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「おはようございます、ペンギンさん。」
「おはよう、***。」
翌朝、リビングへ行くと、ペンギンさんがキッチンに立っていた。
「簡単なものだが、朝飯をつくった。食うか?」
「わっ、おいしそう!いただきます!」
テーブルには、こんがり焼かれたトーストやスクランブルエッグ、サラダにフルーツなどが並んでいる。
「ありがとうございます!こんな素敵な朝ごはんができてるなんて、しあわせ…」
「簡単なものだぞ。」
「いえ!うちで食べるより豪勢です!」
「おまえはいつも何を食ってるんだ…」
朝から感動していると、ペンギンさんがめずらしく大きな欠伸をした。
「ペ、ペンギンさん…もしかして私、夜うるさかったですか?」
「ん?あァ、いや……………本を読んでいたら夢中になった。」
「あ、そうだったんですね!よかった…」
なかなか眠れなくて寝返りいっぱい打ってたから、うるさかったかと思った…
二人でいただきますをして、たわいもない会話をしながら朝食を食べていると、突然ペンギンさんがこんなことを言い出した。
「そういえば***。今日の夜、迎えが来ることになってる。」
「へ?む、迎え…ですか?」
ペンギンさんのその言葉に、私は目をまるくした。
む、迎えって、
ま、まさか…
不機嫌な幼なじみのカオを思い浮かべて、思わず身体がヒヤリとなる。
「ニコ・ロビンは今日の夜、帰国予定だと聞いた。」
「あ、……………はっ、はい!そうです!」
び、びっくりしたぁ。
ロビンか。
そうだよね。
ローにこんな状況がバレたら、ペンギンさんが怒られちゃうもんね。
さすがペンギンさん、わかってらっしゃる。
よかったよかった。
「わざわざありがとうございます。」
「それくらい構わない。ただ、到着は夜遅くなるらしい。仕事が終わったら一旦うちに戻ってくれ。」
「はい、わかりました。お言葉に甘えます。」
「そうしてくれ。犯人が捕まるまで、おれのところに置ければいいんだがな。」
「いえいえそんな!とんでもない!」
突然一晩泊めてもらっただけでも充分ありがたいのに!
「……………おれも一晩が限界だ。」
「はい?」
「***、時間はいいのか?」
「え、あ、…あ!いけない!」
時計を見て、私は慌てて席を立った。
歯を磨かせてもらってから、バッグを持って玄関口まで行くと、ペンギンさんが見送ってくれた。
「今日は出掛ける予定はない。下のインターホンを鳴らしてくれ。」
「わかりました。……………じ、じゃあ、あの、」
「?」
「い、行ってきます…」
男の人に『行ってきます』なんて、言ったことないから照れる…
ぼそぼそと呟くように言った私に、ペンギンさんは頬を緩めた。
「……………あァ、行ってらっしゃい。」
そんなペンギンさんに小さく一礼をしてドアを閉めると、私は足早に会社へと向かった。
―…‥
「お、早かったな。」
夕方、帰宅した私を、ペンギンさんはTシャツにジーパンというラフなスタイルで迎えてくれた。
カッコイイ人は、なにを着てもカッコイイからずるい。
「めずらしく早く終わって…おじゃましま、」
「『ただいま』。」
「へ?」
呆けたカオでペンギンさんを見上げると、ペンギンさんが少し意地悪なカオをして笑っている。
「『ただいま』って言ってみてくれ。」
「へ、あ、えっ、なっ、なんでですかっ、」
「いいから、ほら。」
「…………………あ、え、と……………た、……………ただいま帰りました…」
朝とまったく同じようにもごもごとそう口にすると、ペンギンさんは声を上げて笑った。
「ひ、ひどいですペンギンさん…!」
「いや、悪い悪い。かわいいな、おまえは。」
「かっ、からかわないで下さい…!」
「はいはい、…おかえり。」
まるで子どもをあやすように、ペンギンさんは私の頭をぽん、と叩く。
く、悔しい。
一応同い年なのに。
「あ、これ…良かったら召し上がってください。」
気を取り直して、私は手に持っていた箱を、ペンギンさんに差し出した。
「なんだ?」
「ケーキです。たしか甘いものお好きでしたよね?少しで申し訳ないんですけど、お礼です。」
そう言うと、ペンギンさんは困ったように笑う。
「悪いな、気を遣わせた。」
「そんなことないです。ちゃっかり私の分も入ってます。」
「ははっ…そうか。前言撤回しよう。」
