君は、ぼくのもの-Thanks 2,000,000-

『***様。


君はぼくの一番星、


きらきらきらきら、眩しくて見つめていられないよ。


ああ、どうしてそんなに美しく輝くことができるのか。


その秘密を、そっとぼくだけに教えてほしい。


君の星の王子様より。』


そう締めくくられていた手紙が、そっと手から滑り落ちていく。


………………………。


………………………。


あ、あれ、なんだろう今の。


ポエム?ポエムなの?


おそるおそるそれを拾い上げて、改めてまじまじと見つめる。


何かの広告かな…


いや、でも『***様』って名指しで来てるし…


力の入りすぎている筆圧で書かれたその文字に、ぞわりと身の毛がよだつ。


い、いたずらかな。


そうだよね、いたずらだよね。


じゃなかったら、よっぽどの美人さんならまだしも、私なんかにこんなポエムみたいなラブレターなんて…


「…………………。」


申し訳ないとは思ったが、なんとも気味が悪いので丁重に折りたたんで封筒ごとゴミ箱行きに。


「…………………大丈夫、大丈夫、ただのいたずら…」


そう自分に言い聞かせるように呟くと、私は戸締りを厳重に確認して、早々に寝床についた。


次の日―…‥


いつものように帰宅すると、見覚えのあるピンクの封筒がポストからはみ出ているのが見えた。


思わず、ぎくりと足を止める。


も、もしかして…


そっとそれを引き抜くと、私は素早く家の中へ入った。


鍵をきちんと掛けて、ゆっくりその封筒の封を切っていく。


『***ちゃん』


その出だしに、身体がびくりと揺れた。


『ねえ、そんなに熱いまなざしで、ぼくを見つめないでおくれよ。


君の熱視線で、ぼくのハートはもうピンクに染まってる。


このままじゃ、今に真っ赤になってとろとろに溶けてしまいそうだ。


そう、まるでハチミツみたいにさ。


君の愛のミツバチより。』


………………………。


どうでもいいけど…


この人センスなくない?


真っ赤になって溶けるってハチミツと全然関係な、



「……………ん?」


あ、あれ…?


ハチミツ…?


それって…


私はごそごそとバッグの中を探ると、ある袋を取り出した。


コンビニで買った、ハチミツ味の飴玉。


「…………………。」


ま、まさかね、


偶然だよね、


だって、万が一遠くから見てたって、そんな何買ったかなんて…


「まさか、……………近くで見てる、とか…」


ぶるり、身体が震えて、私は思わず携帯を手にした。


『ロー』


その名前を表示したはいいものの、やはり少しためらってしまう。


……………ま、まだ何かあったわけじゃないし…


もう少し様子見てからでいいかな…


ローも忙しいだろうしね、うん…


スクリーンを待ち受け画面に戻して、私は心細い気持ちになりながらも、明るめの映画を観てから眠りについた。


だけど、


その次の日―…‥


『***、


ねえ、今日のスカートは少し短すぎないかな。


ぼくは、あまり露出する女性が好きじゃないんだ。


どうしてわかってくれないんだよ。


あんなに伝えたのに、どうして。


他の男に媚びを売るようなことはやめてくれ。


君はぼくのものだろ?


