39

「久しぶりね、***。」

「おかえりなさい!ロビン!」


とんだ災難に合った数日後、帰国したロビンから連絡があり、私は久しぶりに美しい友人と再会を果たした。


「***にはおみやげたくさん買ってきたの。喜んでくれるとうれしいわ。」

「ほんと?やったあ!うれしい!」

「ふふっ、それならよかった。」


相変わらず綺麗なロビンに心を癒されながらも、私はロビンのおみやげ話の壮大さに、空き巣に入られたことも忘れて興奮する。


「***のほうはどう?なにも変わりはなくて?」

「あっ!そうだった!それがねロビン、私空き巣に入られちゃって…」

「ええ?空き巣?」


私のその言葉に、ロビンはめずらしく眉をしかめた。


「あっ、でもね!もう犯人も捕まったの!」

「そう、それならいいけど…」

「さすがに怖くてさ、捕まるまで家には帰れなかったんだ。」

「それはそうよね、空き巣は同じ家に再び入ることも少なくないって聞いたわ。」

「あ、やっぱりそうなんだ!ペンギンさんも同じこと言ってた!」

「でも***には幼なじみの外科医さんがいるから、安心ね。」

「…………………。」


ロビンのその言葉に、私はぴたりと動きを止めてしまう。


「***?」

「あ……………じ、じつは空き巣に入られたその日に泊めてもらったの、ペンギンさんなんだ。」

「……………え?」


よほど意外だったのか、ロビンの大きな瞳がさらに大きく見開かれた。


「…………………それ、外科医さんは知っているの?」

「う、うん!2日目はローの家に泊まらせてもらったから…」

「そう…」

「すごく怒られちゃってさ!」

「そうでしょうね…」

「おれ以外に頼るなって、……………ダリアさんと旅行に行ってたから遠慮しただけなのに、もう鬼みたいに怒るんだよ?」

「…………………。」

「……………気遣ったつもりだったのに、ひどいよね、ほんと!あははっ…」

「…………………。」


そう乾いた笑いを溢すと、ロビンは困ったように笑う。


「……………どうしてそんなことを?」

「え?そ、そんなことって?」

「外科医さんに頼らないなんて、……………それだけの理由じゃないでしょう?」

「…………………。」

「…………………***…?」


……………やっぱり、ロビンにはかなわないなぁ…


「…………………もう、ローにばっかり頼ってちゃいけないんじゃないかって、そう思ったの。」

「……………どうして…?」


眉をひそめたロビンに、私はわざとらしいくらいの明るい声でこう答えた。


「ローね、……………ダリアさんのこと、やっぱり好きみたい!」

「…………………。」

「も、もちろん、ダリアさんだって、ローのこと好きだし…」

「…………………。」

「いつまでも、こんな、……………ただの幼なじみがうろちょろしてちゃ、ダリアさんだって迷惑でしょ?」

「…………………。」

「私は、ダリアさんのことも好きだから、……………嫌われたくないし…」

「***…」


ロビンのその声が、あまりにも哀しそうで、思わず泣きそうになってしまう。


「で、でもさ!まったく会えなくなったら正直辛すぎるから、これからは少しだけ距離を、」

「本当にそれでいいの?」

「……………え?」


いつも柔らかく話をするロビンが、めずらしく大きめの声できっぱりとそう私に問い掛けた。


「***、……………あなたは本当に、それでいいの?」

「ロ、ロビ、」

「自分の気持ちにいつまでもうそをついて、……………それで本当に外科医さんのとなりで、心から笑っていられる?」

「…………………。」


綺麗な瞳にまっすぐ見つめられて、私は思わずロビンから目をそらしてしまう。


…………………どうして、


どうして、ロビン、突然そんなこと、


「私はね、***……………あなたのそういうところがきらいよ。」

「!!……………ロ、ロビン、」

「いままで何も言わずに応援してきたのは、それでもあなたがいつかもっと大切なことに気が付いてくれるって、……………そう信じていたから。」

「もっと、……………大切なこと…?」


私のその問い掛けには答えることなく、ロビンはゆっくりと立ち上がった。


「いつまでも悲劇のヒロインを気取るのはおやめなさい。」

「ロ、ロビンまって、わ、私、そんな、」


会計の伝票を手に取りながら、ロビンは長い足ですたすたと去って行ってしまう。


すると、振り向くことなく、こう言った。


「……………あなたの、……………心から笑っているカオを、いつか見てみたいわ。」

「……………ロビン…」

「ただの私のわがままよ、ごめんなさいね。」

「…………………。」

「……………お詫びにここはおごるわ。」


じゃあ、と、小さく言って去っていく凛とした後姿から、私はいつまでも目を離せずにいた。


―…‥


「わあ、変わってないなぁ…!」


ロビンと別れてから、私はバスに揺られてあるところへ向かった。


塗装の剥がれかけたブランコ、さび付いた鉄棒、子どもの頃はとても大きく見えた滑り台…


まるで、あの頃にタイムスリップしてしまったような、不思議な感覚におそわれた。


「あっ!あったあった!なーんかわかんないけど、私いっつもここで砂いじってたなぁ…」


小さくコンクリートで仕切られたその中に、そっと腰を落とす。


その位置から、公園の入口に目を向けた。


遠い記憶の中で、


ふわふわの綿毛帽子をかぶった目つきの悪い少年が、私を睨み付ける。


少年は私から目をそらすと、いつもの方向へと足を進めた。


そのあとを追うと、暗く湿った木かげへ案内される。


「ここだ…」


あの頃、


ローが、いつもいたところ。


長年ローが通っていたからか、そこは子ども一人分、草が生えることなく土がむき出しになっている。


「ここでなにやってたんだろ……………そういえば聞いたことないや。」


たしか、いつも死んだカエルとメスを握ってた気がするんだけど…


あ、そうだ、聞くのが怖かったから聞いてないんだった。


