07 2/2

「いやァ、いい町だな!」


 散々お店を回っていたら、私たちの両手には旅行者に優しすぎる町の人たちのご好意でサービスされた食料品でいっぱいになっていた。


「あははっ、お金全然払ってませんね」


 申し訳なさげに眉を下げてそう言うと、お頭はいつものように豪快に笑った。


「この町出るときに、この前かっぱらった宝すべて置いて行ってやろう」

「いいんですか? 副船長に怒られちゃいますよ?」

「なーに、この土産を見たらそうは言えんさ」


 そう言ってお頭は、袋をくいっと持ち上げながらいたずらっ子のように笑う。


「それもそうですね。でも、肝心のお酒が買えてないんじゃあ、さすがに怒られますよね」


 そう言いながら、私は町中を見回して酒屋を探した。


「酒屋さん、どこでしょうね」

「……」

「もっと先の方なのかな。お頭、もっとあっちの方行ってみま」

「いいんじゃないか?」

「……はい?」


 呆けたカオでお頭を見上げると、目を細めて柔らかく笑うお頭と目が合う。


 その表情に、思わず言葉を失った。


「いいんじゃないか、そんなに慌てなくても」

「え?」

「まだ昼回ったばかりだし、もう少しゆっくりしていこう」

「え、あ……で、でも」


 お頭のその提案に、私はとても困惑した。


 もう少しゆっくりっていうことはつまり、もう少しお頭と二人きりでいられるっていうわけで。


 もちろん私からしたらうれしいことこの上ないんだけど。


 ラナちゃんにも悪いし、何よりお頭も私と一緒じゃ気遣うんじゃ……


「あー……おれと一緒じゃ嫌か?」

「えっ」

「だよなァ。こんなオッサンとじゃなァ」


 困ったように眉を下げて笑うお頭に、私は全力で否定した。


「そっ、そんなこと思ってません! 私だってお頭とっ」

「へ?」

「あ、い、いやっ、そのっ……そ、尊敬しているお頭と一緒にいられて、うれしいんです」

「……」

「で、でも、こんなこと初めてだから、その、き、緊張しちゃって」

「……」

「ラ、ラナちゃんも、その、お頭の帰りを待ってますし、い、いいのかなって……」


 噴き出してくる汗を拭いながらしどろもどろにそう言うと、お頭は「なんだ、そんなことか」と笑い飛ばした。


「おれに気を遣うことなんかないだろ?」

「いや、そういうわけには……」

「なら、今日からは気なんか遣うな。船長命令だ」

「うっ、それはズルいです」


 恨めしげにお頭を上目遣いで見上げると、お頭は声を上げて笑う。


「ラナは今頃昼寝でもしてるさ。ああ見えてアッサリしたモンだぞ、アイツは」

「そ、そうなんですか」

「他に心配事は?」


 にっと口の端を上げたお頭に、私もつられて笑ってしまった。


「うーん……ないです!」

「なら決まりだ! よし、飯でも食いに行くか!」

「はっ、はい!」


 わあ! お頭と二人きりでご飯!


「これ持ったままじゃあまり動けんな。よし、この宿に預けておこう!」

「えっ、あっ、ちょっ、お頭……!」

「おーい、誰かいるかァ?」


 お頭は深く考えもせず、すぐ近くにあった宿にズンズン足を進めていく。じ、自由。


 しばらくすると感じの良さそうなご主人が出てきて、お頭は身振り手振りで事情を話し出す。


 そんなお頭を、ジッと見つめた。


 ダンナさん、か。


 二人きりでこうして歩いてたら、そう見えるのかな。


 ここにいる時だけは。


「ごめん、ラナちゃん」


 今だけ。今日一日だけだから。独り占めさせてください。


 船にいるラナちゃんに心の中で懺悔していると、お頭が満面の笑みで宿から出てきた。


 交渉は成立したらしい。


「よし! 身軽になったことだし、行くか!」

「はっ、はい」

「何が食いたい?」

「あ、わ、私はなんでも! お頭は何が食べた」

「おいおい、船長命令を忘れたのか?」


 そう言いながら、お頭は困ったように笑う。


「あっ、そ、そっか。ええっと、じゃあ……ハ、ハンバーグとかでも、いいですか」


 尻すぼみになりながら小さな声でそう問うと、お頭は笑ってその大きな手を私の頭に置いた。


「もちろん。よし、行くか!」

「はっ、はいっ!」


 あっ、頭ぽんぽん! お頭に頭ぽんぽんされた!