「へへ、はい。そうしてください。」
すると、ペンギンさんが時計を見上げた。
「迎えが来るまでまだ時間があるな。***、飯と風呂はうちで済ませたらどうだ?」
「あ…」
ど、どうしよう。
いいのかな、そこまで甘えちゃって。
「その方が泊まらせる側としては楽だと思うぞ。」
「あ、そっか、そうですよね…」
ただ寝るだけにしてたほうが、ロビンも楽だよね。
疲れて帰ってくるんだし…
「じゃあ、重ね重ねすみませんが、お言葉に甘えます。」
「よし、じゃあ先に風呂を済ませてくれ。沸かしてあるから。」
「あ、で、でも、」
「おれはおまえが行ったら出掛けるから、出先で済ます。」
「あ、そ、そうなんですね…じゃあ、いただいてきます。」
会釈をして、私は昨日もお世話になったお風呂場へ向かった。
―…‥
「わぁっ…!すごい!」
二晩も続けてイケメンに髪を乾かしてもらうのは心臓に悪いので、今日は丁重にお断りした。
お風呂から上がった私を迎えてくれたのは、とてもおいしそうな手料理。
「こ、これ、…全部ペンギンさんが?」
「あァ。」
「す、すごい…」
野菜やお肉が大きめに切られた炒めものに、じゃがいもがゴロゴロ入ったお味噌汁、大盛りに盛られたサラダなどなど…
どれもこれも、食欲をそそるような『男の手料理』。
……………あ、お腹鳴った。
「朝も思ったんですけど、ほんとにお料理上手ですね!」
「大したものは作れないんだけどな。シャチや他の奴らがよく食いに来るから、量重視だ。」
「なるほど…」
「さァ、食おう。」
「はい!」
椅子に座って、手を合わせた。
「いただきます!」
元気よくそう言って、私は朝同様、パクパクと箸を進める。
「おいしい!おいしいです、ペンギンさん!」
「ふっ…そうか。ならよかった。」
すごいなぁ、ペンギンさんは。
頭も良いしスポーツもできるしカッコイイし…
ローも、なんでもそつなくこなすけど、料理はできないしなぁ。
あと性格があれだし。
あ、うそですごめんなさい。
ペンギンさんの好きな人ってどんな人だろう。
こんなに素敵なペンギンさんに振り向かないくらいだから、よっぽど…
…………………ん?
ふと視線を感じて、私は箸と思考を止めた。
目の前に座っているペンギンさんが、頬杖をついて私を見ている。
「ど、どうしたんですか?あ、も、もしかしてご飯粒ついてます?」
「いや、…うまそうに食うなと思って。」
その表情がとても穏やかで、なんだかとても恥ずかしくなって、私は俯いてしまった。
「す、すみません、ほんとにおいしくてついモリモリと…」
「いや、その方がうれしい。」
そう言って笑うと、ペンギンさんも箸を持って食べ始める。
うーん、
ミステリアス。
食後に、私が買ってきたケーキをペンギンさんと食べていた、その時。
ピンポーン…
「お、思ったより早かったな。」
そう呟きながら、ペンギンさんは玄関口に向かう。
わわっ、ロビン来ちゃった…!
早く準備しなきゃ…!
私はお皿に乗ってるケーキを、慌てて平らげた。
ごちそうさまでした、と手を合わせて席を立つ。
それと同時に、リビングのドアが乱暴ぎみに開いた。
「あっ、おかえりなさいロビン、ちょっ、ちょっとだけまっ……………て、」
そこに立っている人を見て、私は言葉を失った。
いつもやさしく微笑んでくれる親友ではなく、
これ以上ないくらい不機嫌なカオをした、幼なじみが立っていたから。
いや、『不機嫌』とか、そんなレベルじゃない。
ただならぬそのローの空気に、思わず身震いする。
「……………え、あ、あれ、な、なんで、」
「…………………。」
ローはなにも言わず、苛立った様子でズカズカと歩くと、私のバッグを手にした。
「来い。」
そうとだけ言うと、私の手首を掴んで玄関へと歩き出す。
「わっ、ちょっ、ローまって、」
引きずられながら、ローの後ろを着いていく。
ち、ちょっとまって、
頭がついていかない、
どうしてローが、
どうしてロビンじゃないの、
だってペンギンさん、
混乱したまま、すがるようにペンギンさんを見ると、ペンギンさんは困ったように笑っている。
「悪い、***。」
ぼそりとそう呟くと、ペンギンさんは玄関のドアをパタンと閉めた。[ 35/70 ][*prev] [next#]
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