそう言って深々とローに頭を下げた。
「パジャマってどこに売ってんだよ。」
「あ、そ、そうだよね。どこだろ。洋服屋さんか下着屋さんか、な…」
キョロキョロと店を探っていると、ふと、***がある一点を見つめたまま動かなくなった。
***のそんな様子に、ローは首を傾げると、同じようにその先を目で追った。
そこには、暗く茂った森に続く道がある。
「なんだよ。なんかあんのか。」
「え、あ、うん…なんだろう…なんか、」
***は、まるで自分に問い掛けるかのように、ポソリと小さく呟いた。
「なんか私、……………あの先に用があったような…」
「…あァ?」
***のその言葉に、ローは眉を寄せた。
「そっ、そんなわけないか!あんな真っ暗なところ!なに言ってんだろ、私…」
「…………………。」
あはははっ、と、乾いた笑いを漏らす***を、ローはしばらく見つめたのち、こう尋ねた。
「行ってみるか?」
「え?」
「気になんだろ?」
「…………………。」
ローのその提案に、***は再び森の方へ向き直ると、しばらくしてからゆっくりと首を横に振った。
「ううん、大丈夫!」
「…………………。」
「なんか真っ暗で怖いし。」
「…………………。」
「ありがとう、ロー。」
「……………あァ。」
渋々そう小さく答えると、***は「あっ、」と声を上げてある店を指さした。
「ロー!あそこ見て!洋服屋さん!パジャマあるかも!」
そう言ってうれしそうに店へと走り出した***と真っ暗な森を、ローは交互に見た。
すると、脳裏に浮かんだのは、一ヶ月ほど前の***との会話。
『ロっ、ロー!今から行く町って、もしかしてここ?』
『あァ?……………あァ、何もなければな。』
『ほっ、ほんと?ほんとにほんと?』
『しつけェな。なんかあんのか。』
『あっ、あのねっ、さっき本読んでたらねっ、この町の森にっ、』
『あァ?森?』
『あ、ええっと、……………やっぱり内緒!』
『なんだ、それ。』
『あっ、あのさっ、この町に着いたら、毎日夜9時に私と行ってほしいところがあるんだけど…!』
『はァ?毎日だァ?』
『おねがい、ロー!一生のおねがい!』
『…………………。』
『わ、私がこんなにわがまま言ったこと、今までなかったでしょ?だからおねがい!』
『……………はァ、わかった。』
『ほっ、ほんと?ほんとにいいの?毎日だよ?』
『しつけェよ。』
『…!あっ、ありがとう…!やったー!』
間違いない。
***が行きたがっていたのは、あの先だ。
ローは、そう思った。
なんだ?
あの先に、いったい何がある。
***はおれに、いったい何を望んでいた。
もしかして、***が今『ああ』なっていることと、何か関係が、
「ロー?どうかしたー?」
店の中から呼び掛けてきた***の声で、ローの思考は途切れた。
「……………あァ、今行く。」
そう答えると、***は安心したように笑って店へと戻っていく。
ローは、再び森の方を一瞥してから、***の待つほうへ歩いていった。[ 55/68 ][*prev] [next#]
[mokuji]
[しおりを挟む]