幼なじみと19:48 -Killer-

「メ、メリークリスマス!」

「あ、キラーいらっしゃい。メリークリスマス。」

「…キラーじゃない。サンタさんだ。」

「あれっ?その衣装去年のと違くない?もしかして買い直したの?」

「衣装とか言うな。サンタさんだ。」


頑ななキラーサンタを招き入れれば、「なぜだ。なぜバレる。」とかブツクサ言いながら玄関をくぐった。いや、そんなブスッとされても。だって分かるもん。ムキムキなんだもん。


「おじさんとおばさんはどうした?」

「デートだって。クリスマスだから。」

「…」

「なにさ。大丈夫だよ。ちゃんと帰って来るし。ホラーも観てないし。」

「…そうか。」

「あれ?ちょっと残念がってない?」

「が、がってない。」

「泊まってってもいいんだよ。」

「いや、結構だ。」

「照れちゃって。」

「照れてなどいない。」


ムキになるキラーがかわいくて、思わずカオの筋肉がだらしなくゆるむ。


なんか、やっぱり。


いいな。両想いって。照れるけど。


なんだかくっついていたくて、私は浮かれた足取りでキラーの横に立って、となりに座った。いつもは真向かいだけど。いいよね。馴れ馴れしくないよね。それに、今日クリスマスだし。


