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 その日は、突然やってきた。


「食料の買い出しはルウとトッド。医療品は船医と……ヤソップ、おまえが行ってやってくれ。それから」


 そこで言葉を切ると、副船長はなぜか私とお頭を交互に見た。


「酒の買い出しは……」





「……」

「……」


 気候は、夏。


 ある町に到着した私たちは、さっそく底をつきかけていた食料品などを手にいれるため、各々副船長によって役割分担された。


 いつもコンビを組むことになるトッドくんが、なぜかルウさんと一緒に組まされたから、おかしいなとは思ったけど……


 まさか。


 ちろり、私の一歩先行く大きな身体を見上げた。


 トレードマークの黒いマントは、この暑さのせいでどうやら船にお留守番らしい。


 薄手の白いシャツから、綺麗な筋肉が汗に濡れて透けていて、思わずくらりとした。


 まさか、


 まさか、


 お頭と一緒なんて!


 お頭に気付かれないように、私は大きく深呼吸をした。


 もたない。


 なにがって、心臓が。


 さっきからことあるごとにいちいちドキドキしちゃって、私の心臓はもう十年分くらい稼働している。


 まさかのペアがお頭なんて。


 こんなことは初めてで、どうしたらいいかわからない。


 そんなこんなで、私はどぎまぎしながらお頭に着いていくので必死だった。


 はァ、ほんとに……


「どうしたもんか……」

「どうしたもんか……」


 こっそり呟いたはずのそんな言葉が、まったく同じ音で低い声と重なる。


 くるりと振り向いたお頭は、目をまん丸くして私を見た。


「何か言ったか?」

「いっ、いえ。お頭こそ……」

「い、いや……おれは何も」

「そ、そうですか……」

「あ、あァ……」

「……」

「……」


 気まずそうに首の後ろを掻くと、お頭は再び前を向いた。


 もたない。心臓だけじゃなくて、会話ももたない。


 こんなふうに長時間お頭と二人きりでいるなんてこと、ないもんな。


 お頭だって、私じゃなくてラナちゃんと来たかっただろうに。


 お頭と一緒に船を出る時の、ラナちゃんの膨れたカオが脳裏によみがえる。


 すごいよな、副船長は。あんなにかわいいカオを目の前にしても、『おまえは足手まといだから着いていくな。』の一言だったもんな。


 副船長ってほんと容赦な


「おォ、結構大きな町だな!」

「え?」


 そんなうれしそうな声が頭の上から聞こえてきて、私は弾かれたようにカオを上げた。


 そこには、茂った森の向こう側からは予想だにしなかった広さの町。


 暗い森をくぐってきたからか、その町並みはより一層彩りよく見えた。


「わ……! ほんと、賑やかですね!」


 道いっぱいに連なっているお店には、たくさんの人と笑い声で溢れている。


 何回味わっても、初めての町に訪れた時のこのワクワク感はなくならない。


「うまそうなモンがいっぱいあるなァ! おっ、見ろよ***! こんな魚見たことあるかっ?」


 心底楽しそうにはしゃぐ子どもみたいなお頭に、自然と私の頬はだらしなく緩む。


 かわいいなァ、お頭。


 子供みたいにころころと表情を変えながらお店の人と話をするお頭を、ささやかに見つめる。


 やっぱり、好きだなァ。


 思わずうっとりしていると、八百屋のおばちゃんに声を掛けられた。


「アンタ、この町じゃ見かけないカオだねェ! 旅行者かい?」

「えっ、あっ、はっ、はい! まァ、そんなところです……」


 まさか『海賊です』なんて、大っぴらに言うわけにはいかない。


 船長が有名すぎるから、そのうちバレそうだけど。


「賑やかだけが取り柄のなんにもない町だけどさ! 楽しんで行ってよ!」

「はい、ありがとうございます」

「これ、持っていきな!」


 そう言いながら、そのおばちゃんは袋いっぱいに野菜やらフルーツやらを詰めこんで私に差し出した。


「えっ、いっ、いいんですか?」

「サービスサービス! ダンナさんイイ男だから!」

「……へ」

「あんなイイ男モノにするなんて、アンタもなかなかやるねェ!」


コノコノ! と、人差し指で私をつつきながら、おばちゃんは目を三日月形にして笑う。


「いっ、いやいや! あの方はそんなんじゃあ」

「おーい! ***! あっちにも店がたくさんあるから見に行こう!」


 慌てて否定しようとした私の声に重なって、少し離れたところからお頭の楽しそうな声が聞こえてきた。


「ほらほら、ダンナさん呼んでるよ! 行っといで!」

「でっ、ですからダンナさんじゃなくてですねっ」

「あ、それから奥さん! この町じゃあ夕日が沈む前に宿に戻るんだよ!」

「奥さんなんてそんなっ……え?」


 おばちゃんのその言葉に、私は目を丸くしてその続きを待った。


「普段はなんの取り柄もない町なんだがね、夕方になるとこの町には」

「***! 何やってんだ? 早く行くぞ!」

「お、お頭……! ちょ、ちょっと待ってくださいっ。今、わ……!」


 早く早くと子どもがお母さんの手を引くようにお頭に強引に連行されて、その言葉の先を知ることはできなかった。


―…‥


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