33

両手に戦利品を引っ提げて、私は意気揚々と家路に着いた。


久しぶりにいっぱい買っちゃった!


髪も切ったし、おいしいものも食べたし…


今日はいい休日だったなぁ。


そうだ!


帰ったら一人ファッションショーでもしよう!


これから暖かくなるみたいだし、目一杯おしゃれして友だちといっぱいお出掛けしたいな。


あっ、そういえばロビンと旅行に行く約束してたんだった!


ロビンはいま海外でお仕事中だから、帰ってきたらさっそく旅行の計画立てて…


……………旅行、の…


「…………………。」


無理矢理ハイに持っていっていたテンションが、みるみるうちにローになっていく。


……………ダメだ。


やっぱり、なにをやってても頭から離れない。


…………………今日から、


ローとダリアさんは、旅行に行っている。


一泊ウン十万円もする高級老舗旅館に一泊二日。


……………いいな、高級老舗旅館。


ご飯もおいしいんだろうな。


いいな、いいな。


…………………ローと、旅行…


……………ってバカ!


考えない考えない!


そう思いながら、左右に強く頭を振る。


この一連の流れ、これで今日何回目だろう。


気晴らしにと外へ出てみても、1分に1回は考えてしまう。


おかげでいつもの倍以上体力を使ってしまった。


「……………今日はもう早く休もう…」


玄関の前に立って、そんなことを呟きながらカギを回した。


………………………。


…………………ん?


あれ?


…………………カギが、開いてる…


うそっ、


私、カギ閉めないで出掛けたの…!?


不用心にも程がある…


こ、このことはローには内緒にしよう。


ぜったいに怒られる。


そんなことを考えながらドアを開けた。


そして、目の前に広がる光景に、思わず言葉を失う。


「……………な、に……………これ…」


家の中が、


引っくり返したように、めちゃくちゃになっている。


床には、泥で型どられた大きな靴跡。


心臓が、バクンと一回大きく鳴って、その後狂ったように加速した。


……………どっ、どうしよう…!!


これ、泥棒だよね…!?


こういうときって…


けっ、警察…!!


警察に電話しなきゃ…!!


震える手で、バッグから携帯電話を取り出そうとしたときだった。


……………ガタンっ!!


「…!!」


部屋の奥から、大きな物音が聞こえた。


まさか…


だれか……………いる…


私は弾かれるように玄関を開けて、外へとび出した。


少しだけ離れたところまで走ってくると、乱れた息をそのままにアドレス帳を表示する。


……………どうしよう、


どうしよう…!!


だれか、だれかっ…!!










