あれ、あれれ。

「あっ、目が覚めました?」


長いまつげが上下に揺れたのを見て、私はそう声を掛けた。


エメラルドグリーンの綺麗な瞳が、右左とさ迷ってから私に視点を定める。


「……………だ、れ…?」

「あ、わ、私、***っていって、あっ、怪しい者ではなくてっ、…あっ!ロー呼んでこなきゃ!」

「***、少し落ち着け。」


あわあわと慌てる私に、ペンギンさんは落ち着き払った声でそう言った。


「す、すみません…具合はどうですか?どこか気分の悪いところがあればすぐお医者さんに、…あっ、うちには凄腕の外科医がいてっ、」

「ジョリーロジャー。」

「へ?」


私の騒がしい声を遮って、その子は私のツナギに描かれたそれを指さした。


「ここってもしかして海賊船?」

「え、あ、あのっ、そっ、そうなんですけどっ、でもあなたをどうこうしようなんて気はまったくなくてっ、」

「あなたも海賊なの?」

「え、あ、あの、」

「あなたが助けてくれたんでしょう?」

「あ、えっと、……………はい…」


別段怖がるでもないその落ち着いた対応に、私は少々困惑した。


「……………あなた、甘いんじゃない?」

「え?」


突然投げかけられたその言葉の意味がわからず、私はまぬけにもポカンと呆けてしまった。


「海賊が人助けなんて、甘いんじゃない?」

「え、……………あ…」

「私の正体もわからずに船に乗せるなんて。」

「…………………。」

「船長がよっぽど甘ったれなのかしら。」

「…!!ちがいます…!!」


嘲り笑うようなその子のカオを見て、私はたまらずそう叫んだ。


「ロ、ローはっ、甘ったれな船長じゃありません…!!」

「…………………。」

「私のわがままをっ、ただ聞いてくれただけです…!!」

「…………………。」

「ローをっ、……………バカにしないで…」


自分への情けなさと、ローへの申し訳なさで身体が震えた。


自分がどう思われても、ローが侮辱されるのは耐えられない。


「……………『外科医』『ロー』、……………それに、そのジョリーロジャー…」

「…?」

「あなたたち、もしかして、」

「なにでけェ声出してやがる。」


そう呆れたような声を出しながら、タイミング悪くローが現れた。


「ロ、ロー…」

「…………………。」


ローは私を見たあと、女の子を一瞥した。


「……………元気そうじゃねェか。」

「えェ、おかげさまで。……………死の外科医、トラファルガー・ローさん?」

「…………………。」


ニッコリと不敵な笑みを浮かべて、その子はローに向けてそう言った。


「ロ、ローを知ってるんですか?」

「そりゃあ有名だもの。でも、」


ゆっくりと身体を起こすと、その子は意味ありげに笑ってこう続ける。


「極悪非道な海賊って聞いてたんだけど、案外甘いところもあるのね。見ず知らずの私を助けるなんて。」

「…………………。」


誘うような妖しい瞳でその子がローを見上げると、ローはゆっくりと口の端を上げてベッドに近付いていった。


あ、あれ?


なんか変な雰囲気…


二人は私とペンギンさんを置き去りにして、二人の世界を造り出す。


あ、あれれ?


ローはベッドの縁に腰掛けると、剥き出しになったその子の二の腕に綺麗な指を這わせた。


ちょ、ちょっとちょっと…!


一人どぎまぎする私を、ペンギンさんがどうどうと宥めつける。


私は犬ですか、ペンギンさん。


「あァ、たしかにおれは甘いぜ。」

「そう、……………ガッカリね。」

「ただし、」


すると、ローはおもむろに細い腕に繋がっていた点滴の針を乱暴に引き抜いた。


「…!!ロー…!!なにす、……………わっ…!!」


点滴をポイッと床に放ると、ローは私の頭を強引に自分の方へ引き寄せる。


「おれが甘いのは、コイツにだけだ。」

「…!!」


こめかみ付近にローの吐息がかかって、私の身体はたちまち燃えるように熱くなった。


「ちょっ…!!ロ…!!ロロロロロロロロー…!!」

「……………ふーん。」


慌てふためく私を、その子は舐めるようにして上から下まで見定める。


「女に弱い男って、キライ。」

「『女に』じゃねェよ。てめェに優しくするつもりはねェ。」

「…………………。」

「妙な真似しやがったら、バラして海王類の餌にしてやる。」

「あら、怖い。」


怖いなんてきっと微塵にも思っていないその子は、楽しそうにクスクスと笑った。


「私たちって似てるわ、トラファルガー・ロー。」

「それから今後おれを呼び捨てにしたら殺す。……………行くぞ、***。」

「えっ、わっ、ちょっ、ちょっと…!!」


ズルズルと引きずられるがまま、私はローと一緒に病室をあとにした。


―…‥


「ロ、ロー…!ダメだよあんなことしちゃ…!」

「…………………。」

「せっかく助けたのに、これじゃあ元のもくあ、」

「悪くねェな。」

「……………へ?」


そう呆けた声を出してローを見上げると、楽しそうにつり上がった口元と目が合った。


「あの女、悪くねェ。」

「な、なにが?」

「このおれに歯向かおうなんざ、なかなか肝の座った女だ。」

「…………………。」


……………え、ちょ、ちょっと待って、


……………なんか、イヤな予感…


「ロ、ロー、……………それってどういう…」


ごもごもとそう問い掛けると、ローは至極愉快そうに笑った。


「……………気の強ェ女はキライじゃねェ。」

「…………………。」

「おもしろくなりそうだ。」


そうクツクツと笑って船長室に向かうローを、私は唖然としながら見送った。


あれ、あれれ。


ペっ、ペンギンさん…!わっ、私、こんなはずじゃあ…!


……………はァ、おまえはほんとにバカだな。


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