幼なじみとホラーの夜 -Killer-
『振り向いてもね、だれもいないんですよ。気配は感じるのにね、』
「…」
『おかしいなァ、イヤだなァ、怖いなァって思いながらね、』
「…」
『パッとカオを上げた、その時…!ぎゃあああああ…!』
ピンポーン。
「ぎゃあああああっ!」
稲川淳◯の叫び声とチャイムがうまいこと重なって、私は淳二にまけないくらいの悲鳴を上げた。
頭から掛けていたタオルケットを剥ぎ取ると、玄関へとダッシュする。ドアのすりガラスから夜でも目立つ水玉模様が見えて、私は慌ててカギをあけた。
「キラーあああ!」
「なっ、なんだっ?今の悲鳴はっ?」
「おおおっ、おそいじゃんか!」
「何かあったのかっ?」
「早く!早く入って!」
「…!お、おいおい、」
指までムキムキなその手を取れば、キラーは首すじをピンクにする。キラーはこう見えて意外と照れ屋さんなのだ。
「あっ、オチおわってるー!」
居間に戻ってテレビ画面を見ると、私はそう嘆いた。淳二はすでに新たなストーリーを語り出していた。
「オチ?…なんだ。ホラー番組か。」
「DVDだけどね。」
「わざわざ借りてきたのか?おまえ苦手だろう。」
「今日はキラーが来てくれるって言うから、勇気出してみた。」
「勇気のムダ遣いをするな。」
呆れた声で言いながら、キラーはいつもの場所に座った。好きだね、そこ。
「キラーお茶でいい?」
「戴く。」
「承知した。」
台所から黒豆茶と豆おかきを持ってくる。豆と豆だ。ま、いっか。
「なんでまたホラーなんだ?」
「なんかさ、今年寒くなるの早かったじゃん。」
「…そうか?」
「…キラー、今日も半袖なんだね。元気だね。」
「暑がりなんだ。」
「知ってる。だからさ、なんとなくもう少しナツ気分を味わいたいなと思って。」
「なるほど。それでホラーか。」
キラーはデッキの上に乗っていたDVDのパッケージを手に取ると、もの珍しそうにそれをながめた。
「キラーDVDとか借りないの?」
「あァ、借りないな。」
「エッチなやつは?」
「…借りない。」
「間に合ってますってか!AVなんて見なくても現物で足りてますってか!このリア充め!」
「リ、リアジュウ?」
「現実が充実してる人のこと。」
「…それならそう言ってくれ。まったく。なんでもかんでも省けばいいってもんじゃ、」
「キラーおじいちゃんみたい。」
「…」
「あれ、怒った?」
ねェねェと足の指でキラーの足を小突けば、キラーはそっぽを向いて「怒ってない。」と言った。よかった。
実は、今日キラーに機嫌を損ねられては非常に困る理由があるのだ。
「今の話のどこが怖いんだ?」
「え?怖いじゃん。だってだれも住んでるはずのないアパートの窓に女の人が立ってるんだよ?」
「それは不法侵入だ。叫び声を上げる前に110番するべきだ。」
「ちがうの。淳二が話してるんだからそれはもう幽霊なの。ユーレー!」
「淳二はそれをどうたしかめているんだ?声をかけたのか?それともちゃんとさわって、」
「あーもー淳二が幽霊だって言えばもう幽霊なのそれは!淳二のことそれ以上責めないで!」
「…おまえは淳二のなんなんだ。」
キラーは呆れたように言いながら黒豆茶をすすった。DVDがメインメニューに戻ったので、私は二枚目のDVDを持って立ち上がった。
「しかし、あれだな。哀れなものだな。」
「え?何が?」
二枚目のDVDをセットしていると、キラーがしみじみと言った。
「殺されたことに恨みを持ち、ずっとあんな薄暗いところに一人きりでいるとは。」
「…」
「向こうが話をできるなら、聞いてやってもいいんだが。」
「…キラーって女の人相手なら幽霊にもやさしいんだね。」
「おれはべつに女にやさしいわけじゃない。相手が男であってもしかりだ。」
「ねェねェ、聞いたことなかったけどキラーって好きな人いるの?」
「ゴホッ、」
あからさまにキラーは噎せた。私はくるっとキラーの方を向いた。
「うっそ。いるのっ?ほんとに?」
「な、何もまだ答えてないだろう。」
「何年の付き合いだと思ってるの。今の反応見たらさすがに分かるよ。えっ、だれだれ?」
「おっ、『真夜中の訪問者』に『赤い女』。なかなか怖そうなラインナップだな。」
「あっ、もしかしてこの前私のネックレス一緒に選んでくれた人?」
「…違う。」
