04
「よォ、***! おはよ!」
「あ、トッドくん。おはよう」
ある朝、コックさんと一緒に朝食の準備をしていると、最近入団した新人の男の子がひょっこりと現れた。
「もうすぐで街に着くって聞いたか?」
「うん、聞いたよ」
「おまえなんでそんなにテンション低いんだよ!」
「え? 低くはないけど……」
「おれなんかもう楽しみで楽しみで!」
「そっか。初めての停泊だもんね」
「あァ!」
トッドくんはそう元気よく答えると、白い歯を見せてうれしそうに笑う。
そのカオが、中性的で少し幼い。
トッドくんはとても気さくで、歳も近いからか、人見知りの私でもすぐに仲良くなれた。
飾りっ気のない性格が、どことなくお頭と似ている。ような気がする。
「楽しみだなァ! まずはやっぱり飯と酒だろ! 船では味わえねェ食いもんとかいっぱいあるんだろうなァ! それから夜はー……むふふふっ」
「トッドくん、新人さんはほとんど一日中買い出しだよ」
「んなっ! うっ、うそだろっ? ……そんなァ」
よほど落胆したのか、トッドくんは絶望という言葉と共に、その場に深く項垂れた。
「あははっ、私も次の島では買い出し組だから、一緒に行こう?」
「しかもおまえと一緒かよ……。せっかく素敵なお姉様たちとイロイロ楽しもうと思ってたのに」
「ざーんねーんでしたー」
そんなふうにふざけあいながら、止まっていた手を再び動かそうとした、その時。
「……あ」
いつもの"あれ"を感じて、私はすかさず辺りを見回す。
「? どうしたんだよ」
「……ううん、なんでもない」
「?」
うーん。
……ま、いっか。
無理矢理そう自己完結すると、再び野菜を刻んでいた手を動かし始めた。
*
「おおっ! でっけェ街だな! すげェ賑わってる!」
「買い出しにはもってこいだね」
「おまえ、それを言うなよ……」
大の大人たちが、お酒片手にはしゃぎながら地に足をつける。
そんな楽しげな様子を横目に、私たちはさっそく買い出しに出掛けた。
「くっそー、いいよなァ、みんな。今頃すっげェ楽しんでるんだろうなァ」
「あっ、お塩が安い!」
「副船長も女遊びとかすんのかな?」
「これ買っちゃおうかな」
まったく噛み合っていない会話を繰り広げながら、私たちの両手は目的の品でいっぱいになっていく。
あーあ、とあきらめたように天を仰ぎながら、トッドくんは大きな声で言った。
「お頭は今頃ラナちゃんとラブラブデートだよなァ、いいよなァ」
ぴくっ。その一言に、思わず耳が反応してしまう。
「なァ、あの二人って付き合い長いの?」
「へ? さ、さァ。よくわかんない」
「うそみたいにかわいいよなァ、ラナちゃん! おれ初めて会ったとき卒倒しそうだったもん」
「私はしたよ」
「マジでっ? やっぱり」
「嘘だけど」
「……」
わざとらしく頬を膨らませて、私を睨むトッドくん。そんなかわいいカオで睨まれても、正直全然怖くない。
「四皇・赤髪のシャンクスが最後に選んだ女だもんなァ!」
「……」
「やっぱりあれぐらいじゃないと……あっ、***! ピーマンも買い出しリストに入ってなかったか?」
そう嬉々として叫びながら、トッドくんは八百屋さんへと走り出した。
切り替えの早いトッドくんは、もう買い出しを楽しんでいるらしい。
「……うん、そうだね」
ぽつり、呟くようにそう口にすると、その元気な後ろ姿に続く。
「……あ。」
その時、再び"それ"を感じて、私はキョロキョロと辺りを見回した。
うーん。
街中でも感じるのは久しぶりだな。
どうしたもんか……。
「***! ピーマンあったぞ! 早く早く!」
「あ、ごめん! 今行く!」
その声にせっつかれて、私も八百屋さんへと駆け出していった。
*
「あー、づがれだー……」
「お疲れさま!」
買い出しを終えて船に戻ると、すぐさま船番組の夕飯作りに取り掛かる。
二人で下準備を進めていると、綿菓子のような柔らかい声がキッチンに届いた。
「***さん!」
「あれっ、ラナちゃん」
「ラっ、ラっ、ラっ、ラナさん……!」
石のように身体を固めて、トッドくんは不自然なくらいに姿勢を正した。
「どうしたの? ラナちゃん。街には行かなかっ」
近付いてきたラナちゃんの姿を見て、思わず言葉を失う。
う、わ。……すごい。
ラナちゃんの身体には、見ようとしなくても目につく位置に、たくさんの紅い跡が散らばっていた。
……これ。お頭が……
思わず情事中の二人を想像してしまって、私は深く俯いた。
「あっ、えっと、どっ、どうしたんすか? キッチンになにか?」
黙り込んだ私を見かねて、すかさずトッドくんがラナちゃんにそう問い掛ける。
そのカオは首まで真っ赤で、おそらく考えてることは私と一緒なんだろうと思った。
「ちょっと喉が渇いちゃって……何かありますか?」
「あっ、あァ! ありますよ! なァ? ***!」
「えっ、あっ、うっ、うん! ジュースでいい? ラナちゃん」
