40
「はあ…」
手元に置かれた分厚い紙の束をぱらぱらとめくった後、ダリアは大きく溜め息をついた。
最近、頭を悩ませているこの案件に、そろそろ決着をつけなければならないと、そう感じていたからだ。
問題は、あの男。
気難しさでいったら、恐らく世界でトップクラスだろうその男のカオを思い浮かべると、ダリアの心はますます沈んでいく。
さて…
どう説得しようかしら…
そんなことを考えていると、胸ポケットに入れている携帯電話が震えだした。
スクリーンに表示されたその名前を見て、ダリアの沈んでいた心に、ぱっと華が咲く。
ダリアは頬を緩ませると、すぐに通話ボタンを押した。
「***ちゃん!どうしたの?あなたが私に電話なんて!」
『あっ、ダ、ダリアさん…!こんばんは!すみません、突然に…』
「いいのよ、ちょうど私も***ちゃんに連絡しようと思っていたから。」
『わ、私にですか?』
「ええ、ほら!温泉旅行のおみやげ!たっくさん買ってきたから!」
『ほんとですか!うれしいです!』
「ふふっ、よかった!だから今すぐにでも会いたいところなんだけど…」
ダリアはそこで言葉を切ると、デスクの上に置いたままのそれに視線を向けて、またひとつ大きな溜め息をつく。
『ダ、ダリアさん?どうされました?』
「ああ、ごめんなさい、じつは今少し立て込んでてね。」
『そっ、そうだったんですか…!すみません、そんなお忙しいときに…!』
「ううん、いいのよ!むしろ***ちゃんの声が聞けて、少し心が癒されたわ。ところで***ちゃん、私に何か用だったんじゃない?」
『あ、……………え、と…じ、じつは、その、…………………ダリアさんにお話があって…』
「話?***ちゃんが私に?」
電話の向こうで戸惑いがちに言った***の思わぬ言葉に、ダリアは目をまるくした。
『あの、あ、た、……………大切な話なので、できたらお会いしたいんです。あっ!もっ、もちろん、ダリアさんのよろしいときでかまいませんので…!』
「あら、やだ!気になっちゃうじゃない!なになに?まさか恋人ができたとか!?」
『え、いや、あ、あの、』
「やだわ、私ったらごめんなさい、***ちゃんが私に大切な話なんて、初めてだからつい…いいわ!会ってからじっくり聞きましょう!」
『あ、ありがとうございます…!』
「ふふっ、こちらこそ!おみやげもあるし、***ちゃんにも会いたかったからよかったわ!」
『じゃ、じゃあ、落ち着いたらご連絡頂いてもいいでしょうか?』
「わかったわ!なるべく早く片付けるから、少し待っててね!」
『はい!では…』
「ええ、またね!」
どちらからともなく通話を終了させると、ダリアは深く息を吐く。
「そうと決まれば、早く話さなくちゃね…!」
自分に言い聞かせるようにそう呟きながら、頭を悩ませているその男の名前を携帯に表示させた。
―…‥
「よォ。」
「おつかれさま。」
いつもの通り、短いやり取りを終えると、ローはダリアが座っている向かいの席へ腰かけた。
ローとの待ち合わせにはもうすっかりおなじみの、高級ホテルの中にあるカフェ。
ローはお決まりの流れで、煙草に火をつけた。
もうすっかり見なれたはずのその行為に、ダリアの胸が少女のようにときめく。
まったく、どこまで溺れきっているのか…
半ばそんな自分を愛しく思いながら、ダリアは口にした。
「ごめんなさいね、突然呼び出したりして。」
「あァ、……………で、用件は。」
「***ちゃん、いい人でもできたの?」
「……………あァ?」
そのダリアの問い掛けに、ローは初めてダリアを視界に映す。
「……………なんだよ、いい人って。」
「大切な話があるって、さっき***ちゃんから連絡が。」
「***が?おまえに?」
「ええ、……………女性が女性に話がある、なんて、恋の話がほとんどでしょ?」
「…………………。」
「ちょっと突いたら戸惑ってたみたいだし…だからきっと、」
「違ェよ。」
「あら、どうして?」
あまりにもそうきっぱりと言い張るものだから、ダリアはローに怪訝な表情を向けた。
「おれは何も聞いてねェ。」
「あら、男性のあなたには言いにくいことだってあるはずよ。」
「んなこと関係ねェよ、おれとあいつは『幼なじみ』なんだからな。」
「…………………。」
「あいつのことは、おれが一番知っておくべきだ。」
そう当然のように言ってのけたローに、ダリアは小さく溜め息をつく。
…………………『これ』だ、
まさに、『これ』なのだ。
ローの、『***に対する、異常な執着心』。
これこそがまさに、ダリアの悩みの種だった。
これがなければ、『あの話』をすることだって、こんなに躊躇したりしないだろうに。
しかし、もうためらっている暇はない。
時間が、ないのだ。
「おまえ、そんなこと言うために呼び出したのか。」
「そんなわけないじゃない。」
「じゃあなんだ、さっさと言え。」
そう吐き捨てるように言いながら、ローは2本目の煙草に火をつける。
先ほどの、『***に恋人ができたかもしれない』という話題を出したのは、どうやら間違いだったらしい。
眉間に寄った深いしわと、張り詰めたぴりぴりとした空気が、ローの苛立ちをものがたっている。
そんなローの様子に少しだけ怯みながらも、ダリアは自分を奮い立たせると、ローへこう問い掛けた。
「単刀直入に言うわ…………………トラファルガー先生、
私と一緒に、フランスへ行ってほしいの。」[ 41/70 ][*prev] [next#]
[mokuji]
[しおりを挟む]