告白

「えっ。来たっ? こっ、この人ですかっ?」


 ナルミくんの推察した航路を渡って、ちょうど二週間が過ぎた頃。私たちは、その道すがらにあった小さな町に上陸した。


 この航路を、もしローたちも辿っていれば。必ず立ち寄るだろうと、そういう位置にあったからだ。


 降り立ってすぐに訪れた飲食店は、お昼時で賑わっていて、私たちは腹ごしらえも兼ねてそのカウンターで昼食をとった。


 食べ終わってから私は、カウンターにいる飲食店の女主人に向けて、DEAD OR ALIVEから下を折り曲げて隠した、ローの手配書を見せた。


 そして彼女は、ローの写真を見た途端、ぱっと表情を明るくしたのだ。


「ええ、その人よ! 間違いないわ! イイ男だからね、ちゃあんと覚えてたの!」


 仕事中にも関わらず、女主人はからからと笑いながら親切に教えてくれた。彼女の明るく陽気な雰囲気が、このお店にマッチしている。


 私はナルミくんを見た。ナルミくんから見た私は、興奮に鼻を広げたおもしろいカオをしていたに違いない。


「それって、何日前だったか覚えてますか?」


 いつもの、抑揚のない声でそう訊ねたのは、ナルミくんだ。


 彼女は、私の隣の彼に目を向けると「あらっ、ここにもイイ男」と言ってから、その質問に答えた。


「ううんと……あの日は珍しく雨が降ってたから……三日前くらいかしら?」


 受け答えながらも彼女は、手元のフライパンを見事に返した。美味しそうなチャーハンが、空中でぱらぱらと美しく舞った。


「この辺りに、宿はありますか?」


 ナルミくんが、続けて訊く。


「宿はたくさんあるけど、中心部よりも少し外れたとこの方がいいと思うわよ! この辺は混むから! はーい! チャーハンお待ちどおさま!」


 後半の言葉は、チャーハンを待っていたカウンターの客に向けられていた。


 「ごちそうさまでした」と言って、ナルミくんが席を立つ。私も、深く頭を下げてから、彼のあとを追った。


 後ろから、「またおいでねー!」と、明るい声がした。





「すごい! ナルミくんの推察通りだったね!」


 どうしたって、興奮が冷めやらない。跳ねるように彼の隣を歩きながら、私は固く拳を握った。


「本当に……探してくれてたんだ……」


 心の声が、思わずもれる。


 みんなが、まだ私を想ってくれている。私がまだ、彼らを想っているように。


 航路の邪魔をしているのだから、喜ぶべきことではない。それなのに私は、やっぱりうれしさで心が震えてしまった。


「素直に喜んでいいところだと思うよ」


 目を柔らかく細めて、ナルミくんはそう言ってくれた。


「うっ、うん。そうだね……」

「うまくいけば、明日か明後日には追い付くかもね」

「あ、明日か明後日……」


 胸が高揚する。


 もう二度と会えないと思っていた、ローやみんなに。もしかしたら、あと数日で会えるかもしれないのだ。


「あっちは、アンタを探しながら進んでる。多分、いつもよりもスピードも遅い」ナルミくんは、私を見た。「おれたちが全速力で行けば、必ず追いつける」

「……! うっ、うんっ」


 ナルミくんは、にこっと笑うと、町をぐるりと見渡した。


「船の修理が明日の朝までかかるから、とりあえず宿決めなきゃね」


 そう。この島に着く、本当に直前。私たちの船は、突出した岩場に当たって、ほんの少し破損した。


 ナルミくんも私も、簡単な修理くらいは出来るけれど、船大工ではない。安全に渡っていくためにはやはり、完璧に直した方がいいと、二人の意見は一致した。


「お店の人の言う通り、町外れの宿にしよ。そっちの方が静かだろうし」


 こうして私たちは、賑わう町から少し離れたところの宿に、二人でチェックインした。





 ……。


 ……眠れない。


 むくり。体を起こすと、私は窓の方を見た。


 カーテンの隙間からは、白い月明かりが漏れている。


 左隣のベッドを見ると、ナルミくんは私に背を向けるような格好で眠っていた。


 ベッドから降りて、窓の方へ向かう。月明かりの明るさでナルミくんを起こしてしまわないように、細めにカーテンを開いた。


 月が、白々と町を照らしている。


 ほんの少し離れたところで、ローもこの月を見上げている。


 そうかもしれないと思うと、言いようのない感情が押し寄せてきて、期待と、そして不安に押し潰されそうになった。


「眠れないの?」


 その声に、弾かれるようにして後ろへ振り向いた。


 ナルミくんは、まだベッドに横たわったまま、体をこちら向きにして頬杖をついていた。


「あ……ごめんね。起こしちゃった?」

「……ううん」ナルミくんも、体を起こした。「おれも、なんだか眠れなくて」


 「カーテン、全部開けていいよ」と言いながら、ナルミくんはベッドから出て、こちらへ歩いてきた。


 その言葉に甘えて、カーテンを左右に大きく開く。ちょうどそのタイミングで、ナルミくんは私の隣に座った。


「ナルミくんも緊張してるの?」


 問いながら、私も彼の隣に腰を下ろす。


 ナルミくんは、きょとんとしたカオで私を見た。


「なんでおれが緊張するの」

「ははっ、だよね」

「賑やかな町で過ごすと、いつもこうなんだよね。多分、気持ちが昂ぶるんだと思う」


 長いまつ毛が、月の方へ向く。頬のかさぶたは、もうすっかりなくなっていた。


「ナルミくんの町は、静かだったもんね」

「物静かな中高年が多いんだよね、あの町。若者はみんな、町出てくし」

「そうなの? いい町なのにね」

「そうなんだけどね。退屈なんじゃない?」


 退屈か。あの平和な風景を、退屈と感じる人もいるんだろうな。私からすれば、それは少し贅沢に思えた。