「はい」
ジュースに喜ぶ幼いカオと、身体中についたキスマークが、なんともアンバランス。
私が冷蔵庫から取り出したジュースを、ラナちゃんは細くてキレイな手で受け取る。
「ありがとう、***さん」
そうお礼を言って、ふんわりとしたワンピースを翻しながら、ラナちゃんは去っていった。
「……」
「……」
「……働こうか」
「……そうだな」
放心していた気持ちを無理矢理立て直して、私たちは夕飯作りを再開する。
「いやー、それにしても驚きだな」
「ん? なにが?」
そう答えながら、上の棚にしまってある小麦粉を取ろうと、台に上がった。
「あーんなかわいらしい妖精のようなラナちゃんが、セックスしてんだぜ! しかも、あのお頭と!」
「そ、そうだね」
小麦粉が意外と奥の方にあって苦戦する。
とっ、届かない……
「カオだけじゃなく、スタイルもいいよなァ、ラナちゃん! ウエスト細いし、おっぱいもおっきいし……」
「こらこら、お頭の恋人だよ」
怒られちゃうよ、覇気でやられちゃうよ。
若い子はほんと怖いもの知らずだな。
そして誰ですか小麦粉をこんな奥にしまったのは。
「お頭もいい身体してるもんなァ! 経験も豊富だろうし、テクも一流なんだろうなァ!」
「もう、なに言ってるの」
「ぜってェそうだって! きっとモノも相当なモンを」
「……!わっ」
バランスを崩して、私の身体はよろりとよろめいた。
「おっ、と……!」
後ろに倒れそうになったところを、トッドくんの逞しい腕に支えられる。
「あっぶねェな!」
「びっくりしたァ。ありがとう、トッドくん」
「せっかく下ごしらえした食材が落ちたらどうすんだよ」
「え、そっち?」
大した高さじゃなくてよかった。
「おまえさては」
「へ?」
「お頭の裸を想像して動揺したんだろ!」
「はっ、はァっ? ちっ、ちがっ」
「いいっていいって、気にすんなよ! 男のおれだって憧れるんだ。モテねェ女のおまえがムラムラすんのもしょうがねェよ!」
「むっ、ムラムラって……」
なんだろう。お頭を好きな手前、強く否定できない。
「それにしても、ほんとおまえってどんくせ」
「……! わっ」
「なっ、なんだよ! いきなり」
突然、今日一番の強い存在感を放った"それ"を感じて、私はキョロキョロとキッチンを見回した。
「おまえなんなんだよ、それ。今日ずっとそんなんやってねェか? 周りになんかあんのかよ」
そう言いながら、トッドくんも一緒になって辺りを見回す。
「あ、あのね、じつは……」
私は周りを窺いながら、声を潜めてトッドくんに耳打ちした。
「私、たまにすごく感じるの」
「感じる? 何を」
「……視線」
「はァ? 視線?」
怪訝そうに眉を寄せて、トッドくんは素っ頓狂な声を上げる。
「船にいるときも、停泊してる街とかでも、突き刺さるくらいの。なんていうか、まとわりつくような……」
「おまっ……! もっ、もしかして、それって……ゆ」
「言わないで! 違うから! 絶対違うから! 幽霊とか信じないから!」
「自分で言ってんじゃねェか」
やだやだ! 口に出したら怖くなっちゃう! 一人で眠れなくなる!
「これ以上怖がらせたら、一緒に寝てもらうからね」
「やめてくれ。おまえじゃ何にも楽しくない」
「……」
ひどい。どうせラナちゃんみたいにかわいくないですよ、私は。
そんな卑屈なことを考えながら、さっき会ったラナちゃんの姿を思い出す。
あれが、私の好きなひとの、好きな人かァ。
例えばラナちゃんに、怖くて眠れない夜があったとしても。
ラナちゃんのすぐ隣には、お頭がいるんだよね。
……いいなァ。
二人の愛を見せつけられるたびに、息もできないくらい、胸が苦しくなる。
こんなこと、いつまで続くんだろう。
いっそのこと、「あなたが好き」と、泣き叫べたらいいのに。
だけど、
『***、いつもありがとう。おまえがおれの船にいてくれて、本当に良かった』
あの美しい赤と、優しく細められた瞳から、私はどうしても、離れられない。
きっと私は、あの人が求め続けてくれる限り、この苦しみから逃げ出すことはしないんだろうな。
「一生独り身決定だなァ」
「あん? なんか言ったかァ?」
のんきな声を出したトッドくんに、「なんでもないよ」と答えると、私は振り切るように身体を動かした。
愛しい、愛しい人。
あなたの今日は、どんな一日でしたか?
熱視線常習犯
ああっ! トッドのやつ! 今***を抱きしめやがった! くっそ……許さん、あの若造……!
なにやってんだ、アンタは……。
ベン! ちょうどいいところに! 船長室から双眼鏡持ってきてくれ! ここからじゃよく見えん……!
……邪魔だ、頭。どいてくれ。[ 4/20 ][*prev] [next#]
[mokuji]
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