「あ、キラーご飯食べた?」

「…」

「今日ね、煮付け作ってみたんだ。食べる?」

「…」

「キラー、うちの煮付け好きだもんね。ちょっとクリスマスっぽくないけど。」

「…」

「お母さんに教わったから、多分味は大丈夫だと思、」

「…」

「…」

「…」

「どうしたの?さっきから。そんな身体固めちゃって。」

「ち、」

「え?」

「…近くないか?」

「近い?何が?」


話が見えなくて、私はキラーに詰め寄った。するとキラーは、私が近付いた一歩分、ズサッと身を引いた。


「なんで離れるのさ。」

「な、なぜとなりに座る。」

「へ?」

「いつもは、そ、そっちに座るだろう。」

「ああ。ダメ?」

「ダ、ダメ、というか。なんというか。」

「イヤ?」

「イヤ、では、…ないが。」

「じゃあいいじゃん。」

「…」


キラーは黙り込むと、サンタ帽子をおもむろに取ってこめかみの汗を拭った。いや、それ使い方まちがってる。


「で?」

「な、何がだ。」

「煮付け、食べる?」

「いや。なんだか急に、その。し、食欲が。」

「ないの?なんだ。そっか。」

「すまない。あとで戴く。」

「承知した。」


室内が無音だったことに気が付いて、私はテレビのリモコンを取ろうとキラーの方へ手を伸ばした。キラーは、怯えたようにビクッと肩を揺らした。


「もう。なに?さっきから。」

「そっ、それはこっちのセリフだ。ちっ、近すぎるぞ。さっきから。」

「そう?そうかな。」

「あ、あァ。」

「…」


これでもちょっと、ガマンしてる方なんだけど。本当はもっとくっつきたいんだけど。膝と膝のあいだとかに座りたいんだけど。


キラー、付き合うと意外と硬派なのかな。


「…な、」

「ん?」

「いや、な、…なんかあったのか?」

「なんかって?」

「いつもと、その。よ、様子が。」

「ええ?だって、そりゃあ。」

「あ、あァ。」

「付き合って、初めてのクリスマスだし。」

「…」

「多少、浮かれちゃうっていうか。」

「…」

「…」

「…は?」

「は?」

「つ、…付き合ってる?」

「うん。」

「だ、だれと、だれが。」

「へ?だから、」


ここまで来て、私はようやく気が付いた。キラーとの会話と空気が、まったく噛み合ってないことに。


あれ。なんだろ。なんか、


イヤな予感。


「…」

「だ、だから。ほら、その、」

「…」

「…」

「…」

「突き合ったじゃん!こう、ほら!」


言いながら、私は握った拳をシュッシュッと前へ突き出した。キラーは「は?」と言った。ちなみに私も「は?」である。どうする。ここからの展開。


「フ、…フェンシングだよ!フェンシング!見てないの?」

「フェンシング?い、いや。見ていない。」

「突き合ってさ、勝ったじゃん!日本!」

「そうなのか?」

「そうだよ?だから、ほらっ、お祝いっていうか!」

「そ、そうか。あァ、なるほど。そうか。」

「ねっ?」


言い訳としては最低すぎる私の言い分を、キラーは見事に信じきった。キラーはピュアなのだ。


私の頭は未だに混乱していた。一旦頭を整理したい。理由をつけて、私はいつものキラーの真向かいに座り直した。キラーはどこかホッとしていた。


「そうか。フェンシングが強かったとは、知らなんだ。」

「…」

「勉強不足だな。いや、手間をかけた。ありがとう。」

「…いいえ。どういたしまして。」

「安心したら、急に腹が減ったな。煮付け、戴いてもいいか?」

「…承知した。」


台所に立つと、ガスコンロのツマミを回した。まだ冷えたままの煮付けを見つめながら、私は状況を整理した。


この前。キラーがうちに来た時。淳二の時。


キラー、私のこと好きって言ったよね。


そして、私も好きって言ったよね。


好き+好き=恋人。だよね。公式合ってるよね。あれ、じゃあなんだ。キラーのあの動揺っぷりは。


ぐつぐつと煮立ち始めたナベの底を見ながら、はたと気付く。待てよ。ちょっと待てよ。


好き(恋)+好き(友情)=…


ならない。これならイコール恋人にならない。そうか。そういうことか。こっちか。


私は煮付けの前で膝から崩れおちた。そうか。どうりで。おかしいと思ったんだ。キラーが私を好きとか。


だって、今までそんな雰囲気なかったし。キラーモテるし。なんだ。そっちか。そっちかい!


大きくため息をついて、私は煮付けを皿に乗せた。居間に戻れば、キラーはすっかりいつものキラーだった。


「…はい。お待たせ。」

「あァ、すまない。…おお、美味そうだな。」

「ご飯いる?」

「いや、今日はこれから出かける予定があるんだ。」

「ええっ?これから?」

「あァ。キッドがさっき連絡寄越してな。」

「…へェ。」


男二人で、クリスマスパーティー。


なんて、そんなわけない。くそう、あのチューリップ頭め。いつもいつもキラーを横取りして。でも困ったことに、キラーもあの人のこと好きなんだよな。そこで両想いか。くそう。私はキライだからね。あの人。