『なにかあったら、連絡しろ。』










「っ、……………ロー、」


無我夢中で、画面からその名前を探した。


それを表示して発信ボタンに指を置く。










『トラファルガー先生と旅行なんて、夢みたい。ねェ、***ちゃん!私のほっぺたつねってみてくれないかしら!』

『えぇ!?で、できませんよ…!そんな綺麗なおカオに…!』

『だってまだ信じられないんだもの!あー、ほんとに楽しみ!おみやげ買ってくるわね、***ちゃん!』










……………ローは、


きっと、来てくれる。


来てくれる、けど。


……………ダリアさん、


あんなに楽しみにしてたのに…


「…………………。」


無意識に、表示されたその名前を画面から消した。


そして、なぜか迷うことなく次に表示した違う人の名前。


私は少しだけ迷ったあと、発信ボタンを押した。


何回かのコール音のあと、鼓膜に届く心地の良いやさしい声。


『……………***?おまえがおれに電話なんて、めずらしいな。どうした?』

「……………ペ、ンギ、ンさ…」


掠れながらもその名前を呼ぶと、ペンギンさんの声が少し強張る。


『***?どうした?なにがあった?』

「あ、の…いま、いえ、つい、かえっ、たら、なかが、」

『落ち着け、***。ゆっくり話すんだ。な?』


私を落ち着かせるようにと、ゆっくりやさしく語りかけるその声に、早まっていた鼓動が治まっていく。


「あ、あの、いま家に帰ってきたら、」


……………その時、


『ペンギーン、おまたせ!お風呂上がったよ……………あ、電話中?』


遠くの方から聞こえた弾むような女性の声。


『ちょっと待ってくれ。……………***、悪い。それで、なにがあった?』

「あ……………の、」

『***?どうした?』

「あ、も、もしかして……………ペンギンさんですか?」

『…は?』


私がそう言うと、ペンギンさんがすっとんきょうな声を上げた。


「や、やだ、私間違ってかけてました!」

『…間違って?』

「あ、ほ、ほんとは、あの……………ペ、ペン、……………ペンタゴン部長にかけようと思ってて!」

『…………………。』

「ほっ、ほんとにすみませんでした!こんな遅くに…」

『……………いや、気にするな。』

「は、はい!では失礼します!」


わざとらしいくらいに元気よくそう答えると、私は逃げるように終話ボタンを押した。


―…‥


……………はじめからこうすればよかった。


せわしなく点滅する赤を見つめながら、ぼんやりとそんなことを考えた。


今頃ファッションショーを繰り広げていたであろう部屋の中では、警察の人たちが動き回っている。


犯人は窓から逃げていたのか、部屋にはだれもいなかったらしい。


「はぁ…」


私はパトカーのすぐ脇にしゃがみこんだ。


……………今日、どうしよう。


泥棒に入られた部屋に一人でいるの、怖い。


まだ犯人捕まってないし…


でも、ロビンはいま日本にいないし…


他の友だちにいきなり泊めてっていうのもな…


あとは、えっと、


うーん…


………………………。


……………なんか考えるの疲れてきちゃった。


仕方ないから、今日は電気もテレビもつけっぱなしで寝ようかな…


……………それにしても、


通り魔の次は空き巣って。


ここ何日かで一生分の危険に晒された気分だ。


呪われてるのかな。


一回お祓いでもしてもらっ


「***…!!」


その焦ったような声が聞こえてきたのと同時に、強く引かれる腕。


腕を掴んだままのその手を目で辿っていくと…


「……………ペ、ンギンさん…?」

「この騒ぎはなんだ?怪我は?おまえ、大丈夫なのか?」


そう問い掛けながら、ペンギンさんはせわしなく私の身体を見たり触ったりしている。


「怪我はないな…いったいなにが、」

「…どうしてですか?」

「?…なにがだ?」


私のその問い掛けに、ペンギンさんは目をまるくする。


「どうしてここに…?」

「…………………。」

「……………電話、間違えて掛けたって言ったのに…」

「……………あんな様子じゃ、だれだってなにかあったと思う。」

「…………………。」

「それに、『家に帰ってきたら』って言ってたからな。家でなにかあったんだと思って…」


そう答えてくれたペンギンさんの姿を見ると、部屋着のようなスウェットにサンダル。


髪は濡れていて、お風呂上がりのようだった。


……………きっと、


慌てて来てくれたんだ。


呼吸も、途切れ途切れ。


あの、いつも落ち着いてるペンギンさんが…


胸に、熱いものが込み上げてくる。


……………どうしよう。


いま、ちょっとでも気抜いたら、


私、


「なにがあったんだ?話せるか?」

「……………あ、えっと、な、なんか、ど、泥棒に入られたみたいで、」

「泥棒?…それでこの騒ぎか。」

「あ、慌てちゃって、あの、最初から、け、警察に掛ければよかったのに、」

「気が動転してればだれでもそうなる。気にするな。」

「…………………。」


……………ヤバイ。


どうしよう、


どうしよう。


「なっ、なんか最近私ついてないですよね!」


私は、振り絞るように元気よくカオを上げた。


「おっ、お祓いでも行こうかなって思ってたんです!」

「…………………。」

「ペ、ペンギンさんどこかいい神社ご存知ですか?」

「…………………。」

「あれ、神社じゃなくてお寺でしたっけ?たまにどっちがどっちか分からなくなりませんか?あははっ…」

「…………………。」

「そ、それから、」


ペンギンさん、恋人と一緒にいたんだよね。


ジャマして申し訳なかったな。


せっかく好きな人と一緒にいたのに。


早く恋人のところに帰してあげなきゃ。


……………ローも、


きっと今頃、ダリアさんと笑い合ってる。


……………なんか、私、


私だけ、ひとりぼっちで、


……………恥ずかしい。


「あ、あの、も、もう大丈夫です!お騒がせしてすみませんでした!来てくださって、ありが、……………!!」


……………次の瞬間、


感じたのは、強く引かれた腕の感触と、


暖かい、ひとの体温。


なにが起きたのかわからず、すっぽりとペンギンさんの胸に収まりながら、『ペンギンさんって身体が大きいんだな』なんて呑気な感想が頭をよぎった。


だきしめられていると分かった瞬間、ぶわりと身体中の血が沸く。


「ペっ、ペペペっ、ペンギンさん!!どっ、どうし、」

「……………怖かったな。」

「……………え?」


そう言って、ペンギンさんは私の頭をゆっくりなでる。


「もう、大丈夫だ。」

「…………………。」

「あとのことは、おれに任せろ。」

「…………………。」

「おまえはもう、なにも考えなくていい。」


頭をなでたままだった手の動きが止まると、ペンギンさんの両腕に力がこもる。










「……………もう、一人で頑張るな。」










その瞬間、


壊れたように、ぼたぼたと流れ出す涙。


「っ、……………ペっ、ンギンさっ、」

「…あァ。」

「っ、苦し、いです…」

「……………あァ、悪い。」


そう謝りながらも、より一層その力は強くなるばかり。


「苦しかったら、思いきり泣け。」

「…っ、」


その一言が、とどめになって、


私は思いきり声を上げて、泣いた。


……………苦しい。


苦しい。


苦しい。










苦しいよ、ロー。


[ 33/70 ]

[*prev] [next#]
[mokuji]
[しおりを挟む]



「#年下攻め」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -