トラファルガー・ローの憂鬱-10.06.2013-1/3

「あっ…」


そのなまめかしい声と校庭の笑い声が、ひどくアンバランスだ。


薄く開かれた窓のせいで、カーテンがひらひらと風にあそばれる。


「窓っ、んんっ、閉めなきゃ…見えちゃう…」

「見せりゃいいだろ。好きなくせに。」

「そんな、っ、あっ…!」


乱れた白衣が小さく痙攣しているのを見て、ローは楽しげに口の端を上げた。


―…‥


「ダメよ。学校で煙草なんて吸っちゃ。」


ベッドから出て靴を履き直すと、メガネを掛けながら女は言った。


「保健室で生徒とセックスすんのはいいのかよ。」

「ふふっ、意地悪な子…」


ローの口元についた赤いルージュを指で拭うと、女は楽しげに笑った。


「うるせェな。」

「え?」

「校庭。」

「…あァ、」


カーテンが風になびく合間に見えた光景を見て、女は合点したように小さく頷いた。


「先生が生徒と一緒にバレーしてるのよ。ほら、最近赴任してきた新しい…」

「…知らねェ。」

「カオはたいしたことないけど、結構人気なのよ?爽やかで。」


煙草を上靴の底に押し付けると、ローはどうでもよさそうに小さくあくびをした。


「うさんくせェヤツ。」

「あら、さすがねローくん。そうみたいよ。」

「あ?」

「手出してるって噂よ。自分のクラスの生徒。」

「…へェ。」

「生徒と付き合うなんて、なかなかやるわよね。」

「…おまえも似たようなもんだろうが。」


呆れたようにそう言いながら、ローは放ったままだったジャケットを着た。


「名前、なんて言ったかしら?」

「あァ?」

「相手の生徒。ええっとたしか…」

「…もう行く。」


ついに微塵にも興味がなくなって、ローはペタペタと足音を立てながら出口へ向かった。


「明日も来るでしょう?」

「…気が向いたらな。」

「もう、ほんとかわいくな、……………あっ、そうだわ!***ちゃん!」

「あァ?」


突然、思い出したように叫ばれたその聞きなれた名に、ローは訝しげに眉を寄せた。


「?どこにいんだよ。」

「ちがうわよォ!そうじゃなくてほら!相手の子!」

「……………あ?」


ピクリ、片眉をつり上がらせて、ローはゆっくりと女の方へ振り向いた。


「あの先生と付き合ってるって噂の生徒よ!」


―…‥


「あっ、いたいた!キャプテーン!」


目立つ高身長と帽子を目にすると、シャチはその方へ向かってブンブンと手を振った。


「もう、どこ行ってたんっすかァ?ペンギンと一緒に探してたんですよォ!」

「…………………。」

「あっ、さては!まーたホケンのセンセーといやらしいことしてたんでしょ!このこのっ!」

「…………………。」

「いいよなァ!大人のおん、……………あら?キャプテン?」


くうを一点にみつめたまま、自分を素通りしていくローに、シャチは小さく首を傾げた。


「…あ、キャプテン。どこに行ってたんですか?シャチとずっと探し、……………キャ、キャプテン?」


ひょこりと教室から出てきたペンギンがそう声をかけても、ローの反応は変わらなかった。


「ど、どうしたんだ?キャプテンは。あんなうつろな目をして…」

「な、なんか変だよな?キャプテンがあんなに放心するなんて…」


敬愛する男の見なれぬその様子に、二人はおろおろとしながらローのあとを追った。


―…‥


スパーン!!


