幼なじみと冬の恒例行事と私。-Sabo-
「ううん……やっぱり、デザインはこっちの方がいいよなァ……」
「でも、それだと青しか在庫ないよね?」
「そうなんだよなァ。やっぱ、赤じゃねェとなァ」
そうぼやきながら、サボは眉をしかめた。まるい目は、スマートフォンの画面に釘付けである。
「青でもいい気がするけどね」
スマートフォンの画面を人差し指でスクロールしながら、そう呟く。
サボが、ばっと私にカオを向けて、噛み付くように言った。
「ダメだっ! エースのイメージカラーは赤だっ! 赤なんだっ! 絶対っ!」
「……イメージカラーってなに」
あきれたような私のジト目を、サボはついっとかわす。
かわいくないな。手伝ってあげてんのに。
現在、サボと私は、サボの家のリビングで、ネットショッピングをしている。
幼なじみであるサボとの、冬の恒例行事。来たる一月一日の、エースさんの誕生日プレゼント選びのためだ。
ちなみに言うと、現在、十一月下旬。
早い。早すぎないか、誕生日プレゼント選ぶの。まだ一ヶ月以上あんじゃん。
毎年心の中で突っ込んでるけど、今年も突っ込んでおこう。……彼氏かっ!
「あー、見れば見るほど分かんなくなってくる。全部エースに似合う気がして」
そう嘆いて、サボは頭を抱えた。ブラコンもここまでくると、いっそ清々しい。
「もうさ、エースさんはイケメンなんだから、どうせ何買ったって、似合わないなんてことないって」
「へへっ、そうかな」
「……なんでサボが照れるの」
「やっぱり、実店舗見に行ったほうがいいかなァ」
目が疲れてきて、私はスマートフォンを一旦テーブルの上に置いた。そして、人差し指で目頭を揉みながら、言った。
「あのさ、毎年言ってるけど、選ぶの早すぎるって」
「そうかァ? だって、良い商品がなくなったら、嫌じゃんか」
「もしかしたら、十二月にもっと良い商品が出るかもしれないじゃん」
「でも、今出会った良い商品が、十二月にはなくなるかもしれねェじゃねェか」
「……ああ言えばこう言う」
「何事も、早く取り掛かるに越したことねェだろ? 常におれは、余裕を持った行動を――」
「……」
「……」
「? なに。どうしたの」
サボが、まるで電池でも切れたかのように、動かなくなる。
そのカオが、次第に蒼白してくる。ぎぎぎっ、と、錆びたブリキのおもちゃのような音を首から鳴らして、サボは私を見て言った。
「しまった」
「なに」
「明後日、彼女の誕生日だった……!」
「あほじゃん」
あきれ顔全開の私の隣で、サボはふわふわの金髪の頭を両手で抱えた。
「やべェ! なんっっっにも考えてねェ!」
「あほじゃん」
「とっ、とりあえず、デートの約束だけ取り付けておこう……」
そう言ってサボは、冷や汗を垂らしながら、目にも止まらぬ速さで文字を打ち始めた。
……いいな。こんなに必死になってもらえて。
いじけたように唇を尖らせて、私はホットココアの入ったマグカップに口をつけた。
「よし……っと。とりあえずは、これでOK。大丈夫。忘れてたことには気付かれないはず……」
エースさん似の広い額に、汗が浮いている。それを、ふうっ、と拭いながら、サボは呟いた。
それがかわいいのと、なんだか悔しいのとで、私は意地悪をしたくなって、ちくっと言ってやった。
「……気付かれるよ」
「えっ」
「だって、誕生日のデートの約束が、二日前って。ありえないでしょ」
「そっ、そうなのかっ?」
「あーあ、こりゃまた失恋記録更新かな」
「そ、そんな……おれはどうしたら……」
サボがあまりにも落ち込むので、さすがにかわいそうになってくる。
一つ、ため息をついてから、私はやれやれ顔で言った。
「とりあえず、誕生日プレゼントは用意しなよ」
「お、おう」
「それから……そうだな……『誕生日プレゼント選ぶのに必死で、デートの約束するの忘れてたんだっ。てへっ』」
「な、なるほど……てへっ、か」
「サボはもともとうっかり屋さんだから、きっと笑って許してくれるって」
私なら余裕で許せる。バカすぎてかわいいって思う。絶対。
……言えないけど。
