02

「***! こっちも頼めるか?」

「はい! 大丈夫です!」


 頼まれたお料理とお酒を両手に持って、私は騒がしい船内を小走りした。


「いやァ、今日のお頭たちはいつもに増して上機嫌だな!」

「そりゃそうだろう! あんなに極上の酒、そうそう手に入らねェからな! おっ、***、お疲れさん! 転ぶなよ!」

「お疲れ様です! 気を付けます!」


 そう答えながら、楽しそうにガハハハっと笑うクルーたちの横をすり抜けていく。


 みんな、うれしそうだなァ。


 お頭も、いつもよりよく笑ってるし。


 今日は楽しい宴になりそうだ。


 私は弾む足取りで甲板へと躍り出た。





「よし! 全員そろったか!」


 ヤソップさんが樽の上にひょいっと上がって、いつものように音頭をとる。


 "おおおおおっ!"と、いつもより猛々しい叫びが船内を駆け抜けた。


「今日は知っての通り、なかなか手に入らねェ酒が手に入った! おまえら全員浴びるほど飲みやがれ! では、本日のヤソップ様の活躍に……」


 "カンパーイ!"というそろった声の後に、あちらこちらからジョッキを合わせる音が鳴る。


「なんでおまえにカンパイなんだ! そこはおれにカンパイだろ!」


 少し離れたところからお頭のそんな叫び声が聞こえてきて、私を含めたクルー全員が笑う。


 やっぱり、今日のお頭はいつもより楽しそうだ。


 クルーたちにお酒やお料理を配りながら、そんなことを考えていた時だった。


「今日はまたずいぶんと騒がしいんですね」


 くすくすとキレイに笑いながら現れたその女性の姿を見ると、クルーたちの頬がほんのり赤らむ。


「おお、ラナ! 今頃来たのか?」

「ふふっ。はい、ごめんなさい」

「しかたねェよ、そりゃ。なんたってお頭が毎晩寝かせてくれねェだろうしな! 疲れてるんだろうよ!」

「ガハハハ! おめェラナちゃんの前で下世話なこと言うんじゃねェよ!」


 ラナちゃんはそんなクルーたちのひやかしにも嫌なカオひとつすることなく、むしろうれしそうにしている。


 すると、ラナちゃんがキョロキョロと辺りを見回した。


 私はその意図を察すると、ラナちゃんに声を掛けた。


「ラナちゃん、お頭ならあっちだよ」

「***さん! ありがとう!」


 ラナちゃんはふわりと微笑むと、軽やかな足取りでその方へ走っていった。


 長く丁寧に伸ばされたふわふわな栗色の髪。


 それとお揃いの色した、お人形みたいな大きな瞳。


 白くて透明感のある陶器のような肌に、薄紅色の頬と唇。


 ……かわいいなァ、今日も。


 まるで、おとぎ話の中のお姫様みたいだ。


 私はその後ろ姿に羨望のまなざしを送ると、再び裏方へと戻っていった。





「***。お頭とラナちゃん、起こしてきてくんねェか?」


 宴の翌朝。昼食作りの手伝いをしていると、そんなことを頼まれた。


「えっ、私、ですか?」

「あァ、今日はだれも手が離せねェみてェでな。なんたって昨日はいつもより派手な宴だったからなァ」


 そう言って困ったように笑いながら、大量の洗い物に目をやる。


「わ、わかりました。行ってきます」

「悪いな! 頼んだぞ」


 私はエプロンを外すと、小走りでキッチンを出た。





 ……どうしよう。


 船長室の前で、私はノックする格好のまま立ち竦んでいた。


 お頭とラナちゃんの部屋は、同じ部屋だ。


 もちろん、ベッドもひとつしかない。


 つまり、あれだ。


 昨日もラナちゃんと相当営んでいたであろうお頭に会わなければいけないわけで。


 お頭と話せる口実ができたのはすごくうれしいんだけど……


 そういえば、お頭と話すのいつぶりだっけ?


 一方的に姿を見ることはあるけど、話をするとなると、おそらく何ヵ月か振りだ。


 いけない。別の意味でも緊張してきた……!


 私は大きく深呼吸をした。


 大丈夫。声を掛けて、返事があったら、ささっと戻ればいい。


 きっと、お頭のことだから生返事だけして終わりかもしれない。


 それはそれで寂しいけど。


 営み直後のお頭に会うよりはマシだ。


 よしっ! 行け、***!


 意を決すると、私は控えめにドアを二回叩いた。


「……」


 返事がない。さすがに起きたところまでは見届け(聞き届け)ないとダメだろう。


 私は先ほどよりも少し強めにノックした。


『……んあー? だれだ?』

「……!」


 おっ、起きた! お頭起きた! 良かった!


「あっ、おっ、お頭、おはようございます。お休みのところ申し訳ありませんが、昼食ができているのでラナちゃんと食堂にいらしてください。それでは」


 まくし立てるように早口でそう言って立ち去ろうとしたところで、部屋の中からなにやら大きな物音がした。


 えっ、何今の音。


「お、お頭? だいじょ」


 うぶですか? と続けようとしたところで、ドアが勢いよく開いた。


「っ、わっ……!」

「うおっ! すまん!」


 声のした方を見上げると、寝ぐせ全開の我がレッドフォース号船長のお姿。


「やっぱり***か! 驚いたぞ。おまえが船長室に来るなんて、滅多にねェから……」

「き、今日は人手が足らないみたいで、私が……」

「……そうだったのか」


 そう言いながら、お頭は髭の生えた口元を、その大きな手で覆う。


 ……お頭、


 手、キレイ。


 はだけたシャツから見える鎖骨も、胸も、お腹も、首も。


 真っ赤な、髪も。


 全部、


 全部、キレイ。


「……では、失礼しますね」

「あァ、ありがとう」


 去り際、視界に薄暗い室内が映った。


 白いシーツの上に、二本の、細く白い足。


 心臓が、どくりと大きく音を立てて、私は慌ててカオをそらした。


 足早に去ろうとした、その時。


「***!」


 突然、お頭に声を掛けられて、私は慌てて振り返った。


「はっ、はい!」

「あー……ありがとうな、いつも」

「は、はい?」


 そう聞き返すと、お頭はふわりと笑った。


「ラナのこと、いつも気に掛けてくれて」

「あ……」

「むさ苦しい男ばっかだからなァ。***がいろいろと気に掛けてくれて、ほんとに助かってる」


 そう言って、柔らかく目を細める。


 そこには、愛おしさが溢れていた。


 もちろん、これは、私に向けられているものではない。


「……いえ、私の方こそ、ラナちゃんと話せて楽しいので」

「そうか。***にそう言ってもらえるとうれしい。ありがとうな」


 目を細めて笑うお頭に、私も同じように笑い返した。


 ……ちゃんと、笑えてるかな。


「では、失礼しますね」

「あァ。引き止めて悪かったな」


 私はお頭に一礼すると、踵を返して足早に立ち去った。


 しばらくすると、後ろでドアの閉まる音が聞こえてきた。


 お頭とラナちゃんが食堂に姿を現すのは、おそらく夕方近くだろう。


 愛し合ってる二人には、朝も夜も関係ないのだから。


 疼き出した胸を、私はまたいつものように知らんふりした。


大人の恋は、ない


 愛した人には、お姫様がいます。


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