そんな音を立てて勢いよく教室の戸が開かれると、教室内の目が一斉にローへ向けられた。


「きゃあっ…!!トラファルガーくんよ!!」

「今日学校来てるなんて情報入ってないわよ!!今日の登校チェック係だれよっ!!」

「ああ、今日もカッコイイ…!!」


ざわつく女生徒たちの悲鳴を気に留めることもなく、ローは目的の女を目線だけで探した。


すると、窓ぎわの席で友人と向かい合うように座っているその女と目が合う。


身振り手振りで何かを話していたのだろう。


唖然とローを見つめながらも、その手は大きく広げられたままだ。


『ちょっと来い』の意で、ローが顎を軽く右へ振ると、***は友人に一言声をかけてから、慌てて駆けてきた。


「どっ、どうしたの?なにかあったの?あっ、もしかして教科書忘れた?」

「おまえじゃねェんだ。それに、おれは教科書なんて使ったことねェ。」

「あ、そ、そっか。じゃ、じゃあどうしたの?ローがこっちの教室来るなんてめずらし、」

「今日放課後あそこ行くぞ。おまえが行きたがってた、やたらでっけェパフェのあるとこ。」

「えっ、ええっ!いっ、いいのっ?だってロー、あんなファンシーな店内に1秒もいられないってっ、」

「…行きたくねェなら、」

「いっ、行く…!行きます行きます!やったー!」


うれしそうにはねる***を見ながら、ローは心の中でほくそ笑んだ。


…ほらな。


何が先公と付き合ってるだ。


でたらめな噂流しやがって。


噂の出所をシャチとペンギンに探らせて、そいつを始末しねェと。


***の頭はおれでいっぱいなんだよ。


わかったか、バーカ。


教卓でそのやり取りを遠目に見ている男に向かって、ローが勝ち誇ったように笑った、


その時だった。


「……………あ。」


さっきまで浮かれたように笑っていた***が、なぜか突然、そのカオを曇らせた。


「?なんだよ。」

「あっ、いやっ、そ、そのー、ご、ごめん、ロー。それ、…また今度連れて行ってもらってもいいかな?」

「…あァ?」


思いもよらぬ***のその言葉に、ローは思いきり眉をしかめた。


「…なんでだよ。」

「あ、そ、それが、そ、その、ちょっと用があって、」

「明日にしろ。」

「あ、明日じゃちょっと…」

「…おれより大切な用だってのか?あァ?」

「すっ、すごまないでっ、ロ、ローより大切っていうか…なんていうか…」


そう口ごもると、***はチラリと教卓に立つ男を見た。


その***の行動に、ローの眉がピクリと揺れる。


「あ、あさってじゃダメか、」

「今日。今日以外なら行かねェ。」

「そ、そんな。」


うちひしがれたように眉をハの字に下げると、***は俯いて何かと葛藤し始めた。


……………なに悩んでやがる。


まさか、おれとその男、天秤にかけてんじゃねェだろうな。


おれの存在が、そんなひょっこり現れた男と同等なわけねェよな。


答えによっちゃあ、行方不明者が出るぞ。


大丈夫だ。


***はそんな、バカな女じゃ、


「…ごめん!ロー!やっぱり行けない!」

「……………なに?」

「行きたかったけど、また気が向いたら誘って?」

「待て***。おまえ、自分が何言ってるかわかって、」

「あっ、チャイム鳴っちゃった…!じゃあね、ロー!誘ってくれて、ありがとう!」


晴れやかに笑って、***は爽やかにローの元を去っていった。


ピシャリと閉められた戸の前に呆然と立ち尽くしながら、ローは震える拳を握った。


「……………消す。」

「やっ、やだなーキャプテン!だれをですか?だれを消したいんですか?まさか***じゃないですよね?百歩譲って先公の方ですよね?そうですよねキャプテン!?」

「落ち着けシャチ!おまえまで動揺してどうする!キャプテンが暴れだす前に取り押さえて、」

「離せ、シャチ、ペンギン。おれに逆らうとどうなるかわかってんだろうな。」

「ぎゃあああ!!ペンギン!!おれこわい!!おしっこちびりそう!!」

「余計な手間を増やすな!落ち着け二人とも!」

「おれに指図すんな。おまえらから消すか?あァ?」

「ぎゃあああああっ…!!」

「シャチうるさい!」


すったもんだを繰り広げながら、なんとか二人はローを屋上へ連行することに成功した。


―…‥


「***が担任とできてる?」


赤く腫れた頬をさすりながら、ペンギンはそうすっとんきょうな声をあげた。


「そんなバカな…***は教師と付き合うような真似しませんよ。」

「だが現にアイツはおれよりあの先公を優先した。」

「なにかよほどの用があったんじゃないですか?」

「それでも、おれ以外のなにかを優先させたことは今までねェ。」

「なるほど…」


ペンギンはそう小さく唸ると、これまで黙っていたシャチに声をかけた。


「シャチ。おまえなにか知らないのか?おまえは***と同じクラスだろ。」


すると、シャチがあからさまにビクリと身体を揺らす。


その目はもう涙目で、『なんでおれに振るんだよ』と言っている。


「……………シャチ、悪いことは言わねェ。知ってること話せ。さもないと、」

「わっ…!!わかりましたよ…!!言います!!言いますから!!」


慌ててローからその身を引くと、シャチはひとつの咳払いのあと、意を決したように口を開いた。


「たしかに、うちのクラスのあいだでは、***とあの先公が付き合ってるんじゃないかって噂はあります…」

「…あァ?」

「暴れるのは話をすべて聞いてからにしてください、キャプテン。で?噂になったからには、それなりの根拠があるんじゃないのか?」

「そ、それが、そのー…」


言いにくそうに口をつぐむと、シャチはローの突き刺さる視線に圧されて続きを口にした。


「告白してるのを見たヤツがいるって…」

「だれがだれに?」

「い、いや、だ、だから、……………***が先公に…」

「***から?なんて?」

「え?え、ええっとたしか…」











『お願いします、先生…!付き合ってください…!こんなに心を奪われたのは初めてなんです…!』





「…………………。」

「…………………。」

「そ、その日を境に、どこかの教室で二人が愛を語らってるのが目撃され、…ぐえっ…!ちょっ…!キャっ、キャプテン…!ぐるじい…!」

「…なんでさっさとそのことを報告しなかった。」

「こうなるからですよおおおっ…!!」


ローは大きく舌打ちすると、シャチの首にかけていた手を離した。


すると、おもむろに立ち上がって屋上の出口へと歩いていく。


「…どうするつもりですか?」


ペンギンがおそるおそるそう尋ねると、ローはゆっくりと振り向いて口元を歪めた。


「……………たかだか教師一人いなくなろうが、おれもだれも困らねェよ。」


そうとだけ言うと、ローは乱暴に屋上のドアを閉めた。


「…………………。」

「…………………。」

「……………なァ、ペンギン。」

「…なんだ。」

「なにそんな悠長にしてんだ?」

「いや、おまえが動かないからなんとなく。」

「言ってる場合かっ!!キャプテンを止めるぞっ!!」


たしかに、あの目はヤバイ。


ペンギンは大きく溜め息をつくと、あわあわと走り出したシャチのあとに続いた。


―…‥


[ 64/70 ]

[*prev] [next#]
[mokuji]
[しおりを挟む]



「#オメガバース」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -