02
「***。」
洗濯したてのシーツを干していた***にそう声を掛けると、***は目を丸くしてローを見た。
「あれっ、ど、どうしたの?あっ、そういえばおにぎり食べた?」
「あァ、食った。町に着いた一日目の夜はシャチと出掛けることになった。」
「…え?」
ローのその言葉に、***はカオを硬直させた。
「一日くらいシャチに譲れ。」
「…………………。」
「ペンギンが言うには、その町はログが溜まるまで十日くれェはかかるらしい。」
「…………………。」
「わかったな?あとの時間はすべておまえにやるから。」
「…………………。」
言い聞かせるようにそう告げると、***は深く俯いた。
少しむくれたカオはするだろうが、結局は渋々了承する。
詫びにケーキのひとつでも買っていけば、コロリと機嫌も直る。
聞き分けなく駄々を捏ねるような女じゃない。
長年の付き合いで***の動向を読んだローは、そう考えていた。
が、***の口から出たのは、予想外の言葉。
「……………やだ。」
「…あ?」
「やだ!」
突然、めずらしく声を荒げて***がそう言うと、ローは困惑したように眉を寄せた。
「やだって、……………おまえ、」
「いやなものはいや!約束したもん!毎日付き合ってくれるって!」
「落ち着けよ。一日だけだって言ってるだろうが。」
「それじゃあ約束が違う!ローのうそつき!」
「…おまえな、」
その一言にカチンときたローは、声に棘を含んで言った。
「ガキみてェにわがまま言ってんじゃねェよ。おれだってな、おまえにばっかり構ってられねェんだよ。」
「おっ、女の人とそういうことしたいなら、昼とか、別の町でもいいでしょっ、」
「んなこと言ってんじゃねェだろうが。そうじゃなくてシャチが、…あァ、もういい。めんどくせェ。」
そう吐き捨てるように言うと、ローはクルリと踵を返した。
「ま、待ってよロー、…あのね、」
「今は話したくねェ。」
「っ、ロー…」
か細いその声を最後に、ローは船内へと戻って行った。
―…‥
「あのー、……………船長?」
「…なんだ。」
「……………***と喧嘩しましたよね?」
シャチのその一言に、ローはピタリと足を止めた。
ゆっくりとシャチの方へ振り向くと、シャチが「ひっ、」と小さく声を上げる。
「してねェよ。いい加減なこと言いやがるとバラすぞ。」
「でっ、でででででっ、ですよねー!!失礼しましたー!!」
ズササッと音を立てて後退りすると、ローはシャチ、と、ついでにペンギンも一睨みして再び歩き出した。
「……………おれのせいかな、ペンギン…」
「……………あとで***に一緒に謝りに行こうな。」
「…………………。」
ガックリと項垂れるシャチと、苛立ちをあらわにしたままのローを交互に見て、ペンギンは大きく溜め息をついた。
数分前、ログの指し示す町に辿り着くや否や、明らかに不機嫌な船長に命じられるがまま、即、船を下りた。
賑やかな町の中に、ピリピリした空気の大の大人の男が三人。
……………どうしたもんか…
その状況を見直して、ペンギンは先程よりも大きな溜め息をついた。
「せっ、船長…!どこ行きます?」
「酒。」
「酒ですね!よっ、よーし!ペンギン!この町で一番酒のうまそうな店を探すぞー!」
「あァ。」
そんな会話を交わしながら、より華やかな繁華街へ足を進めた、
その時、
「おやおや、そこのお兄さん、」
そんな呼び掛けに、三人は一斉にその方へ振り向いた。
いつのまにやら老女が一人、そこに立っている。
「なにか大切なものをお忘れではないかえ?」
「…あァ?」
その老女の言葉に、ローは自分の手に握られた愛刀に目をやった。
「どうしたんだよバアちゃん!迷子か?」
シャチのその問い掛けには応えず、老女は口元をニタリと歪ませる。
「ほらほら、早く戻らんと取り返しのつかないことになるよォ…」
ケタケタと笑いながら、老女は手に持ったカゴの中から何を取り出した。
「リンゴ、いらんかえ?」
「…………………。」
「…船長、行きましょう。」
ペンギンのその言葉に、ローは小さく「あァ。」と返すと、三人は老女のそばから立ち去った。
「なんだよあれ!気味悪ィの!」
「あァ、独特な雰囲気を醸し出していたな、…船長?」
ペンギンがローの方を見ると、ローは未だ老女を見ていた。
そして、そのまま船の方へカオを向ける。
『ローのうそつき!』
「……………まさか、な…」
「船長ー!よさげな店ありましたよ!早く早く!」
「…あァ。」
僅かな不安を覚えながらも、素直になれない気持ちが胸を燻って、ローは振り切るように町へと向かったのだった。[ 52/68 ][*prev] [next#]
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