35

「おはようございます、ペンギンさん。」

「おはよう、***。」


翌朝、リビングへ行くと、ペンギンさんがキッチンに立っていた。


「簡単なものだが、朝飯をつくった。食うか?」

「わっ、おいしそう!いただきます!」


テーブルには、こんがり焼かれたトーストやスクランブルエッグ、サラダにフルーツなどが並んでいる。


「ありがとうございます!こんな素敵な朝ごはんができてるなんて、しあわせ…」

「簡単なものだぞ。」

「いえ!うちで食べるより豪勢です!」

「おまえはいつも何を食ってるんだ…」


朝から感動していると、ペンギンさんがめずらしく大きな欠伸をした。


「ペ、ペンギンさん…もしかして私、夜うるさかったですか?」

「ん?あァ、いや……………本を読んでいたら夢中になった。」

「あ、そうだったんですね!よかった…」


なかなか眠れなくて寝返りいっぱい打ってたから、うるさかったかと思った…


二人でいただきますをして、たわいもない会話をしながら朝食を食べていると、突然ペンギンさんがこんなことを言い出した。


「そういえば***。今日の夜、迎えが来ることになってる。」

「へ?む、迎え…ですか?」


ペンギンさんのその言葉に、私は目をまるくした。


む、迎えって、


ま、まさか…


不機嫌な幼なじみのカオを思い浮かべて、思わず身体がヒヤリとなる。


「ニコ・ロビンは今日の夜、帰国予定だと聞いた。」

「あ、……………はっ、はい!そうです!」


び、びっくりしたぁ。


ロビンか。


そうだよね。


ローにこんな状況がバレたら、ペンギンさんが怒られちゃうもんね。


さすがペンギンさん、わかってらっしゃる。


よかったよかった。


「わざわざありがとうございます。」

「それくらい構わない。ただ、到着は夜遅くなるらしい。仕事が終わったら一旦うちに戻ってくれ。」

「はい、わかりました。お言葉に甘えます。」

「そうしてくれ。犯人が捕まるまで、おれのところに置ければいいんだがな。」

「いえいえそんな!とんでもない!」


突然一晩泊めてもらっただけでも充分ありがたいのに!