「ずっと疑問だったんだけどさ」

「な、なに?」

「アンタ……なんで海賊やってんの?」


 その質問は、ようやく、という気もするし、今さら、という気もした。


 自覚もあるが、私は海賊には向いていない。私と数日過ごせば、多分誰でもそう感じるだろう。


 現に私は、ナルミくんの町で過ごしていた時、少しも退屈だなんて思わなかった。


「……ローに誘われたの」


 脳裏に、十三歳の頃に出会ったローが思い浮かぶ。あの頃から、不思議な人だった。あの年で、この世のすべての無情を知ったような。どこか、大人びた人だった。


「私の住んでた家の隣が病院でね。遠方からも患者さんが来るくらい、腕のいいお医者さんだったの」

「……」

「その人の医学を学びに、ローが来て」

「へェ。それで仲良くなったんだ」


 仲良く、なんて言われて、思わず私は笑ってしまった。


「最初はもう、全然。話しかけるなオーラ出てたし」

「ああ。なんかそんな感じ」

「でしょ?」

「よく心開いたね。あんな気難しそうな人がさ」

「それがさァ……」


 私は、未だに納得がいかないといった表情を宙に浮かべた。


「おにぎり作って、持って行っただけだったんだよね」

「……おにぎり?」

「そう。おにぎり」


 いつもは表情の乏しいナルミくんも、さすがにあっけに取られている。


 実際私は、十年以上経った今も、未だに納得がいっていない。


 隣に住んでいたそのお医者さんは、おにぎりが大好物だった。


 いつも町のために尽くしてくれるからと、私の母親はよく私におにぎりを握らせて、差し入れに向かわせた。


 ある日、人が一人増えていた。ローだ。


 私は当然のように、特に深く考えもせず、ローの分もおにぎりを握って持って行った。


「そしたら、数日してから、ローが私の家に来るようになったんだよね」

「何しに?」

「……おにぎり貰いに」

「……」


 その日から毎日、ローは私の握るおにぎりを貰いに来た。朝も昼も夜も。


 特におかかがお気に召したようで、彼は今だにここぞという時は私におかかのおにぎりを要求する。


「なんか、初めて食べたらしいんだよね。おかかのおにぎり」

「……つまり、食べ物につられたってこと?」

「……まァ、そうなるよね」

「意外と子供っぽいとこあんだね」


 そう言いながら、ナルミくんはテーブルの上に置きっぱなしにしていたローの手配書を手に取って眺めた。


「それで、一緒にいるうちに好きになって、誘われたからってほいほい海賊になったの?」

「ほ、ほいほいって……」

「ほいほいでしょ」

「まァ、そうだけ……」

「……」

「……」


 ばっ、と、私は勢いよくナルミくんを見た。


「ん? 何?」

「すっ……好きって、何っ?」


 危なくするりと流しそうになったが、そうはいかない。


 ナルミくんは、不思議そうに首を傾げた。


「え? 好きなんでしょ? トラファルガーさんのこと」

「えっ、ちっ、違うよっ? そっ、そりゃあ、好きか嫌いかで言ったら、すっ、好きだけどっ。それはあくまで、仲間としてってことでっ」

「ええ?」


 ナルミくんは、あからさまに訝しげなカオをした。


「違うと思うよ」

「えっ」

「アンタのそれは、恋だと思うよ。多分」

「……」


 私は絶句した。


 確かに、私の気持ちにはルピも気付いていたし、おそらくペンギンさんも薄々勘付いているだろう。


 けれど、少なからず私に敵対心のあったルピは別として、ペンギンさんは私にそれを指摘するようなことはしなかった。そういう人だ。


 複雑な鍵のかかった宝箱を、無邪気な子供になんなく開けられた気分。


 けれど、やっぱり。


 相手がナルミくんだと、悪い気はさほどしなかった。


「もしかして、気付いてなかったの? それともまた、気付かないふり?」

「いやっ。ええ、と……」

「……」

「……」

「……」

「……うん」


 ナルミくんの手の中にある、ローの手配書を見つめた。


「恋してるんだ。ずっと。出会った時から。……ローに」


 初めて、誰かにそう告げた。


 ローを好きになってから、今まで。本人はもちろん、誰かに恋の話をするなんてこと、なかった。


 みんなローが好きだし、初めて会った人でも、ローは男女問わず、その相手を魅了する。


 みんな、ローが好き。だから、私の気持ちも、その中に埋もれたままだった。


「すごいね。そんなに長い間、一人の人想うって。しかも片想い」

「そ、そうかな。私にとっては、それが普通だったから」

「まァ」ナルミくんも、ローの手配書を見た。「無理ないかもね。カッコイイもん」


 ころん、と、ナルミくんはそのまま床に背中をついて寝転んだ。


 その方が、月がよく見えるかも。


 そう思って、私もその隣に寝転んだ。


「おれも、そんなふうに誰かのこと、好きになってみたいな」

「えっ? だって」

「おれさ、自分から好きになったこと、ないんだよね」

「……」

「好きって言われて、うれしくて。それで応えたいって思う」

「……」

「ただ、それだけ」


 ナルミくんは目を瞑った。


 彼はやっぱり、横顔も美しかった。


「……いつか、なれるよ。好きに。誰かのこと」


 そう言えば、ナルミくんは目を瞑ったまま、小さく笑った。


「そうかな。だといいな」


 穏やかな夜だった。


 凪みたいな、そんな夜。……だったのに。


 わずか三時間後。私たちは、この穏やかな時間とは真逆な、最悪の時間を過ごすことになる。




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