蜘蛛は檻で蝶を飼う-Thanks100,000-

「こちら本日からお店デビューのジェニファーちゃんでーす!!」

「よ、よろしくおねがいします…」

「ジェニファーちゃんか!初々しくていいじゃないか!さっ!ここに座った座った!」

「あ、は、はい…」


私はいま、高級クラブのホステス1日体験にきている。


なんでこんなことになってしまったかといいますと…


「***!もっと笑って笑って!」


私の引き吊ったカオを見て、となりに座っているここのホステスさんでもある私の友だちがヒソヒソと言った。


「わ、私もう帰っても大丈夫かな…ひとも足りてるみたいだし…」

「なにいってんのよ!これから人手が足りなくなるのよ!ジャンケンで敗けたアンタが悪いんだからね!最後まで付き合ってもらうわよ!」

「は、はい…」


ですよね、やっぱり。


うん、もう潔く諦めよう。


私は自らを奮い立たせてグラスに氷を落とした。


この日はほんとに人手が足りなかったらしく、ひっきりなしにヘルプとやらに呼ばれた。


ひたすら笑ってお酒をつぐ。


頬がもう引き吊りすぎていたい。


「***、もう少しだから頑張ってね!」

「う、うん、わかった!」


よし、あと一息だ。


そう自分を励まして頬をペシンと叩いた時だった。


きゃあああああっ!!


突然、つんざくような女性たちの悲鳴が店内を走りぬける。


それに驚いて周りを見回すと、ホステスさんたちが頬を赤くしてドアの方を見ていた。


な、なんだろ…


ふいっとその方向に目をやって、私はその光景に驚愕した。


「うっそ!!やだっ!!***っ!!すっごいレアなお客様きたよっ!!ほらあのひとたちっ……………って、あれ、***?」


私は即座にテーブルの下に身を潜めていた。


なっ、なっ、なっ…!!


うそでしょっ…!!


おそるおそるカオを上げると、ちょうどそのひとたちが席に着いたところだった。


そこにいたのは…


「トラファルガー先生っ…!!うれしいっ…!!またきてくれるなんてっ…!!」


やっぱりっ…!!


……………ローっ…!!


そこには、不機嫌オーラを出しまくりの幼なじみがいた。


見ると、数人の男性の中にはペンギンさんやシャチくんもいる。


元モデルさんだというこの店ナンバー1のとても綺麗な子がローのとなりにつく。
お店の上位に位置している女の子たちはすべてローたちのテーブルについていた。


どっ、どどどどど、どうしよう…!!


こんなところで働いてるのがバレたら殺されるっ…!!


とっ、とにかくっ、ここから逃げなきゃっ…!!


四つん這いになって、そろそろと移動したそのとき―…‥・


ガラガラガッシャーンっ…!!


「いだっ!!」


テーブルに思いっきり頭をぶつけてグラスを落としてしまった。


大した量ではなかったが、ハデな音がしたため、全員の視線が私に向く。


………もう嫌な予感しかしない。


そぉっとカオを上げると…


「…………………。」

「…………………。」

「…………………。」


目をまるくしたおなじみの3人と目が合う。


……………終わった。


「すっ…!!すみませんっ…!!トラファルガー様っ…!!ジェニファーは本日店に出たばかりの娘でしてっ…!!」

「……………ジェニファー…だと?」


ローが眉間にシワをぎゅっと寄せて、私を見………いや、睨んでいる。


シャチくんは口をあんぐりしながら唖然として、ペンギンさんに至ってはジェニファーというなまえがおもしろかったのか、肩を震わせながら笑っている。


「信じられない!!よりによってトラファルガー先生がきてくださってるときに!!早く下がりなさいよ!!」

「すっ、すみませんっ…!!」


ローのとなりに座ったナンバー1の女性に怒鳴られて、立ち去ろうとしたときだった。


「……………おい。」


聞きなれた命令口調が耳に届く。


……………嫌な予感しかしない。


「……………ここ座れ………『ジェニファー』」

「いっ、いえっ…!!わっ、私にはとても畏れ多いので」

「座れ。」

「ハイ。」


しっ、しまったっ…!


ついいつものくせでっ…!


言われるまま座ると、口の端を上げたローと目が合う。


………笑ってないっ…!


目が笑ってません、トラファルガー様っ…!


それもそのはず。


こういうお店では、なにがあっても働くなと学生のときからローに釘を刺されていたのだ。


「あっ、ありがとうございますっ…!!トラファルガー様っ…!!」


店長がローに向かって丁寧に頭を下げた。


「………こういうどんくせェ女にはなれてる。………幼なじみが手におえねェくれェのバカでアホでどうしようもねェ女でな…」

「あ、はは…」


……………怒ってる。


怒ってらっしゃる。


すると突然、おなじくヘルプ席に座った友だちがこんな爆弾を落とした。


「トラファルガー先生にも幼なじみがいらっしゃるんですか!***………じゃなくてジェニファーにも幼なじみがいるんですよ!」

「ちょっ…!!ちょっとっ…!!」


なっ…!!