「そうか……よし……それでいく! いつもありがとう!」
「どういたしまして!」
「よし、そうと決まったら、エースのプレゼント、真剣に探さなきゃな」
そう言って、サボが再びスマートフォンに向き合う。
私は、さすがにあぜんとした。
「えっ、まさか……エースさんの方、先に選ぶのっ?」
「? あァ」
「ちょっと。状況分かってる? エースさんの誕生日は再来月。彼女の誕生日は、二日後なの、二日後!」
わざわざ卓上カレンダーを手繰り寄せて、そう力説する。
サボは、至極真剣なカオをして、言った。
「おれに、エースとルフィ以上に大切な人なんか、いねェ」
「ぎゃふん」
「あっ。なァ! これもいいな!」
サボが、うきうきとしてスマートフォンの画面を見せつけてくる。そこには、ルフィくんでもまるまる入りそうな、有名スポーツメーカーのリュックが載っていた。色はもちろん赤。
「そういや、一緒に見に行って買ってもいいしな」
「なに? エースさんの?」
「いや、彼女の方」
「……たかられるよ」
「えっ」
「絶対高価なの買わされるって。買っちゃうってサボは。やめときな」
「なんだよ。人を貢ぎ体質みたいに」
「……」
ジト目でサボを見てから、私はテーブルの上に、「二万円のバッグ、五万円のバッグ」と、それぞれ手で四角を作った。そして、五万円の方を持ち上げて、言った。
「『サボくん、私、こっちがいいな』」
「……」
「断れる? キラキラおめめの彼女を目の前にして」
「……おれにはできない」
「でしょ? やめときな。ただでさえ、エースさんの誕生日と、その前のクリスマスでお金遣うんだから」
「でも、欲しい物あげたいしな……」
「……」
世の中の女の子は、随分と贅沢だ。
私……私だったら――
「私だったら――好きな人と一緒にいられるだけで、十分だけどな」
「……」
――しまった。
ついぼそっと、本音を言ってしまった。
……まァ、いい。どうせ聞こえてない。
サボは、私のことなんて、これっぽっちも興味――
ちらっとサボを窺うと、サボのまるい目が、まっすぐに私へ向いていて、思わずぎくりとする。
サボは、その真剣なカオのまま、言った。
「おまえ……好きな男、いんの?」
「え? いないよ?」
「なんだー! だよなっ」
「……」
ふう。危ない。サボがあほでよかった。
心の中で安堵していると、サボが、ぼそっと呟くように「でも」と言った。
「そういうふうに言ってもらえんの、いいな」
「……」
「……」
「……やっぱ、実店舗見に行ったほうがいいんじゃない?」
「エースの方?」
「うん」
「やっぱ、だよなー」
「結局毎年見に行くことになるんだから、やっぱりこの時間無駄だって」
スマートフォンの表示を消して、私は凝り固まった首を回した。
「無駄じゃねェよ。プレゼントって、選んでる時間も楽しいだろ」
「ピュアか」
「なァ、いつ行く? なんなら今から行くか?」
「ええ? 明後日彼女と出かけるなら、彼女と見に行ったらいいじゃん」
くあっ、と、欠伸をしながらそう言えば、サボは、眉をきりっと上げて、断言した。
「ダメだ。エースとルフィのことは大事なことだから、おまえ以外とは行かねェ」
欠伸をした状態のまま、口がまぬけにほうける。にやけそうになるのを必死に耐えて、私はやっとの思いで「あ、そう」と口にした。
「で? いつなら空いてるっ?」
「……いいよ。今からでも」
「そうかっ! ありがとう! よしっ、行こうっ」
いそいそとファンヒーターを消して、サボは上着を羽織った。
それに続いて、私もマフラーをぐるぐると巻く。
「おお、外寒そうだな」
「買い物終わったら、プレミアム肉まん食べながら帰ろ」
「それ最高だな」
「サボの奢りね」
「えっ」
「あーあ。サボと一緒にいるだけで、幸せだなー!」
「嘘つけっ! 思いっきりたかってんじゃねェか!」
……本当だよ、バカ。
幸せそうに緩む横顔を見つめて、心の中だけでそう告げた。
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