君はぼくのものだ。


君はぼくのもの君はぼくのもの君はぼくのもの君はぼくのもの君はぼくのもの君はぼくのもの君はぼくのもの』


「っ、」


同じ箇所を何回もなぞって書いたのか、筆圧が強すぎてところどころに穴があいている。


その異常さに、もう自分一人では抱えきれないと判断して、私はローのマンションへ向かった。


―…‥


「まだかな、ロー…」


電話をしても出なかったため、私はローのマンションの前で一人立ち尽くしていた。


どうしよう、今日帰ってこなかったら…


また一人で家に帰らなきゃ…


恐怖心と寂しさから、じわり、涙が浮かんでしまう。


でも、ローもこんなことで頼られたら困るかな…


やっぱり警察に言った方が、


「***!」

「!!やっ…!!」


突然、肩をぽんと叩かれて、私は思わずその手を振り払ってしまった。


「なっ、なんだよ!びっくりすんなァ!」

「シャ、シャチくん…!!」


見知ったキャスケット帽子とサングラスに、心の底からほっとする。


「ご、ごめんね、ちょっとびっくりしちゃって…」

「そんな力強かったか?」

「ううん!そんなことないよ!大丈夫!……………ところでシャチくん、こんなところでどうしたの?」

「おまえこそどうしたんだよ。」

「わ、私はちょっと…」

「***には悪ィけど、今日は1日キャプテンはおれのもんだぜ!」

「へ?ど、どういうこと?」


そう問い掛けると、シャチくんは鼻の下を盛大に伸ばして、だらしないカオで言った。


「今日はなァ!めっちゃくちゃ上玉の女の子たちと合コンなんだよ!」

「じょ、上玉?」

「おう!な・ん・と!レースクイーン!!」

「レ、レースクイーン!?す、すごいね…」

「だろ!?おれの人脈のたまものだぜ!」


そう言ってシャチくんは偉そうに胸を張った。


「キャプテンの一番好きな体型なんだよレースクイーンは!めっちゃ細くて胸がでかいだろ?」

「そ、そうだね…」

「一番人気はキャプテンが持っていくだろうからー、おれはその次の次くらいでも…」


涎を垂らしているシャチくんを尻目に、私は頭の中で考える。


幼なじみの厄介ごと < レースクイーンと合コン


「…………………。」

「あれ?***帰るのか?」

「あ、う、うん!ローには私が来たこと内緒にしててね!」

「へ?なんで。」

「ほら!またシャチくんと二人で話してたなんて知れたら怒られちゃうでしょ?」

「あ、あァ、まァ…」

「じゃあね、シャチくん!」

「…おう!気を付けてな!」


ぶんぶんと手を振るシャチくんに、作り笑いで応えると、私は早足でロー宅をあとにした。


―…‥


今日、明日はまず無理かな。


ロー好みの女の子だらけの合コンで、ローがお持ち帰りしないはずないし…


……………いや、ローが持ち帰られてるのか?


だってローみたいなカッコよくて地位もある人、普通ほっとかないもんね…


……………はあ…


二重の悲しみに打ちひしがれながら、とぼとぼと家路につく。


明後日、


明後日また電話してみよう。


そんなに忙しそうじゃなかったら、ロー様のお知恵を拝借して…


そんなことを考えながら、家のすぐ近くにある公園付近に差し掛かった時だった。


「!!」


公園の暗闇から、私をじいっと見つめている男性が一人。


そのなんとも言えない表情に、直感で、「あ、この人だ」と思った。


すたすたと私の方へ近付いてくるその男性。


早く逃げなきゃと分かっていても、足はぴくりとも動かない。


その男性はぶつぶつと何か口にしながら、ついに私の目の前まで来た。


「だれだよ…」

「え、な、なに、」

「あの男!!だれだよ!!」

「!!」


突然声を荒げられて、思わず身体が大きく揺れる。


「あ、あのおとこって、だ、だれですか、」


つけこまれてはいけないと、毅然としてみても、震えてしまう声はどうしようもない。


「さっき話してただろ!?サングラス掛けた男と!!」

「サ、サングラスって…」


シャチくんのことだ…!


「あ、後を付けてたんですか?」

「当然だろ?君はぼくのものなんだから。」

「な、なに言って、」


こういうとき、どうしたらいいんだろう、


あんまり刺激しない方がいいのかな、


でも変に話を合わせたら余計に、


頭が混乱して、身体がさあっと冷めていく。


どうしよう、どうしよう、


だれか…!!


