06

「やだァ! もう! 船長さんったらァ!」

「だっはっはっは! だってよォ!」

「ぎゃははは! 飲みすぎだ頭ァ!」

「なに言ってるのよ! まだまだ足りないわよ! ほら船長さん!」

「よーし! まだまだ飲むぞォ!」


 そうご機嫌に笑いながら、ジョッキになみなみと注がれたお酒をいっきに煽るお頭。


 すると、お頭を囲んでいるキレイな女の人たちが、きゃあきゃあとかわいらしい声を上げた。


 我がレッドフォース号は、現在ある街に停泊中だ。


 そのあいだ、ヤソップさんが訪れたというお店がとてもいいところだったということで、今夜はそのお店で宴をしようとお頭が言い出した。


 当然お頭や副船長、ラナちゃんやヤソップさんたちだけで行くんだろうと思っていたら……


 「おまえも来い、***!」と、たまたま甲板でばったり出くわしたヤソップさんに否応なしに連れて来られてしまったのだ。


 お頭たちに同行するなんて、と、とても恐縮に思った私は、せめてお店のお手伝いをしようとしたのだが。


「今日は休め、副船長命令だ」


 と、副船長に持っていたお盆を取り上げられてしまった。


 そんなこんなで、現在私はお店の端っこでなんとなくそわそわとしながらちびちびとグラスに口をつけています。


 ……どうしよう。


 こんなの初めてだから、どうしていいかわからない。


 そんなことを考えながら、私はきゃっきゃきゃっきゃと騒がしいお頭たちの方へ視線を泳がせた。


 お頭は、着飾った美人さんたちをたくさんはべらせながら、私とは正反対の豪快さでジョッキを空にしていく。


 楽しそうだなァ、お頭。だらしないカオしちゃって……


 もやもや、もやもや。


 お頭の身体に遠慮なく触れるキレイな細い指たちに、醜い嫉妬心が沸き上がってきてしまう。


 いいんだいいんだ。お頭なんて、ラナちゃんに振られちゃえばさ。


「もう! こんなことだろうと思った!」


 怒気を含んだそんな声がすぐ近くから聞こえてきて、私は弾かれたようにその方へ振り向いた。


「あ、ラナちゃん」

「見てくださいよ***さん! シャンクスのあのだらしないカオ!」


 そうぷりぷりと怒りながら、ラナちゃんはぷくっと頬を膨らませる。


 そんなカオも最高にかわいいんだからずるい。


「あははっ、久しぶりに街で宴したから少し浮かれちゃってるんだよ、お頭も」

「だからってあんな……あっ! あの女! 今シャンクスのほっぺにキスした!」

「ま、まァまァ。ラナちゃん落ち着いて」

「もう許せない!」


 ぎろりとお頭を睨み付けながら、ラナちゃんはずんずんとその方へ歩いていく。


 はらはらしながらその様子を見守っていると、ラナちゃんは女の人たちをかき分けてお頭の膝の上に座った。


 お姉さま方のブーイングに怖じ気づくことなく、ラナちゃんはお頭の首に手を回してお頭の頬にキスをすると、お姉さま方にべえっと舌を出す。つ、強い。


 見た目の甘さとはまるで正反対のラナちゃんの逞しい行動力に、私は心の中で拍手を贈る。


 お頭はそんなラナちゃんの頭をふわふわとなでて、困ったように笑った。


 周りの船員たちも、そんなラナちゃんがかわいくて仕方ないのか、でれでれとしたカオをして二人の様子を暖かく見守っている。


 ……愛されてるなァ。


「……」


 グラスにお酒を注ぐと、私はそれを手にして席を立つ。


 きい、と小さく音を立ててドアを開くと、私はお店の外へ出た。





「わあ、今夜は星が綺麗だなー……」


 グラスを片手に、ふらふらと外をぶらつく。


 副船長が治安のいい街と言っていただけあって、夜の街には人っ子一人見当たらない。


 お店から少し離れたところにあるベンチに腰かけた。


 きらきらした空を見上げながら、くいっとグラスを傾ける。


 視界には星空、耳元には風の声だけ。


 まるで、この世界に、一人ぽっちみたいだ。


 なんて、お酒の力も借りてセンチメンタルに浸ってみたりする。


「いいなァ」


 ぽろり、自然と口をついて、そんな呟きが零れ落ちる。


 自分にはない、すべてがうらやましい。


 美しいカオ、身体、柔らかな声、愛らしい内面、人を惹き付ける存在感。


 そして、


 愛する人に、愛されている幸せ。


 うらやましいのは、ラナちゃんのことだけじゃない。


 副船長も、ヤソップさんも、ルウさんも、トッドくんも。


 ……お頭のことも。


 もし、今生きているこの世界が、例えば、そう。……映画だったとしたら。


 間違いなく、あの人たちはメインキャストだろう。


 お頭は主演、ラナちゃんはヒロイン。


 副船長は最優秀助演男優賞でも獲りそうだ。


 ……あれ、ちょっとよくない? その映画。見応えありそう……。


 っと、話がそれたそれた。


 どこまで考え……あ、そうそう。映画ね、映画。


 つまりは、メインキャストがいれば、当然、それを引き立てるエキストラが必要なわけで。


 つまるところ、私は明らかにエキストラ側だ。その他船員的な。


 もちろん、そのことに不満があるわけじゃない。


 むしろ、お頭や副船長を引き立てられるなら。それが、ほんの数十分、たった一秒だったとしても、こんなに喜ばしいことはない。


 でも。でもさ。


「寂しいなァ」


 小さく呟いたこの言葉が、星空に吸いこまれていく。


 そう。寂しい。


 人々の記憶に留まることなく、名を遺すこともできず。