「……………おれも一晩が限界だ。」

「はい?」

「***、時間はいいのか?」

「え、あ、…あ!いけない!」


時計を見て、私は慌てて席を立った。


歯を磨かせてもらってから、バッグを持って玄関口まで行くと、ペンギンさんが見送ってくれた。


「今日は出掛ける予定はない。下のインターホンを鳴らしてくれ。」

「わかりました。……………じ、じゃあ、あの、」

「?」

「い、行ってきます…」


男の人に『行ってきます』なんて、言ったことないから照れる…


ぼそぼそと呟くように言った私に、ペンギンさんは頬を緩めた。


「……………あァ、行ってらっしゃい。」


そんなペンギンさんに小さく一礼をしてドアを閉めると、私は足早に会社へと向かった。


―…‥


「お、早かったな。」


夕方、帰宅した私を、ペンギンさんはTシャツにジーパンというラフなスタイルで迎えてくれた。


カッコイイ人は、なにを着てもカッコイイからずるい。


「めずらしく早く終わって…おじゃましま、」

「『ただいま』。」

「へ?」


呆けたカオでペンギンさんを見上げると、ペンギンさんが少し意地悪なカオをして笑っている。


「『ただいま』って言ってみてくれ。」

「へ、あ、えっ、なっ、なんでですかっ、」

「いいから、ほら。」

「…………………あ、え、と……………た、……………ただいま帰りました…」


朝とまったく同じようにもごもごとそう口にすると、ペンギンさんは声を上げて笑った。


「ひ、ひどいですペンギンさん…!」

「いや、悪い悪い。かわいいな、おまえは。」

「かっ、からかわないで下さい…!」

「はいはい、…おかえり。」


まるで子どもをあやすように、ペンギンさんは私の頭をぽん、と叩く。


く、悔しい。


一応同い年なのに。


「あ、これ…良かったら召し上がってください。」


気を取り直して、私は手に持っていた箱を、ペンギンさんに差し出した。


「なんだ?」

「ケーキです。たしか甘いものお好きでしたよね?少しで申し訳ないんですけど、お礼です。」


そう言うと、ペンギンさんは困ったように笑う。


「悪いな、気を遣わせた。」

「そんなことないです。ちゃっかり私の分も入ってます。」

「ははっ…そうか。前言撤回しよう。」

「へへ、はい。そうしてください。」


すると、ペンギンさんが時計を見上げた。


「迎えが来るまでまだ時間があるな。***、飯と風呂はうちで済ませたらどうだ?」

「あ…」


ど、どうしよう。


いいのかな、そこまで甘えちゃって。


「その方が泊まらせる側としては楽だと思うぞ。」

「あ、そっか、そうですよね…」


ただ寝るだけにしてたほうが、ロビンも楽だよね。


疲れて帰ってくるんだし…


「じゃあ、重ね重ねすみませんが、お言葉に甘えます。」

「よし、じゃあ先に風呂を済ませてくれ。沸かしてあるから。」

「あ、で、でも、」

「おれはおまえが行ったら出掛けるから、出先で済ます。」

「あ、そ、そうなんですね…じゃあ、いただいてきます。」


会釈をして、私は昨日もお世話になったお風呂場へ向かった。


―…‥


「わぁっ…!すごい!」


二晩も続けてイケメンに髪を乾かしてもらうのは心臓に悪いので、今日は丁重にお断りした。


お風呂から上がった私を迎えてくれたのは、とてもおいしそうな手料理。


「こ、これ、…全部ペンギンさんが?」

「あァ。」

「す、すごい…」


野菜やお肉が大きめに切られた炒めものに、じゃがいもがゴロゴロ入ったお味噌汁、大盛りに盛られたサラダなどなど…


どれもこれも、食欲をそそるような『男の手料理』。


……………あ、お腹鳴った。


「朝も思ったんですけど、ほんとにお料理上手ですね!」

「大したものは作れないんだけどな。シャチや他の奴らがよく食いに来るから、量重視だ。」

「なるほど…」

「さァ、食おう。」

「はい!」


椅子に座って、手を合わせた。


「いただきます!」


元気よくそう言って、私は朝同様、パクパクと箸を進める。


「おいしい!おいしいです、ペンギンさん!」

「ふっ…そうか。ならよかった。」


すごいなぁ、ペンギンさんは。


頭も良いしスポーツもできるしカッコイイし…


ローも、なんでもそつなくこなすけど、料理はできないしなぁ。


あと性格があれだし。


あ、うそですごめんなさい。


ペンギンさんの好きな人ってどんな人だろう。


こんなに素敵なペンギンさんに振り向かないくらいだから、よっぽど…


…………………ん?


ふと視線を感じて、私は箸と思考を止めた。


目の前に座っているペンギンさんが、頬杖をついて私を見ている。


「ど、どうしたんですか?あ、も、もしかしてご飯粒ついてます?」

「いや、…うまそうに食うなと思って。」


その表情がとても穏やかで、なんだかとても恥ずかしくなって、私は俯いてしまった。


「す、すみません、ほんとにおいしくてついモリモリと…」

「いや、その方がうれしい。」


そう言って笑うと、ペンギンさんも箸を持って食べ始める。


うーん、


ミステリアス。


食後に、私が買ってきたケーキをペンギンさんと食べていた、その時。


ピンポーン…


「お、思ったより早かったな。」


そう呟きながら、ペンギンさんは玄関口に向かう。


わわっ、ロビン来ちゃった…!


早く準備しなきゃ…!


私はお皿に乗ってるケーキを、慌てて平らげた。


ごちそうさまでした、と手を合わせて席を立つ。


それと同時に、リビングのドアが乱暴ぎみに開いた。


「あっ、おかえりなさいロビン、ちょっ、ちょっとだけまっ……………て、」


そこに立っている人を見て、私は言葉を失った。


いつもやさしく微笑んでくれる親友ではなく、


これ以上ないくらい不機嫌なカオをした、幼なじみが立っていたから。


いや、『不機嫌』とか、そんなレベルじゃない。


ただならぬそのローの空気に、思わず身震いする。


「……………え、あ、あれ、な、なんで、」

「…………………。」


ローはなにも言わず、苛立った様子でズカズカと歩くと、私のバッグを手にした。


「来い。」


そうとだけ言うと、私の手首を掴んで玄関へと歩き出す。


「わっ、ちょっ、ローまって、」


引きずられながら、ローの後ろを着いていく。


ち、ちょっとまって、


頭がついていかない、


どうしてローが、


どうしてロビンじゃないの、


だってペンギンさん、


混乱したまま、すがるようにペンギンさんを見ると、ペンギンさんは困ったように笑っている。


「悪い、***。」


ぼそりとそう呟くと、ペンギンさんは玄関のドアをパタンと閉めた。


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