10月6日-10.06.2012-
10月6日。
この日はハートの海賊団にとっては、もっとも大切な日だ。
毎年クルー全員でこの日を盛大に祝う。
当の本人はというと「あァ、そういえば今日だったな。」なんてサラリと言いながら、それでもどことなくいつもより穏やかな表情を浮かべるのだ。
皆でひとしきり騒いだあと、ちょうど大きめな街に停泊していたこともあり、シャチくんがいつもの調子で「これから街にくりだしましょう船長!!」と言ったらしい。
私の密かな計画は、その一言により大きく崩されることとなる―…‥
「えっ、街に行くの?いまから?」
「あァ、シャチがうるせェからな。おまえは船にいろ。それほど治安の悪いとこじゃねェし、クルーも何人か船にいるから大丈夫だろ。」
そう言いながら、ローはくるりとその身を翻す。
「ちょっ、ちょっとまってローっ…!」
「なんだよ。」
「なっ、何時に帰ってくる?」
「……………知らねェ。いまから行くんじゃ早くても夜明けだな。」
「よ、夜明け…」
……………そんな。
それじゃ日付が変わっちゃう。
「……………で、できたら今日中に帰れないかな。」
「あァ?」
私のその一言に、ローは怪訝に眉をしかめる。
「今日中って……………あと1時間しかねェじゃねェか。」
「そ、そうだよね。大したことじゃないから大丈夫。楽しんできてね。」
「……………あァ。」
納得のいかないような表情を浮かべながら、ローは船を出た。
「……………はぁ…」
まさかちょうどよく街に着いちゃうなんてな…
運が悪いな、私。
キッチンに向かい、冷蔵庫の奥の方にしまいこんだそれを取り出す。
「やっとうまくできたんだけどな…」
そうポツリと呟きながら、少しだけ形の悪いそれに視線を落とした。
ポツンとさみしげに佇む姿が、なんだか私みたいでよけいに空しくなる。
窓の外を見ると、ペンギンさんやシャチくん、他のクルーに囲まれて街へ歩いていくローの姿。
また大きく溜め息をついた。
……………待ってみようかな。
ローは気分屋だし、もしかしたら帰ってくるかも…
あきらかに望みが薄いことはわかっていたが、私はその僅かな光に思いを託した。
―…‥
…………………ですよね。
やっぱりそうですよね。
そんなうまいこといくわけないよね。
時計の針は、あと5分で今日という日の終わりを告げようとしている。
「……………食べちゃお。」
ピリッとラッピングをほどいて、フォークを突き刺した。
……………今頃ローは、綺麗な女のひとたちに囲まれて、盛大に祝ってもらってるんだろうな…
……………なにやってるんだろ、私。
ローの誕生日に、ひとりで。
とても胸が苦しくなって、喉の奥が痛くなる。
そんなことを考えながら、フォークを口に運んだ。
「…………………。」
…………………ん?
あ、
…………………あれ?
「……………まずっ!」
あれっ!?なぜっ!?
あんなに練習したのにっ!
し、しかもこの味って…
まさかあのベタなっ…!
……………よかった。
こんなの、せっかくの誕生日にローに食べさせられない。
出掛けてくれてほんとよかった…
結果オーライ。
ホッと胸をなでおろして、そのままゴミ箱の前へ立つ。
食べものを粗末にしてごめんなさい。
そう心の中で謝りながらそれをゴミ箱に放る。
ボトっと、悲しい音がして、元から形のよくなかったそれが、もう見る影もなくなってしまった。
その姿を見て、少しだけ胸が痛む。
…………………よしっ!
