告白

「エースくんって、ほかに好きな人いるよね?」


 ほんの一分前まで繋がっていた相手にそんなことを訊かれて、エースはきょとんとした。どうしてわかったのか、なぜこのタイミングで、など、様々な疑問が脳裏をよぎったが、その中でもエースは一番気にかかったことを訊き返した。


「ほかに……ってなんだよ。おれ、おまえのこと好きだなんて言ったか?」


 言いながら、あ、最低なセリフ、と思う。けれど、最低なセリフだと思うだけで、最低なことを言ったとは思わない。なぜなら、そう言った彼女自身、ほかに好きな男がいると言っていたからだ。


 彼女はさめざめと泣きだした。


「ほんとに、私にほかに好きな人がいると思った? そんなわけないじゃん。エースくんが最近、遊びの子としか寝ないって噂で聞いたから、そう言っただけで。私の態度とか、言葉とか、そういうところで、ほんとは気づいてたんでしょ?」

「……え」


 ほんとにわかんなかった。


 エースは滝のような汗をかいた。おのれの鈍感さに、心底辟易する。


 エースは頭をかくと、すっかり熱が冷めたコンドームをごみ箱に捨てた。そして、ベッドの上に正座して、彼女に向かって頭を下げた。


「わるい。正直、おまえの気持ち、ぜんぜん気づかなかった。確かにおれ、ほかに好きな女がいる。それなのに抱いちまって、ほんと悪かった」


 そう素直に告げると、彼女はわっと泣きだした。震わせた唇で、つらつらと恨み言を言い連ねる。


 寄りかかってきた彼女をなだめながら、エースは小さく息をついた。





「どっちもどっちだねい」


 角切りされたパイナップルを口にほうりながら、マルコはあきれたように言った。


 共食い、とか頭の中で失敬なことを考えながら、ため息をつく。


「まァ、おっしゃる通りで」

「何度も言ってるけどな、おまえにゃ遊びの女見極めるなんてできねェよい。まんま、相手の言葉受け取っちまうからな」

「そうは言ってもよォ、こっちだって嘘つかれちゃたまんねェよ」


 そう愚痴っぽく言うと、マルコは普段から眠そうな目をさらに細めて眉を顰めた。


「自分のこと棚に上げて、よく言うよい」

「はァ? なんだよ。おれがいつ嘘なんか」

「一番嘘ついちゃいけねェ相手についてんだろ」


 ***のカオが浮かぶ。エースは、マルコから視線を逸らした。


「いつまでもこんなこと続けられるなんて、おまえも思ってねェんだろい?」

「そりゃあ、まァ……」

「なら、いい加減とっととケリつけろよい。これ以上被害者出さないためにもな」


 被害者、とは、嘘をついてまで自分に好かれたいと願う女たちのことだろう。女との距離感を測り違えない男は、やはり女に優しい。


 昨日の彼女の泣き顔を思い出す。エースは大きく息を吐きだした。


「フラれたら慰めろよ」

「おれが結婚してやろうか?」

「……それはいい」


 ははっ、とめずらしく声を上げて、マルコは笑った。





 ある時期から、恋人をつくることをやめた。最後につき合った女が、一途でいい子だったからだ。


 将来有望なイケメン大学生。どこをどう切り取ってそう思うのかは知らないが、近づいてくる女たちは基本打算的だった。そういう女が嫌いなわけではなかったし、そのタイプの女は大抵美しい。そして、一様に気持ちが長続きしない。


 どうせ、こちらも本気にはなれない。需要と供給が合致して、エースはそういう女たちとつき合ってきた。もちろん、自分と話をするだけで頬を赤らめるような女は避けて。


 最後につき合った女も、打算的だった。――ようにみえた。だからつき合ったのだけれど、日に日にどうも違うようだと感じる。エースは包丁を持ち出される覚悟で、腹を割って話した。本当はずっと好きな女がいる、だから別れてほしい、と。


 すると、彼女は一言「知っていた」とつぶやいた。そして、夢から醒めたような虚ろな表情で、涙を流して去っていった。


 あのときの胸の痛みがよみがえってきて、エースはかぶりを振った。おれが胸を痛めてどうする。そんな資格、おれにはない。


 それからというもの「遊びでもいいか」と前置きをしてから、寝るようにしていた。それなのに、このざまだ。どうやら世の女性たちは、恋心を巧みに隠すのがじょうずらしい。自分には到底太刀打ちできない。


