幼なじみと12月24日 -Sabo-
「はァ。今年も、もう終わるねー」
「あァ、そうだなァ。あ、おまえ生クリームこぼしてるぞ」
「ねェちょっと足冷たい。もっとそっちやって」
「おまえがコタツのあったかいとこ占領するからだろ。あと生クリームこぼしてるって」
「なんかさ、今年やけに寒いね」
「おまえ去年も同じこと言ってたぞ」
「え? そうだっけ?」
「あァ。言ってた。だから生クリームこぼして……わかった。もういい」
そうあきらめたように首を横に振ると、サボはすくりと立ち上がってコタツを出た。
「おお、さむさむ」とか言って身を小さく縮めながら、ダイニングテーブルの上にあるティッシュを数枚取った。
「ねェねェ、今日エースさんは? いないの?」
そう訊ねれば、サボは私がこぼしたケーキの生クリームを拭き取りながら、「はァ?」と言った。
「なんでエースのことなんて聞くんだよ」
「クリスマスくらいイケメンに会いたい」
「おい、おれは」
「サボはちょい惜しイケメンだからなー」
「ちょいおしイケメン?」
「ちょっと惜しいイケメン」
「……イケメンであることに変わりはない」
「ポジティブ!」
「エースは多分ヤリパーティーだよ」
「槍パーティー?」
「ヤリまくるパーティー。乱交」
「ええっ! エースさんハレンチ!」
「だろ? ほんと節操ないんだよなァ、アイツ。いつか刺されるぞ」
「サボだってあんまり変わらないじゃん」
「は? なにが」
「女とっかえひっかえなくせに」
「とっかえひっかえって聞き捨てならねェな。おれはただ長く続かないだ」
「いや、偉そうに言われても」
「おれは付き合った子としかエッチしません」
「……いや、べつに聞きたくない。あなたの性事情は」
あーあ、ほんと。
聞きたくないよ、クリスマスにそんなこと。
私はコタツのテーブルにカオを突っ伏して、テレビのリモコンを手にした。
「そういえばさー」
「あー?」
「……あの子、どうしたの?」
「あの子?」
「ほら、B組のあの子。我が校ミスコン準グランプリの」
「あァ。それがなんだよ」
「告白されたんでしょ?」
「げっ、なんで知ってるんだよ」
「ルフィくんに聞いた」
「アイツ……」
「サボがすごいうれしそうに小躍りしてたって」
「小躍りじゃねェ。大躍りだ」
「……付き合ったの?」
「断る理由ねェもん。だってすっげェかわいいんだぜ?」
「知ってる。クラス隣だもん、私」
「胸がちょうどいいんだよなァ。大きすぎなくて。脚も長いし! おれ脚フェチだからさァ」
「エロいキモい」
「ねェお願い。おれにもっと優しくして」
テレビのチャンネルを、忙しなく回す。どのチャンネルもクリスマスだカップルだプレゼントだと、どれも同じような内容でつまらない。
「なに、今日デートじゃないの?」
「明日会うんだよ。今日は友だちとクリスマスパーティーなんだと」
「とか言ってほんとは別の男とデートだったりして。ぷくくっ!」
「おまえが男できない理由わかった。性格悪いからだ」
「あら、明日雪みたいだよ。寒いよ」
「えーやっぱりかァ。どこ行こう」
「え、まだ決めてないの?」
「え、ダメ?」
「ダメだよ。最悪だよ。フラれるよ」
「マジか。なァ、一緒考えて」
「やだ。面倒くさい。断る」
「スケートとかは? ほら、あそこで今イルミネーションやってるだろ? その近くにスケートリンクあったよな?」
「あ、いいんじゃない」
「あ、ダメだ」
「なんで?」
「あの辺ラブホない」
「お願い。死んで」
「断る。生きる」
すると、キッチンの方からピーピーと音が聞こえてきた。それを聞いたサボは、ぴょこんと耳を一回り大きくした。
「やっと焼けたかー!」
「え、まさか」
「七面鳥!」
跳ねるようにコタツを出ると、サボはスキップしながらキッチンへ向かった。
おっきな皿におっきな七面鳥を乗せて現れたサボは、子どもみたいにうれしそうに笑ってた。かわいいな、くそう。
「よしっ、今年もうまく焼けた!」
「おー! おいしそう! でもなんで毎年ケーキのあとなの?」
「甘いモン食ったあとって、しょっぱいの食いたくなるだろ?」
「あー、なるほど」
「わお、焼き加減完ぺき! おれ天才!」
「さすがです」
「大食い二人食わせなきゃいけないもんで」
「サボだって大食いじゃん」
「おれは食うのも作るのも好き。アイツらは食うのだけ好き。わかる? 一緒にされちゃ困」
「いっただっきまーす!」
「って、おいっ! 召し上がれ!」
サボの料理が、私は好きだ。コックさんみたいに、すごく上手なわけじゃないけど。
おおざっぱで、シンプルで、飾り気がなくて、暖かい。
サボの性格が、そのまま滲み出てるから。
「あ、そうだ。そういえば、今年はもう来た?」
七面鳥を頬張りながら、私はサボにそう訊いた。
なんの話か、サボはすぐに分かったようで、しかめっ面で首を横に捻った。
「それがよー、まだみたいなんだよ。今年は」
「……へェ。去年はこの時間にはもう来てたよね?」
「あァ。なんでかなァ? ちゃんと真面目に一年やってきたのになァ」
「ほんとにィ? なにかやましいことしてない?」
「やましいこと? うーん……あっ」
「なに?」
「そういえばこの前、エースが楽しみに取っておいたプリン、知らずに食っちまった……」
「あー……それだね」
「でっ、でもっ、知らなかったんだぞっ? わざとじゃねェんだ!」
「でもエースさん、楽しみにしてたんでしょ?」
「うっ、……そうかァ。だからかァ。じゃあ、……今年はダメかァ」
ガックリと肩を落とすサボを横目に、私はにやけそうになるのを必死に耐えて七面鳥を平らげた。
「さーて、そろそろ帰ろっかな」
よっこらしょと立ち上がってコートを手にすると、サボは思いきり眉をしかめた。
「なんだよ、もう帰るのか? 泊まってけよ」
「あのね、彼女のいる人は、他の女の子に泊まっていけよなんて言っちゃダメなの」
「ええ? いいじゃねェか。幼なじみなんだし」
「あなたはよくても彼女はよくない。ちゃんとデートプラン考えなきゃダメだよ? いい? わかった?」
「わかったわかった! ったく、エースよりうるせェの」
「悪かったね。……あっ」
「? なんだよ」
玄関までの道のりで、私は作戦通りそう声を上げた。
「ごめん。財布忘れた」
「はァ? どこに」
「コタツのところにない? 私座ってた辺り」
「自分で見にいけよ」
「だって、ほらもう靴に足入れちゃった」
「今入れたじゃねェか!」
「おねがいサボー」
「ったく、めんどくせェなァ。だから泊まってけばいいのに……」
ぶつぶつと文句を言いながらサボがリビングに消えたのを見計らって、私は持っていた紙袋の中から素早く「それ」を取り出した。
ええっと、ええっと、今年はどこに……
ゆっくりと考えている暇はない。私は目に付いたすぐ近くのドアを開けた。トイレだった。ト、トイレか。……ま、いいや。
中に「それ」を放り込んでドアを閉めたところで、ちょうどサボが戻ってきた。
「財布なんてなかったぞ。おまえどこかで失くしたんじゃないのか?」
「ええ? そんなはずは……あっ、あったー! バッグの底に入ってたー! あれー? おかしいなァ?」
「はァ? なんだよー、ちゃんと見ろよなァ。あーあ、ムダな動きでHP減った」
「明日彼女に回復させてもらって」
「いや、むしろもっと減る。夜の運動で」
「じゃあねー。エースさんとルフィくんによろしく」
「ねェお願い。ツッコんで。おれ恥ずかしい」
「突っ込むのはあなたでしょ」
「ハレンチ!」
サボもサンダルを履こうとしていたので、それは止めた。外は寒い。薄着のサボにはかわいそうだ。
「じゃあねー」
「おう、またなー」
玄関を閉めて、私は歩き出した。
さて、今年も喜んでくれるだろうか。
サボの笑顔は、人を幸せにする。
エースさんもルフィくんも、サボが笑うともっと笑う。私も笑う。
幼少期、ツライ思いをしてきたサボには、だれよりもたくさん笑って生きていってほしい。
たとえそれが、私の隣ではなかったとしても。
しばらく歩いて行くと、背中から「おおい」と聞き慣れた声がした。
振り向くと、サボがベランダから私に向かって手を振っている。左手には、見覚えのある大きな箱。
サボは、満面の笑みで叫んだ。
「サンタさん、やっぱり来たぞー! 今年はトイレに来てたー!」
「ええっ? 本当? よかったねー!」
「しかもほらっ! エースとルフィとやりたいと思ってたこのゲーム!」
「わー! やったじゃん! 二人も喜ぶねー!」
そう言うと、サボはより一層、嬉しそうに笑った。サボの宝ものは、いつだってあの二人だから。
「おれ、来年も真面目に頑張るー!」
「おおー! 頑張れー! 風邪引くから中入りなー! それから私たちものすごい近所迷惑ー!」
「ははっ、そうだなー! じゃあなー!」
「またねー!」
ベランダの戸が閉まる音がして、私は再び歩き出した。
サボの笑顔を思い出して、私は思わず一人ガッツポーズをした。今年も、一番ほしいものがもらえた。
サボ。
今年も、私のサンタはあなただよ。
幼なじみと12月24日
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