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「うーん…」
床一面に広げた洋服たちとにらめっこしながら、私は小さく唸り声を上げた。
今日は、ローとデート。
デートなのです…!!
そのことを改めて思い出して、私は床の上で身悶える。
いけない、こんなことしてる場合じゃない。
私は姿勢を正すと、再びそれをジィっと見つめた。
いつもの私ならパンツを履いてカジュアルで行くところだけど…
なんせ、今日からの私はひと味違う。
変に気持ちを勘繰られないようにと、小細工をする必要は、もうなくなったのだから。
「よし!やっぱりこれにしよう!」
私は真ん中に置かれた可愛らしいワンピースを手に取ると、浮かれた足取りで鏡の前に立った。
―…‥
「着いた」「はい、今出ます」という簡潔な用件だけの言葉を交わすと、私はすぐさま終話ボタンを押して玄関へ走り出した。
家の前に停まっている見なれた車を見ると、自然と頬が緩んでしまう。
助手席のドアを開けると、私はローに声を掛けながら車に乗り込んだ。
「ローごめん、お待たせ!」
「お待たせじゃねェんだよ、おれをこんなに待たせやがっ、」
そこで言葉が切れたので、不思議に思ってローを見上げると、ローが目を丸くして私を見つめている。
「ど、どうしたの?」
「…………………。」
「あ、あの、ローさん?」
「…………………なんだ、その格好。」
「えっ、」
「化粧もいつもよりしっかりしてる。」
「そっ、そんなことないと思うけど…」
「…………………。」
「…………………そ、そんなに変?」
未だに信じられないものを見るような目で私を見つめるローに、一抹の不安を憶えてそう問い掛けると…
「いや、……………別に。」
「そ、そう?」
「あァ、……………行くぞ。」
「あ、は、はーい。」
私がそう答えると、ローはアクセルをゆっくり踏んだ。
その横顔を、そっと盗み見る。
か、カッコイイ…
…………………じゃなくて。
……………よかった。
変とか言われたらどうしようかと、
「おまえ、」
「はっ、はい?」
「…………………。」
「……………な、なに?」
「……………男でもできたのか。」
「へ?な、なんで?」
「おれが聞いてんだよ。」
「あ、そ、そうだね、ごめん、で、できてないです。」
「……………じゃあ惚れてる男。」
「えっ、」
言葉に詰まった私を、ローが眉をしかめながらジロリと睨む。
「おまえ、惚れてるヤツいんのか。」
「いや、あ、あの、」
「まさかペンギンとか言うんじゃねェんだろうな。」
「だっ、だから違うって…!」
「じゃあ誰だ。」
「だ、だから、その、」
「…………………。」
「そ、……………そんな人いないよ…」
「……………おれに嘘はつくなよ。」
「つっ、ついてないついてない!」
慌ててそう言うと、やっと納得したのか、ローはそれ以上聞き出そうとはしなかった。
や、やっぱり、まだね。
いきなりはちょっとね。
ダ、ダリアさんにもまだ言ってないし。
未だ勇気が出ない自分に、そう言い聞かせるように心の中で言い訳をした。
うう、私のバカ…
「ところでどこ行きてェんだ、おまえ。」
「へ?」
「おれを誘ったからにはそれなりのプランがあるんだろ。」
「…………………。」
「…………………。」
「……………あ、あのー、」
「ねェんだな。」
そう言って大きく溜め息をついたローを見て、私は心の中で激しく動揺した。
しまった…!!
目的がただ『ローに会いたい』だけだったから、まっっったく、なんっっっにも考えてなかった…!!
どうしよう…!!
なっ、なにか提案しなくては…!!
「あ、あのっ、じゃあっ、えっ、えーっと、」
「おまえ、あそこ行きてェって言ってなかったか。」
「へ?ど、どこ?」
「あれだよ、頭のやたらでけェネズミがいるとこ。」
「あ、頭のでかいネズミって…」
そのキーワードで、私はかの有名な夢の国を連想した。
「た、確かに言ってたけど…あそこじゃなくてもいいよ?」
「なんでだよ。」
「だ、だってすごい混むし…」
「…………………。」
「子どももたくさんいるよ?」
「…………………。」
ローがあんなファンシーなところに行くわけがない。
100%の自信を持ってそう思っていた私は、頭の中で他の候補を考えていた、
…………………が、
突然、ローはウインカーを上げてUターンする。
「えっ、ロ、ロー?」
「なんだよ。」
「まっ、まさかっ、……………行ってくれるの?夢の国。」
「行きてェんだろ。」
「でっ、でもっ、ほんっとに混むよ?子どももすっごい、すっっっごいいるし!」
「気が滅入ることを何度も言うんじゃねェ。行くっつったら行くんだよ。」
「…………………。」
…………………え、
えええええええ!?
―…‥
「わあ!久しぶりだぁ!」
てんてれてんてんてんてれてれれれ。
その音楽が耳に届くと、私のテンションは最高潮に達した。
「ロー!早く行こう!早く早く!」
後ろの方からゆったり歩いてくるローにそう声を掛けると、ローは呆れたようなカオをした。
「おまえ社会人にもなってはしゃいでんじゃねェ、」
「早く早く!」
「おい、」
ローの制止も聞かず、私は彩られた園内へローの手を引いていった。
―…‥
「あー、いっぱい乗ったらお腹空いちゃった!」
あれから4時間、休む間もなくアトラクションに乗り続けた。
楽しくてお昼食べるの忘れてた!
「ロー、どこかでご飯食べ……………あれっ、ロー?」
後ろを振り返ると、心なしかぐったりしているロー。
あ、あら?
「だ、大丈夫?具合悪い?」
「……………ガキ共とあんなに長い時間近距離にいる経験がなくてな。」
「あ、そ、そうだよね。で、でも、子どもたちはローの帽子に食いついてたね!ふわふわーって!」
「いい迷惑だ。」
「あははっ、ロー少し休もう?」
「あァ。」
こうして私たちは、近くのレストランへと向かった。
―…‥
ううっ…
やっぱりすごい…
レストランに入ると、ローに痛いほど突き刺さる、視線、視線、視線…
外でももちろん感じていたけど、アトラクションがあることで少し分散されていたからか、これほどではなかった。
当の本人はというと、すっかりそんな状況に慣れてしまっているからか、平然としている。
恐るべし、トラファルガー・ロー。
「なに一人で頷いてんだよ。」
「へっ、あ、いや、」
「さっさと食わねェと冷めるぞ。」
「あっ、うっ、うん!いただきます!」
そう言って手を合わせると、私はハンバーグにフォークを刺した。
「うーん、おいしい!」
「くくっ、そうかよ。」
口いっぱいにハンバーグを頬張る私を見て、ローがめずらしく声を上げて笑う。
「ガキみてェ。」
「し、失礼な。これでも立派な大人です。」
いじけたようにそう反論すると、ローはおもむろに私に向かって手を伸ばす。
そのまま、私の口元に触れた。
「大人はこんなとこにソースつけたりしねェんだよ。」
「っ、」
「こういうとこは昔から変わんねェな、おまえ。」
懐かしむように柔らかく笑いながら、ローは自分の指をペロリと舐める。
そのシチュエーションに、どうしようもなくくらくらした。
「やっ、やっぱり、私ももう少し大人にならなきゃね!ローに口拭ってもらってるようじゃダメだよね!あははっ…」
照れをごまかすようにそう言うと、ローは「いや、」と口にした。
「おまえは、そのままでいい。」
「……………へ?」
「そのままで、いい。」
小さく、まるで自分に言い聞かせるように、ローはそう言った。
「あ、……………そ、そっか!」
「あァ。」
「そっ、そうだよね!私にはしっかりした幼なじみがいるし、大丈夫か!」
「…………………。」
「…………………あ、あれ、ロー?」
なぜか、視線を下に下げて黙ってしまったローにそう声を掛けると、ローは突然立ち上がった。
「……………コーヒー買ってくる。」
「へ?あ、う、うん…」
レジへと向かうその後ろ姿を見つめる。
ど、どうしたんだろ、突然…
不思議に思いながら、私は残りのハンバーグを口に運んだ。
―…‥
それからまた、アトラクションに乗ったり売店に行ったりして、あっというまに夜になった。
ローはぐったりしながらも、イヤなカオひとつせず、黙って私の行きたいところに付き合ってくれた。
「あっ、ロー!もうすぐでパレードだよ!」
「パレード?」
「うん、キャラクターたちが皆ここ通るの!」
「……………見てェのか。」
「う、うん、見たい!いい?」
「何をいまさら。」
そう言って意地悪く笑ったローが、パレードの列へと歩いていく。
わ、夢みたい…!
ローとパレード見られるなんて…!
私はドキドキわくわく胸を高鳴らせながら、ローのとなりに立った。
やがて、きらびやかな光が園内を装飾すると、私はそれに釘付けになる。
「わー、……………何回見ても綺麗だなー…」
「…………………。」
「前もね、ロビンと来たことあるんだ!」
「…………………。」
「5月だったかなー。あれ、6月?」
「…………………。」
「?…ロー?」
一向に相槌が返ってこないので、不思議に思ってローを見上げると、
ローは、パレードではなく、私を見つめていた。
その真剣なまなざしに、思わず息が止まる。
「ロ、ロー…?どうし、」
「おまえ、」
「え?」
「…………………おまえは、
もし、おれが死んだらどうする。」
「……………え…?」
「…………………。」
「な、……………なんで突然、そんなこと…」
「…………………。」
「ロ、ローどこか病気なの?」
「…………………。」
「ど、……………どうするって…」
何を言っても、ローは黙ったまま。
…………………そんな…
そんなこと、考えたくない。
ローが、……………死ぬなんて…
思わず、じわりと涙を滲ませて深く俯くと、大きな手が頭をなでた。
「んなカオすんな。」
「ロ、ロー…」
「おれが死ぬわけねェだろ。」
「…………………。」
「おれがそんな病弱に見えるかよ。」
呆れたような困ったような笑みを浮かべて、ローは私にそう言った。
「おまえはほんと、すぐ泣くな。やっぱりガキだ。」
「な、だっ、だって、いきなりそんなこと聞くから…」
「あ?おれのせいだって言うのか。」
「あ、う、うそです。ごめんなさい。」
「おら、パレード終わっちまうぞ。」
「え、あ、……………うん。」
それっきり何も言わず、ローはパレードに目を向ける。
その光で照らされたローの横顔を、そっと盗み見た。
その心が、なぜかもうここにはないような気がして。
私はどうしようもなく不安になって、もう一歩、ローの近くに寄り添った。
私はまだ、知らなかった。
ローがこの時、
大きな決断をしていたことを。[ 42/70 ][*prev] [next#]
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