そして、溶けた-Bitter Valentine's day!2012-

浮かれた街中を、いつもよりも早足で歩いていく。


この時期特有の淡い装飾に、自然と歩く足どりが弾んでしまう。


今日は、バレンタイン。


シンプルなラッピングを心掛けたバッグの中のそれを見て、私は大きく深呼吸をした。


私はいま、ローの家へと歩みを進めている。


ローは、甘いものが好きではない。


どのイベントにもまったくと言っていいほど関心がないけど、バレンタインには特にない。


出掛けると、行く先々でチョコをもらってしまうため、毎年恋人にも会うことなく家へまっすぐ帰る。


今日も家にいるはずだ。


ローは、私のチョコだけはもらってくれる。


どうしてなのか聞いてみたところ、どうやら「どうせだれももらってくれねェんだろ。」だそうだ。


それでも、私はうれしかった。


バレンタインは私にとって、クリスマスよりも、誕生日よりも大切だから。


『バレンタインに、ローにチョコをあげる。』


それは、密かに想いを伝えられる、たったひとつの方法。


臆病な私には、精一杯の方法。


だから、今日は。


今日だけは、なんとしてでも、会いたい。


「……………なんて………ただ会いたいだけだけど…」


そんなことを頬を弛めて呟きながら、ふと視線を上げたときだった。


「…!」


高級そうなホテルのロビーに、ローがいる。


……………ロー…!


私は慌てて走り出そうとしたが、すぐにピタリと足を止めた。


「…………………あ。」


ローのとなりに、


ダリアさんがいる。


よく見ると、ローの手にはホテルのキー。


「…………………。」


そっか。


そりゃそうだよね。


……………そっか。


いっきに、浮かれていたキモチが冷めていく。


私はくるりと踵をかえすと、自宅へと足を進めた。


―…‥


「***?………もしかして、***か?」

「……………ペンギン…さん?」


帰宅途中、ふと呼び止められて振り向くと、そこにはペンギンさんがいた。


「どうしたんだ?傘もささないで…」

「へ?………………あ…」


ペンギンさんにそう言われて自分のコートや頭に触れると、薄く雪が積もっていた。


「ははっ…どうりでなんか冷たいなと思いました。」


そう笑い掛けると、ペンギンさんは切なげに眉を寄せる。


「……………***……………おまえ、」

「あっ…!ペ、ペンギンさん!………チョコ、食べませんか?」


なぜか続きを聞くのが怖くて、さえぎるように早口で言うと、私はバッグの中をごそごそと探って例のチョコを出した。


「………これ………あの………お、お友だちにあげようと思ってたんですけど、今日予定ができたみたいで………あ、会えなくなっちゃって…」

「…………………。」

「あっ、わっ、私の手づくりなんで………胃の調子が良かったらでいいんですけ」


言い終わるまえに、ペンギンさんは私の手からスルリとチョコをとると、綺麗にラッピングを剥がしていく。


箱からひとつチョコを掴むと、ペンギンさんはパクリと口に放った。


「…………………。」

「……………あっ、あのっ、おいしくなかったら……………正直に言ってください…」


黙々と咀嚼するペンギンさんに不安を憶えて、おそるおそるそう聞いた。


「………うまい。」

「ほ、ほんとですか?」

「あァ………おれはうそは言わない。」

「よかった…!」


安堵してそう言うと、ペンギンさんはフワリと笑ってくれた。


「……………ずいぶん、」

「…え?」

「ずいぶん………苦めにつくったんだな…」

「え、……………あ……………甘いものが苦手な……………友だちなので…」

「……………そうか…」


呟くようにそう言うと、ペンギンさんは大きくて暖かい手で、私の頭の雪をはらってくれた。


「……………おまえは……………馬鹿だな…」

「……………ははっ…」


……………いやです、ペンギンさん…


ペンギンさんまで、


そんなふうに、笑わないでください…


ペンギンさんの、その表情を見て、


私はなぜか、無性に声を上げて泣きたくなってしまった。



そして、
けた



弱虫の、精一杯の想い。










ピンポーン…


2月15日。


仕事から帰って夕飯の用意をしているときに、突然チャイムが鳴った。


……………だれだろ。


深く考えずに、はーいと答えながら玄関のドアノブを回す。


すると、その訪問者を見て、私は思わず叫ぶようにその名を呼んだ。


「ロっ、ロー…!!」

「…………………。」


そこにはなぜか、最高潮に機嫌が悪いであろうローがいた。


「ど、どうしたのっ…いきなりうちにくるなん」

「……………つくれ。」

「…………………は、はい?」


目をまるくした私に、ローはおもむろにガサリと袋を押しつけた。


…な、なに?


