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「おじゃまします…」


控えめにそう口にしながら、玄関口を上がる。


おしゃれな家具がバランスよく並んでいて、思わずいろんなところをまじまじと見つめてしまった。


「悪いな、散らかってて…」

「あ、いえっ…!綺麗だなと思って見とれてました!」

「ふっ…そうか。ならよかった。」


柔らかく笑って、ペンギンさんはそう答えた。


リビングに入ると、ペンギンさんはソファに座るよう私を促す。


「暖かい茶でも淹れてくる。」

「あっ、すっ、すみません…!お気遣いなく…!」


慌ててそう答える私を見て、ペンギンさんはゆるく笑うと、キッチンに立ってお茶を淹れ始めた。


その様子を、気付かれないように盗み見る。


……………よかった。


ペンギンさんが来てくれて。


あの後、私は緊張の糸がプツリと切れてしまい、すっかり頭が働かなくなってしまった。


警察とのやり取りを、すべてペンギンさんに任せてしまう始末。


ペンギンさんは面倒なカオひとつせず、丁寧に応じてくれた。


……………なにやってるんだろ、私…


いきなり呼びつけて、後始末させて…


申し訳ないことこの上ない…


そんな自分に嫌気がさして、私は小さく溜め息をついた。


「大丈夫か?」


突然近くで聞こえてきたその声にカオを上げると、心配そうに眉を寄せたペンギンさんと目が合った。


「あっ、だっ、大丈夫です!すみません…」

「疲れただろう。ほら。」


そう言って、ペンギンさんは湯気の立つマグカップをテーブルの上に置く。


「ありがとうございます…何から何まで…」

「大したことじゃない。気にするな。」


そう言いながら、ペンギンさんは私のとなりに腰掛けた。


「犯人、すぐ捕まりそうだ。手口もずさんで証拠も多い。」

「そ、そうなんですか…警察の方がそう言ってたんですか?」

「いや、おれの見解だ。」

「…………………。」


……………何者なんだ、ペンギンさん。


でも、ペンギンさんがそう言うならきっとそうなんだろうと思ってしまうからふしぎだ。


すると、マグカップに一口、口をつけてから、ペンギンさんは思いもよらぬ言葉を口にした。


「…今日はうちに泊まっていけ。」

「…………………………はい?」


呆けたカオのままでペンギンさんを見上げると、ペンギンさんは私を見ないまま話を続けた。


「空き巣に入られた家に戻れと言うのも酷だからな。だからうちに、」

「いっ、いえいえいえいえ…!!とんでもない…!!」


ここまでお世話になっておいて、それはさすがに…!!


私は必死で首を横に振った。


「き、きっともうすぐ犯人も捕まりますし、大丈夫です!1日や2日くらい、」

「空き巣は一度入った家にまた戻ってくることも少なくないらしい。」

「…………………あっ、じゃ、じゃあ今日はロビンの家に、」

「ニコ・ロビンはいま日本にいないだろう。」

「…………………。」


……………なぜご存知なんですか。


私のその表情を読み取ったのか、ペンギンさんはその理由をこう告げる。


「このあいだ偶然街で会って聞いた。」

「な、なるほど…」


なんて偶然。


「まァ、***がおれと一晩ひとつ屋根の下にいるのはごめんだ、と思っているなら無理には、」

「とっ、とっ、とっ、とんでもない…!!まっ、まさかそんなっ、」

「ふっ…じゃあ決まりだな。」


そう言って、ペンギンさんは私の頭をぽんぽんとやさしく叩く。


あっ、あわわわっ…


自然となされたその行動に、思わずどぎまぎしてしまう。


「す、すみません、ほんとに、あの、……………ありがとうございます。」


頭を下げてお礼を言うと、ペンギンさんは頬を緩めた。


それと同時に、どこからかピーっと音が鳴る。


「お、風呂が沸いた。***、入ってこい。」

「あ、いえ、ペンギンさんお先に、」

「おれはもう入った。」

「…あ、」


そうだった。


駆け付けてくれたペンギンさんの髪が濡れていたことを思い出す。


「では、お借りします…」

「あァ。タオルは風呂場の棚に入ってる。新しいのを開けてくれ。」

「あ、ありがとうございます…」

「ゆっくりな。」


柔らかく笑ってそう言うと、ペンギンさんは立ち上がってリビングのとなりの部屋へと入っていった。


私はそれを見送ると、買いもの袋の中から今日買ったばかりの下着をそそくさと取り出す。


……………買いもの行ってよかった。


ホッと息をついて、私はお風呂場へと向かった。


―…‥


お風呂から上がってリビングのドアを開けると、ペンギンさんが煙草をくわえてテレビを見ていた。


その姿が珍しくて、思わずじっと見つめていると、ペンギンさんがカオを上げる。


「上がったか。」

「はい、いいお湯でした。ありがとうございます。…ペンギンさん、煙草吸われるんですね。」

「ん?…あァ、たまにな。」


そう答えながら、ペンギンさんは灰皿に煙草を押し付けた。


「あ、すみません…!気を遣わせてしまって、」

「いや、いいんだ。もともと人前では吸わない。」

「そうなんですか…」


どこまでも紳士だなぁ、ペンギンさんは…


素晴らしい人だ、うんうん。


そう心の中で感心していると、刺さるような視線を感じた。


「?……………な、なにか…?」

「……………いや、」


私から目を逸らさないままのペンギンさんをふしぎに思ってそう尋ねると、ペンギンさんが呟くように言った。


「おまえの風呂上がりの姿、初めて見たな。」

「へ?…あ、そうかもしれませんね。あれ、でも修学旅行の時とか夜会いませんでしたっけ?」

「いや、会ってない。」

「よ、よく覚えてますね…さすが、」

「色っぽい。」

「…………………はい?」


聞き間違いかと思い、そう聞き返すと、ペンギンさんは目を細めてその言葉を繰り返した。


「色っぽい。」

「……………えっ、あっ、いやっ、……………ええ!?」


聞き間違いじゃなかった…!!