「さ、こっちにおいで?二人でゆっくり話し合おう?」


そう言って、その男性は私の手を突然ぎゅっと握った。


「やっ、やだっ、やめっ、」


ずるずると強い力で、薄暗い公園に引きずられていく。


「抵抗すんなよ、………………殺すぞ。」

「!!」


やだ、こわい、


だれか、だれか、


「っ、……………ローっ…!!」


思わずそう叫んだ、その時、


「ぎゃあっ…!!」

「!!」


突然、男性の手が私のそれから勢いよく離れていって、視界からその姿が消える。


そして、代わりに私の目に映ったのは、


ここにいるはずのない、見なれた不機嫌なカオ。


「!!……………ロー…!!」

「…………………。」


ローは私を見ることなく、床にうずくまりながら苦しそうに息をしている男性を見下ろした。


どうやら状況を整理すると、ローが右足で蹴とばしたらしい。


人間の力で蹴ったとは思えないほど遠い距離に、その男性はいた。


「な、なんだよてめェ…!!」

「…………………。」


立ち上がりながらローを睨み付ける男性。


ローは私の手をそっと引きながら、「おれの後ろにいろ」とだけ言った。


「おれは***の幼なじみだ。***に何か用らしいな。」

「そうだよ…!!てめェに用はねェ…!!」

「***と話がしてェなら、まずおれを通せ。話はそれからだ。」

「あァ!?ただの幼なじみがなに偉そうにしてんだよ!!」

「……………『ただの幼なじみ』、だと…?」


ローの眉が、ぴくり、と上がる。


やばい。


私はそう直感した。


ただでさえもう怒ってるのに、これ以上ローが怒ったら…!!


私はまた別の意味で恐怖が沸き上がってくる。


「おれはな!!***と結婚するんだよ!!」

「はァ?***と結婚?」

「ただその話をしようとしてただけだ!!ジャマすんじゃねェ!!」

「…………………。」


すると、ローはなぜか私のカオをじいっと見つめる。


「ロ、ロー?」

「おまえ、これと結婚してェのか。」

「へ、」

「こんなクズに惚れてんのか、聞いてる。」

「なっ…!!まっ、まさか!!そんなわけないじゃん!!全然っ!!ぜーんぜん好きじゃない!!」

「なっ…!!」


叫ぶように言った私のその言葉に、その男性があからさまにショックを受けたカオをする。


しまった…!動揺しすぎてつい本音を力強く…!