鋭い視線に促されてその中を見ると、そこにはいろんな種類の板チョコやフルーツ、はたまたお菓子づくりの道具が乱暴に放りこまれていた。


こ、これはいったい…


「つくれ。チョコ。」

「チ、チョコを?な、なんで?」


ローの考えてることがまったくわからない。(いつものことだけど)


そんな表情をローにむけると、ローは小さく舌打ちをした。


「てめェ………ペンギンには食わせて、おれには食わせられねェなんて言うんじゃねェだろうな。」

「ペ、ペンギンさん?」


『チョコ』『ペンギンさん』


この僅かなヒントから、私は昨夜のできごとを思い出した。


「あ……………いや、あの……………あれはね、ロー、」

「いいわけは聞かねェ。」


そう言いながらさも自分の家のようにごく自然に上がりこむロー。


ど、どうしよう…


思わぬできごとに、私の頭は混乱してしまう。


しかし、どうやらいまは思考よりも手を動かしたほうが良さそうだ。


そう思うほどに、ローからはピリピリとした威圧感が放たれていた。


「し、しつれいします…」


おそるおそるそう言いながら、私は袋の中からチョコやら道具やらを出した。


……………よかった。


これだけあれば昨日とおなじものができそう…


そう安堵した矢先、ローが先手を打ってこう口にした。


「言っとくが、ペンギンが食ったのとおなじモンにするなよ。もっと手のこんだモンにしろ。」

「え、」

「数もペンギンより多くしろ。」

「ちょ、」

「大きさもな。」


そこまで言うと、ローはキッチンから出ることなく、私を見張るように腕くみをした。


…………………き、


緊張感がハンパないんですけど…!


私はなぜか、自宅で緊迫感を憶えながらチョコづくりを始めた。


「…………………。」

「…………………。」


カチャカチャと食器や器具がぶつかる音だけが耳に届く。


…………………なんで私…


バレンタインの翌日に睨まれながらチョコつくってるんだろう。


こんなことになるなら、大人しくあのチョコ持ち帰れば良かった…


ペンギンさん、怒られちゃったのかな。


悪かったな、私のせいで…


っていうかなんでバレてんだろ。


もういっそのこと、あれはローにつくったんだって言おうか


「…なんで今年は連絡よこさなかった。」

「え?」


ぐるぐると考えごとをしていたら、突然そんなことを聞かれた。


「れ、連絡って?」

「……………いつもは滅多に連絡よこさねェおまえが、毎年この時期だけは連絡してくるだろうが。」


たしかに、バレンタインの時だけは私からローに連絡する。


………どうしても、会いたいから。


「……………あ、い、いや……………こ、今年はなんか…ロー特にいそがしそうだったから…」


泣く泣く連絡を諦めた理由を遠慮がちにそう伝えると、ローは大きく溜め息をついた。


「勝手に余計なこと考えてんじゃねェよ。」

「で、でも、」

「うるせェ。当日まで予定空けてやってたおれの身にもなれ。」

「…………………へ、」


…………………う、うそ…


「でっ、でもっ…ロー、ダリアさ」

「…あ?」


…………………し、しまった…!


つい…!


思わずダリアさんのなまえを出してしまったことを後悔するが、時すでに遅し。


そろりとローを見上げると、ニヤリと口角を上げたローと目が合う。


「……………そうか、おまえ………嫉妬したのか。」

「なっ…!ちがっ…!」

「さしずめ…おれの家に行く途中でおれとダリアが一緒にいるの見かけていじけて帰ったんだろ。」


あっ、


あたってる…!


「なっ、なんでっ、そんなっ、ロっ、ローに会えないくらいでっ、私がっ…!」

「かわいいやつ。」

「なっ…!かっ…!」


ダラダラと汗を流している私に構わず、ローはおもむろに袋の中から苺を出した。


不思議に思って見ていると、苺に、ボウルの中の溶け出したチョコをつける。


「おら。」

「……………は、はい?」


その苺を、ローは私の口元に持ってきた。


こ、


これはまさかっ…!!


「あーん。」

「…!!」


その瞬間、身体中の血がぶわりと沸いた。


動揺しすぎて口をパクパクさせた私の様子を見て、ローは楽しそうに口に弧を描く。


そして、綺麗な指で私の顎をつかむと、ゆっくりとチョコのついた苺を私の唇に触れさせた。


「今日は…とびきり甘やかしてやるよ。」



そして、
けた



なっ…なっ…!!なに言ってっ…!!


なんだよ、それとも口移しがいいか。


んなっ…!!


おまえ、カオおもしれェ。


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