あとはロー達が帰ってくるまえに証拠隠滅を、
「……………なにしてる。」
「ぎゃあああああっ!!」
聞きなれたその低音ボイスは紛れもなく…
「ロっ、ロっ、ロっ、ローっ!!」
「うるせェ喚くな。」
不機嫌そうなカオをして、キッチンのドアから歩み寄ってくる。
とっさにゴミ箱の蓋を閉めた。
「なっ、なっ、なんでここにっ…!!」
「おれの船におれが帰ってきてなにが悪い。」
「ちがっ…!!だっ、だって帰りは夜明けってっ…!!」
「……………気が変わったんだよ。なんか文句あんのか。」
「あ、ありません。」
まさか、帰ってきてくれるなんて…
……………すごくうれしい。
すごく、うれしい……………けどっ…!!
チラリとゴミ箱に目をやる。
こ、これを見られるわけにはっ…!!
「じゃ、じゃあ今日はあとゆっくり休むだけだね!うん!おやすみなさい!」
「…………………。」
ローは眉をひそめて、私をジィっと見ている。
ち、ちょっとちょっとっ…!!
やめてっ…!!
別のイミでもドキドキするっ…!!
「なっ、なっ、なにっ…」
「おまえ、なに隠してる。」
ドッキーンと、心臓が大きくはねた。
あれ、いまのこれ大丈夫?
口から心臓でてないよね?
「かっ、かっ、かっ…!!隠してるってなななっ…!!なんのことっ…!!」
「…………………。」
ローはしばらく考え込むように眉間にシワを寄せたかと思うと、おもむろにその綺麗なカオをズイっと近付ける。
「…なっ、なっ…!!なにっ…」
「…………………。」
一瞬たりとも視線を逸らさずに、そのままゆっくり近付いてくる。
ドキドキが最高潮に達して目をぎゅうっと瞑ったときだった。
……………カパリ。
……………………ん?
なにいまの音…………………ってっ…!!
「あああああっ!!」
「なんだこれ……………ケーキか?」
一瞬の隙をついてローがゴミ箱のふたをあけた。
そこには、いまや生ゴミまみれとなってしまった手作りの誕生日ケーキ。
「いっ、いやっ、あのっ、なっ、なんか甘いもの食べたいなーって思ってさっき作ったんだけどおいしくなくてさー…あははっ…」
「『Happy Birthday Law』ってかいてあんじゃねェか。」
「…………………。」
……………終わった。
追い詰められた殺人犯のように、私は深く項垂れた。
「言えばいいだろうが。」
「お、驚かせようと思って…」
「拗ねて捨てたのか。」
「ち、違うよ。帰ってこなさそうだったから食べちゃおうと思ったんだけど……………って、ちょっ!!ロー!!なにしてっ…」
項垂れながらブツブツとしゃべっていたら、いつのまにかローがゴミ箱から生ゴミまみれになったケーキを手にしている。
すると、ためらうことなくそれを口にした。
「!!……………だっ!!ダメだよっ…!!おなか壊すっ…!!」
それを取りあげようと必死に手を伸ばすも、いとも簡単に交わされてしまう。
「……………ロ、ロー…」
「……………塩味のケーキとは斬新だな。」
「……………砂糖と塩間違えちゃって…」
「ベタだな。」
そう言いながらも、嫌なカオひとつせずに、それを口に運んでいる。
「……………ごめんね、ロー…」
「…………………。」
「せっかくの誕生日にそんなもの食べさせちゃって…」
「…………………。」
「ほんとに……………あの…」
「…………………。」
うれしいやら情けないやらで、瞳にうるっと膜が張る。
「……………***。」
その呼び掛けに、おずおずとカオを上げると、最後の一口がゴクリとローの喉を通った。
「……………今日は何の日だ。」
「……………へ?」
「おれが聞きてェのは、そんなことじゃねェ。」
そう言って、ローは口の端を上げる。
………………………。
……………ああ、もう、
このひとにはきっと、一生かなわない。
「…………………お誕生日おめでとう、ロー。」
そう言うと、ローはこの日一番の穏やかなカオで笑った。
10月6日
生まれてきてくれて、ありがとう。[ 3/68 ][*prev] [next#]
[mokuji]
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