幼なじみと7:03 -Izo-

「メリークリスマス! あっ、それとおはよう!」

「……」


 クリスマスの早朝。元気よく幼なじみの家を訪ねれば、それはそれはとても面倒くさそうなカオで迎えられた。


「ステキな朝だね! どうかな? こんな日は幼なじみと早朝デートなんて」

「嫌だね。じゃあ」

「あああっ! 待って待って! ケーキ! ケーキ持って来たの! ショートケーキとかチーズケーキとかっ」

「朝っぱらから、んな甘ったるいモンが食えるか!」

「そう言うと思って、お茶とおせんべいも持ってきた!」

「菓子ばっかじゃねェか!」

「まァまァ、クリスマスなんだからそんな冷たいこと言わずに! はい、お邪魔しますよォっと」

「おまっ、だから力強……!」


 細マッチョなイゾウの身体をぐいぐい押し退けて中へ入れば、久々に目の当たりにするその光景に絶句した。


「あ、相変わらずの汚部屋だね……」

「……ほっとけ」


 ほつれた黒髪をかきあげて、イゾウは気だるそうに欠伸をした。早朝だというのに無駄に色っぽい。


 イゾウは壊滅的に片付けが出来ない。脱いだら脱ぎっぱなし。使ったら使いっぱなし。本人自身はこんなに綺麗なのに、部屋は相対して汚い。ギャップルールだ。悪い方に。


「もう。どうしてこんなに汚すの? 着物は綺麗にしまえるのに」

「いちいちうるせェな。女房か、おまえは」

「えっ」

「喜んでんじゃねェよ」

「よっ、喜んでない!」

「どうだか」


 クッと、喉で笑ってイゾウは言った。


 なぜバレた。伸びた鼻の下は隠しきれなかったか。


「こんな汚い部屋でクリスマスパーティーなんて嫌だなァ」

「じゃあ帰んな」

「仕方ないなァ、もう」


 もちろん帰るつもりなんてない。せめてリビングだけでもと、私はそそくさ片付け始めた。イゾウはといえば、もう勝手にしな状態で、ソファにごろっと横になった。


「おまえ、今日仕事は」

「ん? あるよ」

「はァ? 今から?」

「うん。九時出勤」

「なんでわざわざこんな時間に来るんだよ」

「……だって」

「あん?」

「イゾウ、どうせ用あるでしょ? 夜はさ」

「……あァ」

「朝なら、いいかなと思って」

「……」


 一人でに、唇がタコみたいに尖っていく。


 クリスマスの夜に、イゾウがどこの女の子と会おうが、何しようが。私には咎める理由がない。


 だって、私はただの幼なじみだし。


「……へェ。それはそれは」

「な、なにさ」

「健気なこって」

「べっ、べつに、健気とかじゃ」

「クリスマスくれェ、男たらし込みゃいいのによ」

「……」


 私の気持ち、きっと知ってるくせに。イゾウは、ちっとも振り向いてくれない。


 そろそろ潮時なのかな、なんて。


 最近じゃ、毎日思ってる。


「き、昨日はデートだったよ」

「あん? どうせまた犬だろ」

「……違うもん。人間だもん」

「へェ。どうだったんだよ」

「おうちに呼ばれて、クリスマスパーティーした」

「いいじゃねェか。さてはナニかあったな? んん?」

「聞き方がいやらしい」

「幼なじみの処女喪失なんて、さほど興味ねェよ」

「処……!」

「もったいぶんなよ。で?」

「な、何もないよ」

「……」

「……」

「嘘だろ。クリスマスだぞ」

「だ、だって、ほんとに何もなかったもん」

「……」


 するとイゾウは、切れ長の目をこれ見よがしにまるくして、そして大笑いした。


「クリスマスなのに何もされねェって! おまえ、逆に奇跡だな!」

「みっ、みんながみんな、イゾウみたいに節操なしじゃないんですっ」

「男なんて、みんなオオカミなんだよ。穴に棒突っ込むことしか頭にな」

「ぎゃあああ! 朝っぱらからなんてこと言うの! しかもクリスマスなのに!」


 何がそんなにおもしろいのか、イゾウはケラケラと笑いながらソファの上で身をよじった。無防備にはだけた胸元に、思わず見惚れてしまった。


「よしっ、大体片付いたかな」

「おお、床が見える」

「……それがフツーだから」

「いいから早くケーキと茶持ってこいや。処女」

「なっ、名前みたいに言うのやめてっ」


 イゾウに命じられるがまま、私は冷蔵庫にしまってあるケーキを取りに行った。


 イゾウは、一個を全部は食べない。飽きるからだ。何種類かを、一口ずつとか。そういう食べ方をする。だから、ケーキはホールじゃなくてピースで買った。


「イゾウ、ショートケーキとチーズケーキとシフォンケーキとチョコレートケーキ、どれがいい?」

「チーズとチョコとタルト」

「えっ」

「チーズとチョコとタルト」

「ご、ごめん。タルトは買ってきてない」

「チッ。使えねェな。んじゃシフォン」

「は、はい」


 タ、タルトか。予想外。次回はタルトも買ってこよう。


 暴言にもめげずにそんなことを考えて、ケーキと紅茶をトレーに乗せる。


 ……次とか、あるのかな。


「はい、イゾウ」

「ん」

「じゃあ、メリークリスマース!」

「おまえ、よく朝の7時にそのテンション持ってこられるな」


 あきれたように言ったイゾウを尻目に、私はショートケーキを一口頬張る。イゾウはというと、外側の透明なフィルムを丁寧に剥がしていた。


「おっそ」

「バーカ。ケーキはこれがいいんだよ」

「は?」

「女の服脱がしてるみてェで、性的興奮を感じる」

「変態すぎ」

「おめェよ」

「すみません」

「テキトーな男と寝るなよ」

「はい?」

「だから」


 イゾウは、ようやく剥がしたフィルムをフォークで持ち上げて見せて、言った。


「女の操は、惚れた男に捧げるもんだ」

「……」

「ゴミみてェに、捨てんじゃねェぞ」

「……意外とまともなこと言うんだね」

「バーカ。おれほど真面目な男はそういねェぞ。ヤンチャなのは下半身だけだ」

「頭おかしいこと真顔で言うのやめて」

「軽々しく男の部屋訪ねんのも止めとけ。ヤられても文句言えねェんだからな」

「す、好きでもない人の部屋なんて、上がらないもん」

「へェ。じゃあ、昨日の男は好きなのかい」

「う、うん。だいすき」

「まァ、ならいいんじゃねェか」

「……」


 遠回しに告白したつもりが、するりとかわされてしまった。ちなみにそろそろ白状すると、昨日訪ねた男というのは近所の五歳児の男の子だ。子守り兼任の、クリスマスパーティーだった。