「……………だ、そうだ。」


にやり、口の端を上げながら、ローがその男性に向かって言うと、男性の胸元からぎらりと光るものが見えた。


「ロ、ロー…!!ナ、ナイフ…!!」

「バカ、いいから後ろにいろ。……………おれから離れんなよ。」


不敵に笑うその表情に、思わず胸がきゅんとなる。


しかし、もちろんときめいている場合ではない。


「殺してやる殺してやる***もてめェも殺しておれも死んでやる…!!」

「一人で勝手に死んでろ。」

「死ねェェェ!!」


そう叫びながら突進してきた男性を、ローは私を庇いながらすばやくかわした。


ナイフを持っている右手を長い足で蹴り上げると、ナイフはその男性の手から音を立てて零れ落ちる。


そこから先は早すぎて見えなかったけど、気付いたらローはその男性を組み敷いて片手で喉元を絞めあげていた。


「ロ、ロー…!!だめ…!!」

「いいから離れてろ、…………………おい、」

「!!」


そう言って男性を見下ろすローの目の冷たさに、思わず身震いする。


「今後こいつの髪の毛1本でも触れてみろ、………………その時は、」

「ひっ、」


指に力を加えて、ローはこう続けた。


「おれがおまえを殺してやる。」

「ひっ、ひいいいい…!!」


男性はローの力が緩んだすきに、素早くそこから抜け出して転がるように走り去っていった。


……………よかった…


その後ろ姿を見送りながら、私は道路にぺたんとしゃがみこむ。


「ロ、ロー、ごめんね、来てくれて、ありが、」

「この、馬鹿!!」

「!!」


突然、ローが声を荒げたもんだから、私はびくりと身体を揺らしてローを見上げた。


すると、めずらしく感情をむき出しにしたローのカオ。


「おれが来なかったら、おまえ殺されてんだぞ!!」

「ロ、ロー、」

「なんで早くおれに言わなかった!!」

「ご、ごめんなさ、だ、だって、」


ローが、私のことをこんなに心配してくれている。


うれしいやら、怖かったやら、ローが怒ってて怖いやらで、私はぼろぼろと涙を溢した。


「これっ、これからっ、れっ、レースクイーンとっ、ごっ、合コンだって聞いてっ、」

「…………………。」

「ローはっ、レースクイーン好きだってっ、そう聞いたからっ、じゃっ、じゃましちゃいけないってっ、」

「…………………。」

「だからっ、……………ごっ、ごめんなざいっ…!!」


うわあああん、と、子どものように声を上げると、ローが深い溜め息をつきながら私の手を引いて立たせてくれた。


私の服についた砂をぽんぽんとやさしく叩きながら払うと、私の頭をそっと自分の方へ引き寄せる。


その暖かさに、余計にぼろぼろと涙が零れてしまった。


「……………馬鹿。」

「っ、ごわがっだっ…!!」

「おれはおまえのそのカオのほうが怖ェ。」


そう言って意地悪そうに笑うローは、いつものローで、


心の底から安心して、私はいつまでもローの腕の中で泣き続けた。


―…‥


「そういえばロー、どうしてあそこに来てくれたの?」


家まで送ってくれたローにお茶を出しながらそう問い掛けると、ローはそのお茶をすすりながらこう答える。


「シャチがおれの勤務先に連絡寄越したんだよ。」

「シャ、シャチくんが?」

「あァ、……………おまえの様子がおかしくて気になるってな。」

「そ、そうだったんだ…」


シャチくん…


自分が怒られるかもしれないのに、私のために…


仲間想いのかわいいキャスケット帽子を思い出して、私はまた泣きそうになってしまった。


「アイツは意外と人を見てる。」

「……………うん、そうだね…」

「で?」

「な、なにが?」

「あの男、結局だれだったんだよ。」

「あ、ああ、多分、コンビニの店員さんだと思う。」

「コンビニの店員?」


そう、暗かったからすぐにはわからなかったけど、ローが来てくれてからまじまじと見たら、どこか見覚えのあるカオだった。


手紙にあった、『露出する格好は好きじゃないと伝えた』っていうのが気になってたんだけど…


そういえばお会計の時に、「素敵なスカートですね、そういうの好きです」って言われたなと思いだしたのだ。


あの時履いていたのは、確か長めのスカートだった。


道理でハチミツの飴を買ったのも知っていたわけだ。


「おまえは愛想振りまきすぎなんだよ。」

「そ、そうかな…」

「カオが多少不細工でも、笑ってりゃあまァまァ見られるからな。」

「…………………。」


あ、あれ、今さらっと失礼なこと言われたような、


「『君はぼくの一番星。』」

「!!」


どこかで聞いたフレーズだと思ってぱっとカオを上げると、ローがゴミ箱の中から例のポエムを拾い上げていた。


「ちょっ、ちょっとロー…!!」

「『きらきらきらきら、眩しくて見つめていられないよ。』だァ?あのクズ、センスの欠片もねェな。」

「や、やっぱりそう思う?」

「でも、これはまァまァだな。」

「へ?」


そう言うと、ローはもう一枚の紙を手に取る。


私をまっすぐに見つめるその視線に、思わず息が止まった。


君は、ぼくのもの


***、風呂沸かせ。今日はもう寝るぞ。


へ、な、なぜここで?


なに言ってんだ、まだ油断できねェからこれから1ヵ月おれはここに泊まる。


えええええええ!?


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