なに言い出すの、この子っ…!!


「へェ………どんな幼なじみだよ。話してみろ。」

「いっ、いやっ、あのっ、わっ、私の話はこれくらいで」

「それがとんでもない男なんですよ!恋人でもないのに束縛がひどくて自分勝手、おまけに横暴でドSで俺様な男らしくて!ねっ!ジェニファー!」


ぎゃあああああ!!


「へェ………自分勝手で横暴な俺様…ねェ…」


ローの額に青筋がいくつも浮かび上がる。


視界の端で、シャチくんが青ざめているのと、ペンギンさんが楽しそうに笑っているのが見えた。


……………ダメだ…


私の人生もここまでか…


心のなかで合掌をしかけた、その時だった。


「そんな子の話なんてどうだっていいでしょ!!………それよりも………ねぇ、トラファルガー先生?」


ナンバー1の子が上目遣いで媚びる様に言う。


「私、あれからずっとトラファルガー先生との夜が忘れられないの………だから、今夜も………ね?」

「…………………。」


ナンバー1の子は、わざと周りに聞こえるように言った。


他の女の子たちが、あからさまに悔しそうな表情をする。


………やっぱり、こういうところでもモテるんだな、ローは…


あんな綺麗なひとともそういう関係になったんだ…


ズキズキと軋む胸を抑えて、ローをチラリと見上げた。


すると…


「……………おい、女ひとり連れてくぞ。」


ローが、店長に向かってそう言いながら立ち上がった。


「はっ…!!はいっ…!!どうぞどうぞっ…!!」


店長がローに向かって深々と頭を下げる。


ナンバー1の子がローに続くように誇らしげに立ち上がった。


……………いかないでなんて、言えない…


視線を落として拳を握ったときだった。


「…!!わっ…!!」


突然、腕が強く引っ張られて、私はムリヤリ立たされた。


……………なっ、なにっ…


つかまれた腕の先を辿ると…


「いくぞ、バカ。」

「ロっ…!!ローっ…!!」


つ、連れてくってまさかっ…!!


「トっ、トラファルガー様っ…!!ジェっ…!!ジェニファーでよろしいのでございますかっ…!?」


店長が心底驚いたように目をひんむいている。


見ると、店長だけでなく、そこにいた全員がおなじ表情をしていた。(私も)


「あァ。」

「トっ…!!トラファルガー先生っ…!!冗談でしょう…!?私をさしおいてっ…!!どうしてそんな子っ…!!」


ナンバー1の子が、ワナワナと震えながら私を睨みつけた。


「知りてェなら、教えてやる。」


そう言って、ローは私の頭を乱暴に自分のほうへ引き寄せた。


そして、こめかみあたりに感じる柔らかい感触と、その直後に聞こえた、チュ、というかわいいリップ音。


…………………え。


ちょっ、


ちょっと、いまのってっ…!!!!!


身体中に熱が走って、ぶわっと汗が噴き出した。


ところどころからつんざくような悲鳴が聞こえる。


「覚えておけ。この女はおれのだ。……………今後他の男の相手させるようなことしやがったらタダじゃおかねェからな。」

「ひっ…!!ひいいいっ…!!かっ…!!かしこまりましたぁぁぁっ…!!」


店長が土下座をしながら泣き叫ぶように言った。


私は呆然としながら、ローにされるがまま店から引きずり出されたのだった。


―…‥


「さて、……………言い訳があるなら聞いてやる。」

「ロ、ロー、こ、これにはですね、海よりも深く、山よりも高い、のっぴきならない事情がございまして…」

「さっさと言え。」

「ジャンケンで敗けました。」


前を歩いていたローの足がピタリと止まる。


「ジャンケンだァ…?」

「イ、イタリアンの招待券につられてついっ…!罰ゲームの内容も今日あそこにいくまでほんとになにも知らなくて…!」

「…………………。」


ローが大きく溜め息をついた。


「………二度とすんじゃねェ。」

「…は、はい。」

「おまえがあんな格好で男に愛想振りまいてんの想像するだけでヘドが出る。」

「…ご、ごめんなさい。」


……………やっぱり、


似合わないもんな、ああいうセクシーな格好…


だからローにも女として見てもらえないのかな…


人知れず肩を落としていると、ふとローがある店のドアに手を掛けた。


「ロ、ロー…?」

「なんだよ。食いてェんだろ。」

「……………へ?」


見ると、そこはイタリアンレストランだった。


「ロー…」

「いきてェならおれに言えばいいだろうが、バカ。」


そう言いながら、ローはスタスタと店にはいっていく。


……………ほんとは、


最近ローに会えなかったから、


招待券がもらえたら、それを口実に誘おうと思ってたんだけど…


私は緩む頬を抑えながら、スキップ混じりでローの後を追った。


蜘蛛は檻で蝶を飼う


で?………だれが自分勝手で横暴な俺様だって?


いっ…いやっ…!!あっ…!!あれはっ…!!そのっ…!!


おまえ、今日帰れると思うなよ。


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