 ヤキモチも妬いてくれないなんて、ほんと意地悪。


 綺麗な唇に、ケーキが吸い込まれていくのを見てた。私なんて、シフォンケーキにまで嫉妬してしまうのに。


 物欲しそうな視線に気付いたのか、イゾウは口を開けたまま私を見た。私は慌てて目を逸らした。


「まっ、まァそれに、いざとなったら逃げたらいいしね」

「あん? おまえ、男の腕力なめてんじゃねェよ」

「そりゃ腕力じゃ敵わないけどさ。大事なところ蹴り上げれば一発じゃない?」

「なっ、なんて恐ろしいこと考えやがるんだ。使いモンにならなくなったらどうしてくれる」

「どうせロクなことに使わないんだから、なくなっちゃえばいいんだよ」

「……おまえ、それおれのこと言ってるだろ」

「とにかく、最後に勝つのは赤ずきんちゃんなの。オオカミなんて怖くないんだから」

「……」

「ねェ、シフォンケーキおいしい? ちょっと一口」


 イゾウの方へフォークを伸ばしたら、突然、手首を強く引かれた。声をあげる間もなく、いっきに世界が反転する。


 気付いたら、目の前にはケーキじゃなくて、天井をバックに背負ったイゾウがいた。


「ガオ」

「……」

「なんつって」

「ち、ちょ、ちょっ、と、なにっ、何してっ」

「ほれ、振りほどいてみろよ」

「えっ?」

「タマ蹴り上げて、逃げんだろ? やってみな」

「……」


 そう挑発されて、私は身じろぎした。正確には、身じろぎしようとしたけど、押さえ付けられた手どころか、足さえも動かせない。


 次第にムキになってきて、本気で使い物にならなくなるように蹴り上げてやろうと躍起になったけど、どう足掻いてもそれは叶わなかった。


 万策尽きた私を、イゾウは愉快そうに笑って眺めている。ム、ムカつく。


「ほらな? できねェだろ?」

「……」

「男なめすぎだ。おめェは」


 イゾウは起き上がると、私の手を優しく引いて起こした。そして、何事もなかったかのようにシフォンケーキを再び食べ始める。


 こっちはドキドキが鳴り止まないというのに。ほんと、憎たらしい。


「……イゾウ、力強いんだね」

「まァな」

「い、今みたいなこと、したことあるの?」

「あん?」

「あ、あんな、力づく。みたいな」

「ねェよ。多分」

「多分て」

「いちいち覚えてられっかよ。んなの」

「……回数多ければいいってモンじゃ、な、ないと思うけど」

「ケッ。処女が偉そうに」

「処女処女って連呼するの、やめて頂けますか」

「けど、まァ」


 長いまつ毛をツンと流して、イゾウは言った。


「そうだと思うぜ。おれも」

「へ?」

「回数より、質だっつってんの」

「……言ってることとやってること違くない?」

「男の下半身は難しいんだよ」

「なにそれ。バカみたい」

「ククッ、だなァ」


 遠い目をして、口の端についた生クリームをベロリと舐めとりながら、イゾウは言った。


 ほんとはずっと、思ってた。


 イゾウには、本気で愛した女性がいるに違いない。


 だけど、どういうわけか、それは叶わぬ恋で。きっと、イゾウの片想いで。


 そんなイゾウに、私は恋をしていて。


 どうしてこんなに、世の中はうまく回らないんだろう。


 両想いなんて、奇跡以外の何物でもない。


「ところでおめェ」

「はっ、はいっ?」

「時間、いいのか?」


 イゾウにそう問われて、私は初めて時計に目をやった。一気に血の気が引いた。


「あああっ! 大変っ! 行かなきゃ!」

「ほんと、騒がしい女」

「イゾウ! これっ、ちゃんとお皿洗ってね!」

「面倒くせェな。捨てるわ」

「なに言ってるのあなた」


 クリスマスの余韻に浸る余裕もなく、私はドタバタとゴミ屋敷を走った。


 靴を履いていると、背中に気配を感じた。どうやら、わざわざお見送りに来てくれたらしい。面倒くさがり屋なくせに。デレの使い方が絶妙すぎ。


 ああ、もう。離れたくないな。渡したくないな。


 だけど、



「じゃあ、突然お邪魔しました」

「何を今更」

「クリスマス、楽しんでね」

「……」


 イゾウも今日、好きな人に会えるといいね。


 切ないけど。クリスマスに好きな人と会えるって、それだけで幸せ。


 イゾウにも、この幸せを分けてあげたい。


 次に会えるのはいつかな、なんて、そんなことを考えながら玄関を出れば、後ろから「七時」と聞こえた。


「え? なに?」

「だから、今日。七時な」

「? 何が?」


 まったく意味が解らなくて眉を寄せれば、イゾウはおでこに血管を浮かせた。


「おめェ、やっぱ忘れてやがんな」

「え、えっ? なっ、なんの話っ」

「去年出来た駅前のイタリアン。クリスマスに行きてェと駄々こねたのは、どこのどいつだ。ああ?」

「えっ、駅前のイタリアン?」


 イゾウの怒のオーラに気圧されて、私は必死に記憶の糸を駆け足で辿った。駅前の、イタリ、……


「ああっ!」

「……」

「はっ、はいっ! わたっ、私ですっ!」

「すっかり忘れて、あげくこんな朝っぱらから来やがって」

「……もしかして、つ、連れてってくれるの?」


 おそるおそる訊ねれば、イゾウは脱力したように壁に寄りかかって、言った。


「七時に駅前」

「……」

「一分遅れる毎に、デコピン十回。」

「っ、イ、イゾウー……」

「泣いてる暇があったら、さっさと行って金稼いでこい!」

「はっ、はいっ!」


 涙を拭いて、私は玄関を飛び出した。振り向いたら、イゾウは柔らかく笑って手を振ってくれた。


 イゾウはやっぱり意地悪だ。まだまだ、片想いをやめさせてくれないんだからさ。


幼なじみと7:03


 愛してるよ。行ってらっしゃい。……なんつって。


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