しかし、これではっきりした。付き合って初めてのクリスマスに、友だちや他の女性を優先するわけがない。


キラーの「好き」は、幼なじみとしての「好き」だったのだ。


なんだ。そうか。…なんだ。


「煮付け、美味いぞ。さすがだな。」

「…そりゃどうも。」

「どうした?テーブルに突っ伏して。」

「いいの。私のことはもう捨て置いて。」

「?やはり何かあったのか?具合でも悪いか?」


本気で心配そうに窺うキラーに、私は首を横に振って「なんでもない。」と言った。


恥ずかしい。勝手に思い込んで、いじけるとか。やめよ。もう忘れよ。


ああ、もう。友だちに彼氏できたとか言っちゃったよ。長年の片想いが実ったとも。カッコ悪。どうしよ。


ひとりでうんうん唸っていたら、キラーが突然「話がある。」と切り出した。私は「なに?」と聞いた。


「いや、その。なんだ。」

「?」

「ク、…クリスマスプレゼント。なんだが。」

「…あァ。」


そうだった。今日クリスマスだった。もうなんか、すっかり忘れてた。


「去年、言われただろう?」

「言われた?私に?…なんだっけ。」

「いや、だから、ほら。お、…おれが選んだ物が良いと。」

「?言ったっけ。」

「…言ったんだ。」

「ごめんごめん。で?」

「それで、その、おれなりに、いろいろ見てみたんだが、」

「うん。」

「あれもいいか、これもいいかと数日店を見て回ったが、」

「数日?何日もお店回ってくれたの?」

「だが、結局。…悩んで、何も買えなかったんだ。」

「…」

「す、すまない。」


そう言ってキラーは、筋肉がモリモリついた肩をしょげさせた。アンバランス。見た目とのギャップがもう。


「そっか。ありがとう、キラー。」

「いや、だから結局、」

「ううん。それでいいの。」

「?…何がだ?」

「だからね。一生懸命考えてくれた、その気持ちが嬉しいの。」

「…」

「物とかじゃ、ないんだよ。」

「…」

「だって、私がどうしたら喜ぶか。数日ずっと考えてくれてたんでしょ?」

「…」

「それだけで、充分だからさ。」

「…」

「…」

「そ、そういうモンか。」

「そういうモンです。」


うむうむ、と頷いて見せれば、キラーは「そうか。なら。よかった。」と仮面の中で呟いた。声ちっさ。


でも、そうだ。そうだよね。


キラーはキラーなりに、私のこと想ってくれてるんだよね。


だからずっと、幼なじみのままでいいって。そう思えてたんだよね。


ダメだね。ほんと。欲深くなっちゃって。


「これだ。と思ったものがあったら買ってくるからな。今しばらく待っていてくれ。」

「ええ、そんないいよ。気持ちだけもらっとく。」

「そういうわけにはいかない。挽回させてくれ。」

「そこまで言うなら、まァ。分かったよ。ありがとう。」

「…」

「もうこの時期、どこもスペシャル番組ばっかりだねェ。」

「…」

「オサムくん何か出てないかなァ。」


なんだかもうすべてをあきらめて、頬杖をつきながらあちこちチャンネルを回した。すると、キラーが大きく咳払いをした。


「なァ、」

「ん?」

「こ、この前の、その。…ことなんだが、」

「この前?なんだっけ?」

「いや、だから、その、」

「うん。」

「す、好きだって。言った、」

「…ああ。うん。」

「あ、あれなんだかな、」

「うん。」

「お、おまえは、その、い、意味を、わか、解ってないんじゃないかと。」

「意味を解ってない?」


そうか。さっきの。となりに座ったやつか。バレたか。勝手に付き合ってると思い込んでたこと気取られたか。


うわあ、恥ずかしい。まずいぞ。なんとかしてゴマかさないと。


「だから、その。つ、つまりだな、」

「解ってるよ。」

「え?」

「だから。ちゃんと解ってるって。」

「…ほんとか?」

「うん。ほんとほんと。」

「…」

「なにさ、その仮面の下のジト目は。」

「おれはもう騙されない。おまえはぜったい解ってない。」

「騙す?私がいつ、」

「いつもだ。いつもいつも、おれの心を弄んで。」

「…どっちが。」

「なに?なんだって?」

「とーにーかーくー!安心してください。解ってますよ!」

「…」

「あれ?知らない?安村。」

「ほんとに信じていいんだな?」

「いいともー。」

「解っててクリスマスの夜に招き入れるということは、その。そ、…そういうコトで、いいんだな?」

「ん?いいともー。」

「ほんとにほんとだな?」

「あっ、オサムくん出てるじゃん!ラッキーこれ観よ。」

「…」


いつものように生半可な受け答えをして、ポーカーフェイスを装った。


大丈夫。大丈夫だよね。相手キラーだし。うん。なんか大丈夫そう。


キラーがついに黙り込んだので、私は内心ホッと息をついた。


いや、しかし。まいったな。長年の片想いがまさかの両想いだと思ったら。それがまさかの思い込みで。やっぱり片想いのままで。


彼氏だと思ってた人が、今日他の女の子とエッチするのか。なんだそれ。


あーあ、もう。泣くぞ。泣いちゃうぞ。


キラー、早く帰ってくれないか、


ぼんやりとそんなことを考えていたら、キラーが立ち上がるような動きをしてみせた。


ほんとに帰ってしまうのかとキラーの方を見上げたら、キラーは仮面を外していた。


「あら、素顔ひさしぶり。」とか言おうとしたら、キラーがテーブルを越えて身を乗り出していたので何も言えなかった。


キラーは、私にキスをした。


「…」

「…」

「…ひとつ、言わせてもらえば、」

「…」

「おれは、芸能人にも嫉妬する。」

「…」

「他の男の話を、そんな嬉しそうにしないでくれ。」

「…」

「…」

「…」

「ま、まァ、そこまで束縛する気はないが、一応おれの気持ちとして、」

「承知した。」

「…」

「…」

「承知したのを、…承知した。」

「…じゃあそれを更に承知、」

「いや、もういい。キリがない。」

「だね。」

「…」

「…」

「今日、」

「うん。」

「帰りたくない。」

「女子か。」

「…」

「…」

「…」

「じゃあ、」

「あァ。」

「…帰さない。」


そんな男前なことを言ったら、キラーは照れくさそうに笑った。


幼なじみと19:48


キッドが半狂乱で暴れているらしい。行かねば。


…行ってらっしゃい。(ほんとあの人キライ。)


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