 表面上はなんてことないように装ってみても、狂ったように暴れだす鼓動は止められそうにない。


 緩みまくる頬を両手で抑えながら、弾むように歩いていくお頭の後を追う。


 しばらく歩いていると、小さなかわいらしいお店が目について、私たちはそこで昼食を取ることにした。


 二人で席に着くと、お頭は店員さんに「この店で一番うまいハンバーグをくれ」とオーダーしてくれた。


 店員さんが頭を下げて去っていくと、小さな沈黙が二人に訪れる。


 さっきまでは町中が賑やかだったから緊張も紛れたけど……


 いざこんな状況にお頭と置かれたら、さすがに緊張する。


 なんとなく落ち着かなくて、そわそわとお水を口に運んでいると、お頭が小さく笑ったのが聞こえた。


「へ?」

「あァ、いや……なんでもない」


 そう言って、テーブルに頬杖をつきながら私を見つめるお頭。


 お頭の瞳に私が映っていると思うと、それだけで気を失いそうなくらいドキドキする。


「あ、えっ、と。あっ、おっ、お頭は食べもので好き嫌いとかないんですか?」


 お頭に好き嫌いなんてない。


 そんなことは分かりきっていたが、会話に困ってそんなことを問い掛けた。


「好き嫌い? うーん、ねェなァ。食えそうなモンはなんでも食う」

「はははっ、そうですよね。いつだったか、変なキノコ食べて死にかけたときはさすがに副船長と一緒に蒼くなりました」

「あァ、あれな! うまかったんだけどなァ。生還したときのベンの怒り具合におれは蒼くなった」

「あんなに怒った副船長初めて見ました」

「おう、おれもだ」

「そうなんですか? 副船長が怒るなんて、めったにないですもんね」


 うまく会話が生まれたことにほっとしながら、思い出話に笑い声を上げた。


「おまえは?」

「え?」

「好き嫌い」

「え、あ、そ、そうだなァ。私も特にはないんですけど……あっ、グリーンピースがちょっと苦手です」

「だっはっはっ、そうなのか。だからグリーンピース食うときはあんな苦しそうなカオするんだな」

「へ?」

「え、あ、いっ、いやっ、べっ、別にいつも見てるわけじゃないけどな!」

「?」


 なぜか慌ててそうまくし立てた後、お頭は大きく咳払いをして水の入ったグラスに口をつけた。


「あー……トッドはどうだ? ちゃんと言うこと聞いてやってるか?」

「はい、頑張ってくれています」

「そうか、ならよかった。***の教育がいいんだな」

「いえそんな……。トッドくんはお頭のことすごく慕っていて、いつもお頭の話ばっかりするんですよ」

「そうなのか? ははっ、そうか。あー、いや……あ、そうそう。そういやこのあいだ……」


 困ったように、それでいてうれしそうに笑いながら、お頭はすぐにその話題から話をそらした。


 それを見て、私は内心ほほえましく思う。


 もっとおれを敬え、なんて、いつもはふざけて言うくせに、いざ褒められるとお頭はそれに滅法弱い。


 すぐに話をそらすのは、照れくさくなった時のお頭の癖だ。


 7年。


 この人に命を懸けて着いていこうと決めた、あの日から。


 ずっと、お頭だけを見てきた。


 お頭の心に、他の女性がいても。


 私はずっと、お頭だけを。


 癖も好みも、きっと本人より私の方が分かってる。


 ……一途を通り越してストーカーだな、ほんと。


「おっ、***。ハンバーグが来たぞ!」

「え、あっ、はっ、はい! ほんとだ! おいしそう!」

「?」


 曖昧に笑った私に首を傾げたお頭と、他愛もない会話をしながら二人仲良くハンバーグを平らげたのだった。





「もうこんな時間か」


 お頭が呟くようにそう言うと、私もそれに倣うようにしてオレンジの空を見上げた。


 お昼ご飯を食べ終えてから、町を二人でぶらつくこと数時間。


 昼間の賑やかさがまるで嘘のように、町は途端に人の気配を失っていた。


