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もともと殺風景だった室内が、今となってはモノクロ世界になっている。
ローは、読んでいた本を小さなバッグにしまうと、ぐるりと室内を見回した。
『あっ、ロ、ロー…!片付けてるそばから本放らないで…!』
『読み終わった。』
『い、いや、そうじゃなくてね、読み終わったら本棚にしまうという行為を、』
『うるせェ。本に集中できねェ。』
『…ハイ、すみません。』
『…………………。』
『…………………。』
『…明日、』
『え?』
『あそこ連れてってやるよ。おまえが行きたがってた駅前の、』
『アっ、アイス屋さん?』
『あァ。』
『いっ、いいの?ロー寒そうだから行きたくないって言ってたのに…!』
『…行きたくねェならべつに、』
『いっ、行く!行きます!やったー!よーし、やる気出てきたぞー!』
『ククッ、…扱いやすいヤツ。』
「…………………。」
バッグを持ち上げると、ローは居心地のよかった味気ないマンションを出た。
―…‥
車を走らせていると、見なれた風景が横へ横へと流れていく。
信号が赤に変わって車を停めると、ひとつの古びたデパートを見上げた。
『おい、……………おい、***。』
『…!あっ、おっ、おつかれさま!』
『…なんかほしいもんでもあんのか。』
『えっ、あっ、ううん、ちがうの。みてみて、あそこのディスプレイされてるぬいぐるみ。』
『…ベポ。』
『そっ、そうだよね!似てるよね!』
『…………………。』
『ベポ、元気かなー…』
『…………………。』
『…………………。』
『……………***、』
『ベポのとこ行こっか?』
『…………………。』
『ははっ、私もそう思ってた!』
『…シャケでも買ってから行くか。」
『うん!』
パパーッ…
後続車のクラクションの音で、ローは我に返った。
小さく息をつくと、再び車を走らせた。
―…‥
路肩に停車させると、ローは公園の入口に立った。
昔はずいぶんと大きく見えたものだが、今となってはやけにちっぽけに見える。
懐かしい、などとは思わないが、今も昔も、なんとなくここが嫌いじゃなかった。
だれもいない公園をゆっくりと歩いていくと、砂ぼこりの匂いが鼻をつく。
公園の端にある小さな茂みに目をやると、二十年前の自分が睨み付けながら迎えてくれた。
誘われるようにその方へ行くと、ふわふわの帽子を押さえながら走り去っていく。
土がむき出しになったそこへ座りこむと、湿っぽい空気が身体にまとわりついた。
ローは、そのままゆっくりと目を瞑った。
『…やっぱりここだったね。』
『…………………。』
『あ、あの、おじゃましてもいいかな…』
『…………………。』
『…おじゃましまーす。』
『…何しに来た。』
『あ、け、怪我の手当て、』
『おれにやられたヤツらの方に行けよ。死にかけだっただろ。』
『あ、い、いや、でも、』
『先公が止め来なきゃ、殺してやろうと思ったんだけどな。』
『あ、はは…』
『…………………。』
『……………怪我、見せて?』
『…………………。』
『…わっ、い、痛そう…痛かったら言ってね?』
『……………おまえ、』
『ん?』
『…もう、おれに構うなよ。』
『…………………。』
『おれと一緒にいると、いつかおまえもやられるぞ。』
『ははっ、それは怖いね…』
『…………………。』
『でも、私は大丈夫だよ。だって、』
『…………………。』
『…ローが守ってくれるから。』
『…はァ?』
『あ、あんなに強いんだから、どんくさい幼なじみの一人や二人、守れるでしょ?』
『…………………。』
『ま、守るものがあると、もっと喧嘩強くなるよ!一石二鳥だね!』
『…一石二鳥の意味わかってんのか。』
『そのかわり私は、
ローの心を守ってあげるよ。』
『…………………。』
『な、なーんて…』
『…………………。』
『あっ、こっ、こういうのなんていうんだっけ?利害一致?あれ、これが一石二鳥?』
『…おまえは授業に出てもムダだな。』
『し、失礼な。』
『サボって飯食いに行くぞ。』
『…うん!』
『すきなの、ロー…ずっと、ずっと、すきだった…』
「バカなくせに、嘘をつくのが上手いじゃねェか…」
ずいぶん上手く、『幼なじみ』を演じてたもんだ。
となりにいる時の***は、笑顔しか思い出せない。
傷付くことがあっても、
きっと、一人で泣いていたんだろう。
「…………………。」
立ち上がって砂を払うと、ローは背中を丸めたまま公園をあとにした。[ 49/70 ][*prev] [next#]
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