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「トラファルガー先生、コーヒーどう?」
「…あァ。」
飛行機の窓からぼんやりと外を見ていたローに、ダリアはそう声をかけた。
「…い、いよいよフランスでの生活が始まるのね!」
「…………………。」
「患者さんも、トラファルガー先生にかかれば安心だし…」
「…………………。」
「あっ、そうだわ!着いたらこのあいだ行ったレストラン、行ってみましょうよ!ほら、テリーヌがとってもおいしかった…」
「…………………。」
「…トラファルガー先生?」
「…あ?……………あァ、そうだな。」
「…………………。」
そんなローの様子に、ダリアは心のなかで溜め息をついた。
まるで、心ここに非ずだ。
こんなことで、あの難しい患者さんに集中できるのか。
一抹の不安がダリアの胸によぎった、その時だった。
「失礼致します。」
一人のCAが、二人の席に訪れた。
「トラファルガー・ロー様にお預かりものをしてきたのですが…」
「トラファルガー先生に?」
ダリアがローの方を見ると、ロー自身も合点がいかないようで、難しく眉を寄せている。
「お名前をお伺いしたのですが、名乗られずに…女性の方でした。」
「…女?」
「お心当たりがないようでしたら、こちらで処分を…」
そう言って頭を下げて立ち去ろうとしたCAを、ローは呼び止めた。
「いや、いい。預かる。」
「ですが、」
「一人、心当たりがいる。」
そう言うと、ローはCAの手からそれを受け取った。
白いくまの、ぬいぐるみだった。
「トラファルガー先生、それ、まさか…」
「…………………。」
よく見ると、くまの首に封筒がぶら下がっている。
ローはその封を切ると、中身を取り出した。
柔らかいブルーの便箋のうえに、見なれた文字。
ローは、しばらく黙ってその文字を目で追った。
「……………トラファルガー先生…?」
「…………………。」
「…それ、やっぱり、」
「きったねェ字。」
「え…?」
そう呟くように言って、文字を指でなぞっていく。
「平仮名が多すぎる。」
「…………………。」
「『幸せ』くれェ、漢字でかけよ…」
「…………………。」
「…ほんとに、」
弱々しく口の端を上げて、とても小さな声で言った。
「バカなヤツ…」
それからローは、一言も話すことなく、ただただ手のなかのそれをずっとみつめていた。
そんなローを見て、ダリアはゆっくり目を瞑ると、微かに笑ってそっと席を立った。
ローへ。
ローに手紙をかくなんて初めてのことで、少し緊張しています。
なにから伝えたらいいのか、伝えたいことがたくさんあって、わかりません。
まず、今日はお見送り行けなくてごめんね。
ローの顔をみたら、なんだか泣いちゃいそうだから。
ローを困らせたくないので、今日は行きません。
あと、あんなこと言って、困らせてごめんね。
うそも、ついててごめん。
ローはちゃんと幼なじみとして一緒にいてくれたのに、私だけちがくて、ごめん。
好きになっちゃって、ごめんね。
なんだか謝ってばっかりだね。
でも、それよりも伝えたいことがあります。
私は、ローに出会えてほんとにしあわせでした。
今までの私の人生に、ローがいてくれてほんとによかった。
これから先の未来にローがいないのは、すごく不安だし、寂しいけど。
でも、なんとかがんばって前を向いて生きていきます。
フランスはとても寒いみたいです。
身体には十分気をつけてください。
ちゃんとご飯食べて、きちんと眠ってね?
車にひかれないように、ほんとに気をつけてください。
患者さんの治療、がんばってね。
ダリアさんを困らせないでね。
しつこいようですが、無理はしないで。
長くなりましたが、最後に。
今はまだ、ローのしあわせを心から願ってあげることができないけど。
でもいつか、ローのしあわせを、心から願えるようになったら。
そのときは、幼なじみとして、きっとまた会いに行きます。
何年、何十年かかるかわからないけど、きっと会いに行くから。
そのときは、またあの意地悪な笑顔で迎えてください。
遠く離れても、私はいつもローを想っています。
ずっと、大好きです。
今まで、ほんとにありがとう。
***より。[ 51/70 ][*prev] [next#]
[mokuji]
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