そんなことを考えながら、そっとその土にふれる。


……………なぜか、暖かく感じた。


『***、……………あなたは本当に、それでいいの?』


「…………………。」


さっきの、ロビンの言葉を思い出す。


……………考えたことなかった。


ううん、考えないようにしてた。


……………ローに、気持ちを伝える、なんて。


だって、そんなことしたら、


『幼なじみって、ずっと一緒にいるもんなのか。』


もう、


ローとは、一緒にいられない。


『それでもあなたがいつかもっと大切なことに気が付いてくれるって、……………そう信じていたから。』


「もっと、大切なこと…」


ローと一緒にいることより、大切なことなんて、


あるのかな。


…………………でも、


『自分の気持ちにいつまでもうそをついて、……………それで本当に外科医さんのとなりで、心から笑っていられる?』


ロビンの言ったとおりだった。


だから、なにも言い返せなかった。


『トラファルガー先生と旅行なんて、夢みたい!』

『おまえを抱くようになってから、他の女抱いてねェんだよ。』


二人の距離が、少しずつ近付いていくたびに、


私は、心の底から笑えなくなっていた。


……………ううん、もしかしたら、


ローにこの気持ちを抱いたときから、ずっと、


私は、作り笑いがうまくなってしまっていたのかもしれない。


空を見上げると、二匹のすずめがいつかのように仲良く空を泳いでいる。


「…………………。」


私は、携帯を取り出した。


表示されたその名前を見ただけで、無性に愛しくなる。


発信ボタンを押すと、何回目かのコール音の後に、


聞きなれた低い声。


『……………なんだ、また空き巣か。』

「…………………。」

『…………………おい。』

「…………………。」

『***、』

「ロー。」

『………………ふざけんな、バカ。』


安堵したように小さく息をついたローに、思わず笑ってしまった。


「心配性だね、ローは。」

『あァ?生意気なこと言ってんじゃねェ。』

「あ、す、すみません。」

『用件は。』

「あ、え、え、と、……………あの、」

『……………ねェのかよ。』

「あ、あるよ!あります!」

『なんだ、さっさと言え。』


冷たい言い方でも、突き放されたような感じがしないのは、


きっと私が、ローはだれよりもやさしいって知ってるから。


「…………………私が笑わなくなったら、ローは悲しい?」

『……………はァ?』


お、久々に聞いた、ローのすっとんきょうな声。


それはそうだ、


いつも用件があるときしか連絡しない私が、突然そんなことを言い出したんだから。


『なに言ってんだ、おまえ。ついに頭沸いたのか。』

「い、いや、大丈夫なんだけどね、」

『…………………。』 

「あ、い、いいの、ご、ごめんね、今のは忘れて、」

『悲しんでる暇があったら、』

「え?」


私の言葉をさえぎって、ローが言った。


『悲しんでる暇があったら、










おれがおまえを笑わせてやるよ。』










「…………………。」

『そのためだったら、なんでもしてやる。』

「…………………なんでも…?」

『あァ。』

「シャ、シャチくんとコントとか、」

『あァ。』

「……………は、腹躍りとか、」

『完璧な腹躍り見せてやるよ。』

「……………ははっ…!」


……………そうだった、










ローは、いつだって、


私と、真正面から向き合ってくれた。










ぽたぽた、ぽたぽた、


涙が、止まらない。


『おい、……………泣いてんのか、』

「空いてる、日あるかな。」

『…空いてる日?』


ローの言葉をさえぎって、そうローに問い掛けた。


「う、うん、…………………あ、あの、」


どくどくと、心臓が高鳴っていく。


…………………頑張れ、


頑張れ、私、


『……………あなたの、……………心から笑っているカオを、いつか見てみたいわ。』


大好きな友人のカオが、私を後押してくれる。


「……………ローに、あ、……………会いたい。」

『……………は、』

「ローに、会いたい。」


言った…


初めて…


初めてローに、会いたいって言った…!!


『…………………。』


ドキドキしながら、ローの言葉を待つ。


変に思われたかな。


そうだよね、だって10何年も一緒にいて初めてだもん。


…………………でも、いい。


もう、いいの。


『…………………。』

「……………あ、あの…」

『…………………。』

「ロ、ロー、」

『いつもそのくれェ素直だといいんだがな。』

「へ、」


その言葉のあと、受話器越しになにやらごそごそと音がする。


『……………まだ予定出てねェな、少し待ってろ。』

「あ、あの、ロー?」

『予定がわかったら連絡するって言ってんだよ。』


ふっ、と、意地悪く笑う声が聞こえた。


『おれに会いてェんだろ?』

「!!……………うっ、うんっ!あっ、……………会いたいよ!」

『変なやつ、……………おとなしく待っとけよ。』

「は、はい!じゃ、じゃあね!」

『あァ。』


その短い返答を確認してから、震える指先で終話ボタンを押した。


「はあ…」


いまだばくばくいっている胸に、そっと手を添える。


ロビン、やったよ。


ロビンが応援してくれたから、私、


頑張れたよ。


私、もう、










この気持ちから、逃げないよ。










鼓動が落ち着いたところで、私は再び携帯を見た。


表示したのは、ある女性の名前。


いつか気持ちを伝えることがあるのなら、


本当は、本人に一番最初に言いたいと思ってた。


…………………でも、


今はきっと、この人に一番最初に言わなきゃいけない。


頬をひとつ叩いて気合を入れ直すと、私は発信ボタンを押した。


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