わっ、私がっ、いっ、いっ、いっ、


色っぽいって…!!


せっかくさっぱりとしたというのに、私の身体からは汗が噴き出してくる。


どっ、どうしよう…!!


そんなこと言われたことないから、どんなふうに返したらいいかわからない…!!


一人でどぎまぎしていると、ペンギンさんはドライヤーを手にして手招きした。


「乾かしてやるから来い。」

「へっ!?あっ、いやっ…!!じっ、自分で出来ます…!!」

「いいから。」

「…………………。」


……………ダメだ。


頭がパニック。


どの引き出しを引っぱり出しても、こんな時どうしたらいいのかがまるでわからない。


「…………………じ、……………じゃあ…」


私は小声でそう答えると、おずおずとペンギンさんの前に座った。


それと同時に、ブオンと音を立てて稼働するドライヤー。


ペンギンさんの大きな手が、私の頭に触れた。


「…………………。」

「…………………。」


…………………やさしいな、ペンギンさん。


通り魔と空き巣に狙われた不運な私を気遣ってのことだと察して、私は素直に甘えることにした。


……………ペンギンさんって、やっぱり面倒見がいいんだろうな。


いつも一緒にいるシャチくんがうらやましい…


でもきっと、恋人には、もっとやさしいんだろうなぁ。


ペンギンさんと付き合える人は、しあわせだ。


ペンギンさんの恋人は、いったいどんな綺麗な…


………………………。


「…………………ああっ!!」

「!…なんだ、いきなり、」

「ペっ、ペンギンさん!!彼女さんは!?」

「…は?」


叫び声と共にペンギンさんの方へ勢いよく振り返ると、ドライヤーが止まる。


「かっ、彼女さん来てましたよね!?あのっ、電話口でっ、」

「…………………あァ、あれか。」


そうだ!そうだった!


なんか大事なこと忘れてると思ったら!


「すっ、すみません!!もしかして帰っちゃったんですか!?わっ、私やっぱり帰、」

「別に彼女じゃない。」

「…………………へ?」


まぬけに口をぽかんと開けた私に、ペンギンさんはなんてことないように言った。


「今日初めて会った女だ。もうカオも覚えてない。」

「……………あ、そ、……………そっ、そうなんですね!じ、じゃあ大丈夫ですね!あははっ…」

「…ほら、早く乾かさないと風邪引くぞ。」

「は、はい。」


ペンギンさんに諭すようにそう言われて、私はまた元の体勢に戻った。


………………………。


初めて会った女の人が、夜シャワーだけ借りに来た…


……………わけないよね、うん。


意外だな。


ペンギンさんはどっちかっていうと、


「…軽蔑したか?」

「へ?い、いえ、そんなことは…ただ、ちょっと意外だなって思いました。」

「意外?」

「は、はい。あの、勝手なイメージですけど、ペンギンさんは一人の人を一途に想うタイプだと思ってたので…」

「…………………。」


……………あ、あれ、


気悪くしちゃったかな。


「そっ、そんな勝手なイメージ持たれても困りますよね!すみませんでし、」

「想ってる。」

「…え?」


ドライヤーが止まったので、ペンギンさんの方へ振り返ると、ペンギンさんがまっすぐに私を見ていた。


あまりにも真剣なまなざしに、一瞬息が止まる。


「想ってるよ、一人を。……………ずっと。」

「…………………。」

「気持ち悪いだろう。男がずっと片想いなんて、」

「そんなこと、ありません。」

「…………………。」

「そんなこと……………ないと思います。」

「……………そうか。」


小さく呟くようにそう言った私に、ペンギンさんは困ったように笑う。


……………そっか。


ペンギンさんも…


こんなに素敵な人なのにな。


うまくいかないもんだな。


「……………臆病なだけだ。おれも……………キャプテンも。」

「え?」

「もう休もう。明日も仕事だろう?来客用のベッドがあるから、そっちを使ってくれ。」

「え、あ、は、はい…ありがとうございます…」

「こっちだ。」


立ち上がったペンギンさんに着いていくと、先程ペンギンさんが入っていった部屋のドアが開けられた。


「なにかあったら呼んでくれ。おれはとなりの部屋にいる。」

「は、はい…あの、今日は本当にありがとうございました…」

「あァ、おやすみ。」

「おやすみなさい…」


そう言い終わったところで、パタンとドアが閉まる。


綺麗にベッドメイキングされたそこへ、引き込まれるように身体を沈めた。


「ふかふかー…」


柔軟剤の良い香りに包まれながら、さっきのペンギンさんの言葉をぼんやりと思い出す。


『臆病なだけだ。おれも……………キャプテンも。』


……………ローが、


『臆病』…?


……………全然しっくりこない。


あんなに自信満々で、怖いもの知らずなローが…


目を瞑ると、


まぶたの裏には、いつものように意地悪く笑うローのカオ。


『***…!!』


…………………あのとき、


一瞬、ローだと思った。


……………来るわけないのに。


そんなわけ、ないのに。


途端に息が苦しくなって、私はぎゅっと胸を抑えた。


私今日、


ローと出会って、初めて、


もう、ローには頼っちゃダメなんだって、思った。


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