「ねェいいじゃん教えてよ。もしかして、芸能人とかっ?」
「淳二が語り出してるぞ。ちゃんと聞いてやれ。」
「今は淳二よりキラーだよ。キラーの方が大事!」
「…チ、チョーシのいいヤツだな。」
「よォし、じゃあ今日は夜どおしキラーの恋ばな聞いちゃおうかな!」
「…」
「…」
「夜どおし?」
「うん、夜どおし。」
「…朝まで?」
「うん、朝まで。」
「…」
「…」
キラーは黙りこくると、黒豆茶をズズッとすすった。そして、小さく咳払いをしてから、言った。
「つ、つまりそれは、あれか。」
「ん?」
「おれに、と、」
「…」
「…泊まっていけということか。」
「うん。」
「…」
「…」
「ちなみに、さっきから気になっているんだが、」
「なに?」
「今日、…おじさんとおばさんはどうした?」
「…」
「まさか、」
「…」
「か、…帰らないのか?」
「…」
「…」
キラーは湯呑みをテーブルに置くと、すくっ、と立ち上がった。私はすかさずキラーの服を掴んだ。
「待ってキラー!話を聞いて!」
「はっ、はなせ、おれは帰る、」
「いやだ!今夜は帰さないから!」
「よっ、よくもまァしれっとそんなセリフが言えるな!おれは幽霊よりおまえが怖ろしい!」
「だって知らなかったんだもん!今日帰って来ないってさっき言われたんだもん!DVD見始まってから電話寄越すんだもん!」
「知るか!頑張って一人で乗り越えろ!たかだかホラーくらいでっ、」
「お願いキラー!そんなこと言わないで!怖くて私、私っ、」
「…!」
涙目でキラーを見上げれば、キラーは、ぐっ、と声を詰まらせて怯む。よし、あと一息。
「お願い、キラー…」
「っ、」
「今夜はずっと、一緒にいて?」
「…」
キラーはしばらく苦悩していたようだったが、やがてあきらめたかのように全身の力を抜いた。
「…わかった。」
「…ほんと?いいの?」
「はァ。」
「やったー!ありがとう!キラーだいすき!」
「…おれはなんてチョロい男なんだ。」
「やだなァ。そんなこと思ってないよォ。さすが私の見込んだ男っ!いよっ!」
「…言っておくが、」
「ん?なに?」
「…何か起こっても、知らないからな。」
「そうだね。取り憑かれる時は一緒だね。」
「そういうことじゃない。」
「へ?」
「…もういい。なんでもない。」
「じゃあさ、じゃあさ。今日はここに布団敷いて淳二かけながら寝よっか!」
「もういい。好きにしてくれ。」
「わーい!なんか小さい時のお泊まり会みたいだね!わくわくしてきた!」
「そうか。よかったな。」
「私布団持ってくるねー!」
弾む足取りで布団を二組持ってくると、テーブルをどけて並べるように布団を敷く。なんだかんだ言いながらも、キラーはそれを手伝ってくれた。こういうとこなんだよなァ。キラーのイイところ。
「あ、キラーお風呂入る?沸いてるけど。」
「…いや、入ってからここに来たから必要ない。」
「…」
「な、なんだ?」
「お風呂入ってから来たって、キラーどこから来たの?」
「…」
「キラーやーらしー。」
「…帰るぞ。」
「あああっ、ウソですごめんなさい。」
「…まったく。」
「…ちなみにさ、」
「なんだ。」
「その相手って、もしかして好きな人?もしかしてもう付き合ってたりする?」
「…なぜそんなことを聞く?もしかして、き、気になるのか?」
「いや、さすがにカノジョ持ちを泊まらせるのは良くないかなって。」
「…付き合ってないし、その女じゃない。」
「っていうことは、やっぱり好きな子いるんだ?」
「…」
「ぷくくっ、引っかかってやんの!」
「…帰る。」
「あああっ、ウソですごめんなさい。」
「…電気消すぞ。」
「怖いから豆電球にしてね。」
「あァ。」
下がった紐を二回引くと、室内がいっきに暗くなる。キラーは私のとなりの布団にいそいそと入ってきた。布団がかなり小さく見えた。
「キラー狭くない?」
「…狭くないと言ったらウソになる。」
「大丈夫?あっ、布団くっつけてこっち半分使う?」
「いい。結構だ。気持ちだけ頂戴する。」
「なにさァ。そんなに嫌がらなくても。」
「いや、イヤだというか、なんというか。」
「暗くなると、かなり雰囲気でるね。」
「なかなか心地よい声だ。ちゃんと眠くなれそうだ。」
「ね、ねェキラー、ぜったい私より先に眠らないでね。」