 誰かに愛されることもなく、出番が終わっていく。


 それが、どうしようもなく、寂しい。


 たまに、そう実感してしまって、こんなふうにセンチメンタルに浸りたくなってしまうのだ。


「王子様とさー、その他船員のラブストーリーだってあったっていいと思わない? いつもいつもあんなかわいいヒロインじゃなくたってさァ」


 ふてくされてぶつぶつとだれにでもなくそう不満を漏らしていた、その時。


 突然、草むらががさりと音を立てる。


 どっきーんと、思いきり心臓が跳ね上がった。


「おう、お嬢ちゃん。こんなとこで何してんだ?」

「あ、いや……え、と、あの」


 しどろもどろに口を動かしながらも、私の鼓動は少しずつ加速していく。


 お酒片手にふらふらと現れた大きな身体のその男性は、じりじりと私へ近付いてきた。


 どうしよう、どうしよう。怖い。逃げなきゃ。


 誰か。誰か……


 そんな時に思い浮かべるのは、いつだって、たった一人。


 だけど、そんな夢みたいなことは、現実には起こらない。


 夢は所詮、夢なのだから。


 王子様がその他船員を助け出す映画なんて、そんな滑稽なストーリーはない。


 王子様がお姫様といちゃいちゃしてるときに、その他船員は殺されてしまう。


 殺されて、みんなから忘れられちゃって。


 そんなの、いやだ。


 どうしよう、誰か、どうしよう、どうし


「こんな夜中に出歩いたら危ねェど」

「……へ?」

「気を付けて帰るんだど!」


 じゃあな、お嬢ちゃん! と、にっかり笑ったその男性は、鼻唄を唄いながら去って行った。


「……」


 ……いい人。ただのいい人。笑ったカオがすっごい穏やかだった。なんだ。いい人だったのか。なんだ。


「……はァ」


 いっきに身体の力が抜けて、私はぐったりと項垂れた。


「……戻ろ」


 すっかりセンチメンタルなんて気取る気分じゃなくなった私は、お店へ戻ることにした。





「ん?」


 お店の近くまで来ると、なにやら店内が異様に騒がしい。


 先ほどの楽しげな騒がしさではなく、荒々しい叫び声のようなものが聞こえてきた。


 ……なんかあったのかな。


 不安になった私は、小走りで店内へと向かおうとした、その時。


「どこ行ったんだ! だれも見てねェのかっ?」

「お、落ち着いてくれよ頭」

「そ、そうそう! あいつだって子どもじゃないし、この街だってそんな治安の悪いところじゃあ」

「そんなこと関係ねェ! もしあいつに何かあったら……!」


 店内からがやがやと出てきたのは、声を荒げたお頭と、それをなだめる船員たちだった。


 どうしたんだろう。お頭があんなに慌てて声を荒げるなんて。


 まさか……


 ラナちゃんの身に何か……!


 持っていたグラスを落として、私はたまらずに駆け出していた。


「お頭! どうかされたんですかっ?」


 普段は話し掛けるのにもためらわれる相手だが、今はそんなことを言っている場合ではない。仲間のピンチかもしれないのだから。


「だからあいつが……! ……あ?」

「え?」

「……」

「……」

「……」

「お、お頭……?」


 私を視界に映した途端、ぴきりと固まるお頭のカオ。


 え、あれ? なんですかこの空気。


 お頭だけでなく、皆がぽかんとした表情で私を見つめている。


「お、おまえ、どこいたんだ?」


 そんな空気の中、私にそう問い掛けたのはトッドくんだった。


「わ、私? あ、え、と……すぐそこのベンチ」


 星がキレイだったから、と付け加えると、トッドくんはなぜか大きな溜め息をつく。


「あ、あのそれよりこの騒ぎ、ラナちゃんになにか」


 そう言いながら店内に目を向けると、そこには頬を膨らませたまま、おもしろくなさそうにオレンジジュースをガブのみしているラナちゃんの姿。


 あれ? ラナちゃんちゃんといる。


 じゃあ、この騒ぎはいったい……


「だーっはっは! 寝惚けちまった!」

「へ?」


 先ほどの殺伐としたオーラはどこへやら、お頭はいつものようにそう豪快に笑うと、呆然としている船員たちを置いてきぼりにして店内へ戻っていく。


「***」

「はっ、はいっ」


 ふいにお頭にそう呼ばれて、私は姿勢を正しながら大きな声で応えた。


「これからは、星が見たくなったらおれを誘え」

「……は」

「船長命令だ。いいな?」

「は、はいっ」


 なぜ突然そんなことを、と疑問が生まれたが、船長命令と言われればイエスとしか答えられない。


 そんなお頭に続くように、他の船員たちも店内へと戻っていく。


 なんだったんだろう、いったい。


「***」

「あ、副船長……今のはいったい」

「おれが悪かった」

「……はい?」


 なぜか副船長は私にそう詫びた後、私の手にお盆を握らせた。


「やはりおまえは、頭の近くでちょこまかと動いてやってくれ」

「は、はァ……」

「頼んだぞ」

「はっ、はい」


 そう答えると、副船長は呆れたように笑いながらまた店内へと戻っていく。


 様々な疑問は生じたが、騒がしくなった店内を見てどうやら考えている暇はないと感じとった私は、お盆片手にお店の厨房へと走って行った。


星空にわれたエキストラ


(おれの視界から、1秒たりともいなくならないでくれ)


(あー、お腹空いた! つまみ食いしちゃお)


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