 潮時かもな……。そう思いながら、目の前のアパートを見上げる。ほぼ無意識に、***の家まで足を運んでいた。


 腕時計を見ると、まだ十八時。残業をしていれば、あと一時間は帰ってこないだろう。


 どこかで時間を潰そう。そう考えて、後ろへ振り返ったときだった。


 ***が、あぜんとして突っ立っていた。表情には、驚愕がうかんでいる。


「あ……。よォ」

「だっ、台本にないっ」

「は? 台本?」


 ***ははっとしたように我に返って、わざとらしい咳ばらいをした。


「ど、どうしたの? 急に訪ねてくるなんて……」

「あー……。ちょっと、その」

「うん」

「……話、みたいなのがあって」

「話、みたいなの? 私に?」


 エースが頷くと、***は目を瞬かせてから、わかった、と言った。


 ***が歩き出したのに続いて、部屋に入る。


「エース。ご飯食べた? お腹すいてない?」


 部屋に入るなり、***はそう訊ねてきた。***はよく、エースの空腹具合を確認する。


「食ってない。……けど、今はいいや」

「……えっ?」

「なんだよ」

「た、食べてないのに、食べないの?」

「あァ」


 ***が絶句する。確かに、いつも人の数倍食べる自分がそう答えたら驚くだろうけど、そんなこの世の終わりみたいなカオしなくても。


「ええっと……じゃ、じゃあ、とりあえずお茶淹れるね」

「あァ、わるい」

「いやいやそんな。ぜんぜん」


 あきらかに気を遣いはじめた***に、エースはこめかみをかく。


 まずい。あの態度、なんか勘違いしてんな。


 案の定、お茶を淹れる***の横顔には、緊迫がにじんでいる。きっと、あまりよくない報せだろうと考えているのだろう。


 熟考した結果、エースは核心に迫りやすいよう、まずはこう訊ねた。


「おまえ……今好きな男いんの?」

「ぶっ……!」


 ***が、飲んでいた水を盛大に吹く。口元を拭って、焦ったように訊き返してきた。


「なっ、なに急にっ。なんでっ?」

「いや、べつに。なんとなく」


 ***はなにかを言おうと口を開いたけれど、すぐに真一文字に閉口した。そして、なにやら自分の中で葛藤をはじめる。もしかしたら、合コンやら婚活やらを散々邪魔されてきたから、どう答えれば邪魔されにくくなるのか、作戦を練っているのかもしれない。


「どうしよう……。台本を書き換えるか? でも、せっかくナミに添削してもらったのに……」

「……おまえ、さっきからなにその台本って」


 ***はエースを見た。そして、感情の読み取りにくい複雑な表情をしてから、なにかを決意したようにまっすぐな目でエースを見返した。


「いる」

「……え?」

「好きな人。今、いる」

「……」

「……」

「……へェ」


 一瞬放心してしまったが、エースの口からは無意識に気のない返事がでた。


 ***が、お茶淹れを再開する。なぜか、沈黙が重く感じた。


 誰? って。訊いたほうがよかっただろうか。でも、訊いたところできっと、自分の知らない男だ。***とのあいだに、共通の知り合いなんて数えるほどしかいない。


 ***の横顔をみつめる。不思議と、心の中は落ち着いていた。きっと、***がどう答えようと、自分のすべきことは一つだからだろう。


 どうしてこんなに、***のことが好きなのか。いい女なんて、山ほどいるのに。どうしてこんなに、自分は***じゃなきゃだめなんだろう。


 エースは立ち上がった。そして、お茶を淹れる***のところへ進む。


 エースが近づいてきたことに***が気づくのとエースが***を抱きしめるのは、ほぼ同時だった。


 腕の中で、***が息をのむ。小さな体を抱き寄せながら、エースは***の言葉を待った。


「……エース」

「ん?」

「なにかあった?」

「……」

「なにかあったんでしょ? どうしたの?」


 体を少し離して、***のカオを見下ろす。***は、エースの予想通り、心配そうなカオをしていた。


 それを見て、自然と苦笑いがもれる。***は、自分にこんなふうに抱きしめられても、ドキドキなんてしない。いつだって、子どもを心配する母親のような反応をする。


 だけど、たぶん、そういうところが好きなんだ。***のそういう、優しいところが。家族なんかじゃないのに、本当の家族のように自分と向き合ってくれる。そういうお人好しなところが、なんだかオヤジに似ていた。


「なんでも言ってよ。私たち、四捨五入すると家族でしょ?」

「くくっ、四捨五入って……」

「ほら、笑ってないで。私、なんでもするから」


 覚悟を決めたような、力強い瞳をみつめ返す。


 ***は、エースの母親になろうとしている。小さいときから、ずっとそうだ。だから、そんな***の気持ちを無碍にするようで、言えなかった。恋をしているなんて、本当の気持ちは。


「ほんとに?」

「うん」

「なんでも?」

「うん」

「……じゃあ」


 余計なことを考えてしまう前に、エースは言った。


「おれを好きになれよ」


 腕の中で、***がきょとんとする。その、なにも感じていないような表情が憎たらしくなって、エースは続けた。


「なんでもするんだろ? じゃあ、おれを好きになってよ。ほかの男のことなんて綺麗さっぱり忘れて、今からおれのことだけ考えて。合コンももう行っちゃだめだし、婚活も必要ない。おれの家族になりたいなら、母親じゃなくて奥さんになって」


 ***は、いまだに放心している。魂を抜かれたみたいに、表情が真っ白だ。


「おれ、ほんとは***のこと、好きなんだ」


 そう告げると、***はぽかんと口を開けた。ようやく表情に色が戻る。やっと、自分が今目の前の男に愛を告白されたのだと気づいたようだった。


「……それは」

「うん」

「台本に、ない」

「……は? えっ、ちょっ、おいっ……! ***っ?」


 ***は、エースの腕の中で、白目をむいて気絶した。


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