「じゃあさっさと眠ってくれ。」
「…なんかキラー今日冷たい。」
「…そんなことはない。」
「もしかして怒ってる?無理やり引き止めたから。」
「…べつに怒ってるわけじゃない。」
「ほんと?ほんとにほんと?」
「ほんとにほんとだ。」
「ならよかった。」
「…おい、」
「ん?」
「何してる。」
「ちょっと布団くっつけようよ。なんか今日寒いし。」
「や、やめろ。おれは寒くない。」
「キラー体温高そうだよね。ちょっとおじゃましますよっと。」
「…!おまえなっ、」
「ああ、あったかい。」
「…はァ。もう。」
「なんかほんと、小さい頃思い出すね。」
「…」
「よくこうやって、一緒に眠ったね。」
「…あァ、そうだったな。」
お互い年齢も重ねて、それぞれいろいろあったけど。この温もりと安心感だけは、ずっとかわらない。
かわらない、って、思ってたけど。
「…キラーさ、」
「おまえ、淳二見る気ないだろう。」
「その子とうまくいったら、もうここには来ちゃダメだよ。」
「…」
「いくら幼なじみだからって、やっぱりいい気はしないだろうし。」
「…」
「前も言ったけどさ。私はもう、キラーがいなくても大丈夫だから。」
「…」
「…」
「…」
「…そういえば私、さっきトイレの電気消したかな。キラーちょっと見てきて。」
「たった今おれがいなくても大丈夫とか言ったのはどこのどいつだ。」
「ねェ気になって眠れない。怖いからキラー見てきて。」
「…まったく。だからホラーなんて見なければいいものを。」
ブチブチと文句を言いながらも、キラーは布団を剥いで居間を出た。テレビ画面から真っ赤な血みたいな光が漏れていて、軽く身震いをした。
「トイレは点いてなかったぞ。」
「あ、ならよかった。ありがとう。」
「だけど風呂場が点いてた。」
「ええっ、ウソ!私っ?」
「おまえ以外だれがいる。あァ、幽霊か。」
「ねェやめてほんと。怖くておもらしする。」
「おまえ、本気で言ってるのか?」
「本気だよ。だってもう怖くてトイレ行けないもん。」
「おまえは、…おれがいなくても平気なのか?」
「平気とは言ってないじゃん。大丈夫って言ったんだよ。」
「同じだろう。」
「だから、キラーの幸せを思えば大丈夫ってこと。平気とはちがうの。」
「…むずかしい。」
「乙女心はいつでもフクザツなんだよ。」
「違いない。」
キラーの肩におでこをくっつけた。おちつく。だけど、この温もりをいつまでも私が独占していいわけがない。寂しいけど、時が流れるということはそういうことだ。
「…おれも前に言ったが、」
「ん?」
「おれは、好きでここに来ている。」
「…」
「何も、おまえに強要されて来ているわけじゃない。」
「なんでそんなにうちに来たいの?」
「…」
「別にキラーに何か得があるわけじゃないのにさ。むしろ私に振り回されてるし。」
「おまえに振り回されるのはもう慣れている。」
「だろうね。」
「…理由を知りたいか?」
「やっぱり理由あるの?」
「あァ。」
「へェ。なに?」
「…それはな、」
「それは?」
「おれが、」
「うん。」
「お、おまえのことを、」
「私?うん。」
「す、」
「す?」
「…」
「…」
「…好きだからだ。」
「うん。私もキラーがすきだよ。」
「…おどろいたな。なぜ今ので伝わらない。」
「え?伝わってるよ?大丈夫。」
「困った。おれはこれ以上どうしたら。」
「キラーがそう言うなら、じゃあ余計なこと考えなくていっか。」
「…あァ、そうしてくれ。」
「承知した。」
キラーの息遣いと、低い声。体温。淳二の悲鳴。ああ、眠くなってきた。
「…キラー、」
「…なんだ。」
「寝そう。」
「寝ろ。」
「私が寝たからってコッソリ帰るとか、そういうのナシね。」
「…」
「ずっととなりに、いてね。」
「…」
「ね。」
「あァ。」
「おやすみ、キラー。」
「…おやすみ。」
夜が長くてよかった。そんなことを思いながら、私は目を瞑った。
幼なじみとホラーの夜
おはよう、キラー!あれ?テンション低くない?もしかして眠れなかったの?
…今回は全面的におまえが悪いからブン殴っていいか。[ 3/4 ][*prev] [next#]
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