「この町はずいぶん店じまいが早いんだな……」

「そうですね……」

「……」

「……」

「……そろそろ戻るか!」

「あ、は、はい!」


 少し寂しげに笑ったお頭に、私は必死に笑みを作ってそう答えた。


 あーあ、終わっちゃった。


 船に戻れば、お頭はまたみんなのお頭になってしまう。


 魔法がとけてしまったような、そんな寂しい気持ちになって、私は小さく俯いた。


 頂いたものを預けていた宿屋に辿り着くと、お頭は私を入口に残して中へ入って行く。


 私は辺りを見回した。


 それにしても、


 昼間と全然活気が違うな。


 違う、とかのレベルじゃない。ほんとに同じ町なのかと疑ってしまうほどの違いだ。


 もしかして、夕方はお店出しちゃいけないとかっていう決まりでもあるのかな。


 ……夕方。


 "普段はなんの取り柄もない町なんだがね、夕方になるとこの町には"


 ふと、昼間のおばちゃんが言っていたことを思い出す。


 もしかして、あれと何か関係が、


 そこまで考えたとき、右側足元付近から、大きな音が聞こえた。


 見ると、握り拳くらいの大きな氷の塊が落ちている。


「? 誰かが投げたのかな」


 そう思って人の気配を探ってみても、それは感じられない。


 というか、投げたっていうよりも、どっちかって言うと、


 落ちてきた、みたいな、


「***……!」


 上を見上げたと同時に聞こえてきた、お頭の切迫した声。


 声を上げる間もなく、私の身体はお頭によって乱暴に宿の中へ引き込まれる。


 勢い余ってお頭の逞しい胸板にぶつかったところで、外の方からけたたましい音がした。


 ときめく暇もなく外を見ると、先程の氷の塊がまるで雨のように大量に降っている。


 あのままあそこにいたら、と思うと、サッと血の気が引いた。


「あぶねェとこだったなァ、お嬢ちゃん! 当たりどころ悪いと死んじまうからなァ!」


 陽気に笑いながら、この宿のご主人は私にそう言った。


「この町では、夕方になるとこの氷の塊が空から降ってくるらしい」


 安堵したように息をついてから、お頭はそう教えてくれた。


「こっ、氷の塊がっ?」

「あァ、この町特有の天候だな」

「だからここの人たちはあんなに早くに店じまいするんですね……」

「そうみたいだ……」


 そうお頭が言いかけたところで、私たちは自分たちの体勢を見直した。


 お頭の胸の中に収まったままの私と、私の身体を抱きしめたままのお頭。


「すっ……! すみません……!」

「いっ、いや……! おれの方こそ……!」


 二人で慌てて身体を離して汗を拭っていると、宿屋のご主人がそんな私たちにこう話し掛けてきた。


「もう今日はうちに泊まってけ! 部屋なら用意してやっから!」

「え」

「あ、いやっ、あのっ」

「ええっと、今空いてる部屋は……っと」


 動揺する私とお頭を見事にスルーして、ご主人は宿帳を捲った。


「……」

「……」


 思わず、お頭と私はカオを見合わせた。


「ど、どうしましょう……」

「あー……そうだなァ」


 そこで言葉を切ると、お頭は外に目をやった。


「……そうするか」

「そ、そうですね」

「こんなんじゃあ、無理に戻る必要もないだろ」

「何かあったら大変ですしね」

「……」

「……」


 気まずい。なぜ。


 泊まるって言ったってほら、部屋は別々なんだし。変に意識することないんだから。


 まさかこんなときに部屋がひとつしか余ってないなんて、そんなベタなこと、


「いやァ、お二人さん! 悪い悪い! 部屋がひとつしか余ってなくてさ! 一緒でいいか?」


そのまさか


大丈夫だァ! ちゃんとダブルベッドだからよ!


……。


……。


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