幼なじみと恋ばなの夜 -Sabo-

「おおい、入れてくれェ」


 最近、夜が長くて眠くなるのが早い。午前零時ともなれば、自ずとまぶたが落っこちてくる。


 午前零時十分。そろそろ眠ろうと、ベッドに入ってうとうとしてきたところで、窓を叩く音とそんな声が聞こえてきた。


 半目のままカーテンを開ければ、真向かいの窓から身を乗り出す幼なじみと目が合う。


 からからから、と、古臭い音を立てて窓をスライドさせると、その能天気なカオを睨み上げた。


「よォ! こんばんは!」

「……何時だと思ってるの」

「いや、わかってるんだけどよォ。エースが隣の部屋でおっ始めちまって」

「はい?」

「だから、ヤッてんの! エース!」

「ええ、もう十二時なのに?」

「え、そこ?」

「混ざって来れば?」

「ハレンチ!」

「耳栓すればいいじゃんかァ。なんでうちに……」

「それがよォ、女の喘ぎ声がでけェんだよ。おれもうムラムラきちゃっ」

「おやすみ。さよなら。永遠に」

「わー待て待て! キモいこと言ってごめん入れてくださいお願いします!」

「……」


 私は小さくため息を吐いて、身を翻した。サボは「ありがとう!」と笑って、窓の縁に足をかけた。兄弟お揃いで買ったというパジャマがかわいらしい。


「あれっ、そういえばルフィくんはっ?」


 サボならまだしも、ルフィくんの教育には些か宜しくない。不安になってそう訊ねれば、サボは「うんにゃ」と首を横に振った。


「アイツは今日ダチんちにお泊まりだ。だからいねェ」

「そ、そっか。それなら一安心」

「なァ、おれの心配は?」

「私もう寝るから。あと勝手にしてね」

「お願い。おれにもっとやさしくして」


 ベッドにもぞもぞと潜れば、「ええ、ほんとに寝るのかよォ」と非難の声がする。私は構わず目を瞑った。


「なァなァ」

「……」

「おしゃべりしようぜ」

「……女子か」

「最近どうよ?」

「女子か」

「おれはさ、ちょっといろいろあってさ」

「……」

「なんだと思う? それがよォ」

「ねェサボ。提案なんだけど、今から彼女のとこ行ったら?」

「……」

「おしゃべりもできるし、ムラムラもスッキリできるし、一石二鳥じゃん」

「……」

「『来ちゃった』とかなんとか言っちゃってさ。ははっ、さむ」

「……」

「……」


 一向に音沙汰がない。嫌な予感がして、私はサボの方へ振り向いた。予想は的中したようで、サボはずううん、と沈んで肩を落としている。ま、まさか。


「……別れたの?」

「……」

「嘘でしょ? はっや」

「……」

「今までで最短じゃない? なんで?」

「おれ、トラ男と仲良いだろ?」

「トラ男? あァ、トラファルガーくん?」

「付き合ってからさ、やけにトラ男のこと聞いてくるなとは思ってたんだ。なんか変だなって」

「……」

「だけどおれ、疑うとかやだし」

「……」

「好きだったし」

「……」

「脚」

「死んで」

「んでさ、付き合って三ヶ月記念に行ったんだよ、おれ。サプライズで。プレゼント持って」

「ちゃんと『来ちゃった』って言った?」

「言った」

「言ったんだ」

「なんだかすげェ慌てて。だけどおれ、照れてんのかなとか思って」

「う、うん」

「で、リビングのドア開けたら」

「あ、開けたら?」

「……トラ男が全裸で煙草吸ってた」

「ええっ、未成年なのにっ?」

「そこかよっ!」


 サボは大げさに仰け反った。ツッコむ元気はあるようだ。うん。まァ、じゃあ、大丈夫かな。


「トラファルガーくんとも付き合ってたの?」

「え、そうなのか?」

「いや、私が訊いてるんだけど」

「そういや、そこまでは訊かなかったな。帰り一緒にサーティーワンでアイス食ったけど、ゲームの話しかしなかった」

「待って。誰と?」

「トラ男」

「え、自分の彼女寝取った男と、平和にアイス食べながら一緒に帰ったの?」

「だって、友だちだ」

「ピュアかっ!」

「だってよォ、トラ男のヤツ謝ってくるんだぜ? ホッピンシャワー舐めながらよ。『悪かった。おまえの女だって知らなくて』って」

「意外。トラファルガーくんってホッピンシャワー好きなんだ」

「『甘いの苦手だけど、あれはいろんな味するから悪くない』って。アイツかわいいよな」

「かわいいね」

「アイツはああ見えて、情に厚い男なんだ。おれ好きだ」

「……」


 うんうん、と、感慨深げにサボは首を赤べこみたいに振る。あれ、なんの話だっけこれ。トラファルガーくんとサボが付き合ってるって話だっけ。


「まァ、良かったね」

「良かった? なんでだ?」

「だって、そんな大好きなトラファルガーくんと穴兄弟になれたじゃん」

「えっ」

「兄弟が一人増えたと思って、忘れるんだね」


 そう励ましの言葉をかけたところで、私は再びベッドに横たわった。「そうか。たしかに。そうだよな。うん。そうか」とかなんとか、サボが呟いている。うるさい。


「それもそうだな! おまえ神か! ありがとう!」

「どういたしましておやすみ」

「まァ待て。まだあるんだよ」

「ええ、もういいよ」

「それがさ、この前告白されて付き合った子がさ」

「早っ! 切り替え早っ!」

「付き合ってすぐさ、言うんだよ」

「……何を」

「『付き合ってるの、二人だけのヒミツにしよう』って」

「……さっそく言っちゃったね。今」

「……」

「……」

「ああっ! しまった!」

「口、軽」

「こっ、この話聞いたら、すぐに忘れてくれっ! なっ? なっ?」

「わかったわかった。で?」

「……『エースくんには、特にナイショに』って」

「……」

「や、やっぱり、そんなこと言うの、おかしいよな?」

「……」


 おかしいよ。明らかにエースさん狙いだしそれ。利用されちゃってんじゃんか。ああ、もう。


 バカだな、ほんと。


「……ただヒミツの恋が好きなだけじゃない?」

「ヒ、ヒミツの恋?」

「そう。社内恋愛とか、不倫とか」

「フ、フリン」

「女子は好きでしょ。そういうの。多分」

「おれはプリンの方が好きだ」

「なんの話?」

「ヒミツの恋か。そうか」

「……」

「うん。なんかそんな気がしてきた! そうかそうか!」

「信じてあげな。……好きなんでしょ?」

「おう! そうする!」

「……とかなんとか言って、今エースさんとエッチしてるのサボの彼女だったりして! ぷくくっ!」

「おまえ絶対男できない。性格悪い」


 ベッドが小さく軋んだ。見れば、サボがベッドに寄りかかっている。品の良い金髪がすぐ横にあって、動揺した。


「あーあ、それにしてもさ」

「なに。まだ何か?」

「なんでおれって、いっつも続かないんだろ」

「……」

「だってよ、今までだって浮気されるかフェードアウトされるか元々エース狙いとかトラ男狙いとかだったしよ」

「……」

「なんでかなァ」

「……」

「おれ、なんかダメなのかな」

「……」

「おれなりに、大事にしてるんだけどな」

「……」

「やっぱり、おれに何か原因」


 むくっ、と身体を起こして、金髪の頭を思いきり叩いた。


 いってェ! と頭を抑えて、サボは私の方へ振り向いた。


「なっ、なにっ、何すんだっ!」

「……それ以上言ったら怒る」

「なっ、なんでだよっ、何かおまえの気に障ること」

「サボはイイ男じゃん」

「……は?」


 そう言えば、サボは涙目のまま目をまんまるにした。


「サボは、イイ男だよ」

「……」

「頑張り屋さんで、兄弟思いで、男らしくて、優しくて」

「……」

「……」

「……」

「き、金髪で、目がまるくて、あと、ええっと、あっ、ちゃんとたくさん食べるしっ」

「……今無理やり探してるだろ」

「とにかくっ!」


 ビシィッとサボに指を突きつけて、私は言った。


「サボは、イイ男なの!」

「……」

「エースさんより、トラファルガーくんより、誰よりも」

「……」

「サボは、ほんとにイイやつだから」

「……」

「けなすようなこと言うのは、たとえサボ本人でも許さないから」

「……」

「……」

「……」

「わかったのか、このハゲちゃびん」

「おれはハゲてねェ!」

「金髪だから多分早いかと」

「えっ、そうなの? マジで?」

「早めにリアップ買った方がいいよ」

「マジか。なァ一緒に買いに行くの付き合って」

「やだよなんで」

「一人で買うのちょっと恥ずかしい」

「……」

「……」


 指を折り畳んで、私はおずおずとベッドに伏せた。恥ずかしい。叫んでやんの。恥ずかしい。


 再びベッドが軋んだ。なんだか照れくさくて、私はもう振り向けなかった。


「……なァ」

「もう寝るから。黙って」

「おれさァ、彼女が代わるのは良いんだけどさ」

「いいんかい」

「……幼なじみが代わるのは、イヤだな」

「……」

「……」

「幼なじみって、代えようなくない?」

「おれも言ってて思った」

「バカだね。そういうとこだよ」

「これか。バカだからか」

「バーカ」

「バカって言う方がバーカ」

「……」

「……」

「はははっ」

「……へへっ」

「……」

「……」

「まァ、あれだよ」

「……」

「ちゃんと、いると思うよ」

「……」

「ほら、その」

「……」

「……サボのことだけ、ちゃんと想ってくれる人」

「……」

「……」


 そろそろっ、と、サボのカオを覗いた。まんまるの目が、ギッチリ閉じられている。半開きの口からは、いびきが漏れ始めていた。


 やっぱりね。そういうオチだよね。知ってたし。知ってて言ったし。くそう、会心の一撃を。


 なんだか力が抜けて、私は掛けていた毛布をサボの上に掛けた。寒いなァ。もう。


 幸せそうに眠るカオを見て、小さく笑う。綺麗な金髪に頭を寄せると、私はそのまま目を瞑った。


幼なじみと恋ばなの夜


 ええっ! あっ、あれっ、サボの女だったのかっ? ……サボ、おれを殴れっ!


 いいんだ、エース。おれ、女より、エースの方が好きだから!


 ……! サボ……! おれもおまえが大好きだ!


 エース……!


(なにこの兄弟。気持ち悪い)


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