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両手に戦利品を引っ提げて、私は意気揚々と家路に着いた。
久しぶりにいっぱい買っちゃった!
髪も切ったし、おいしいものも食べたし…
今日はいい休日だったなぁ。
そうだ!
帰ったら一人ファッションショーでもしよう!
これから暖かくなるみたいだし、目一杯おしゃれして友だちといっぱいお出掛けしたいな。
あっ、そういえばロビンと旅行に行く約束してたんだった!
ロビンはいま海外でお仕事中だから、帰ってきたらさっそく旅行の計画立てて…
……………旅行、の…
「…………………。」
無理矢理ハイに持っていっていたテンションが、みるみるうちにローになっていく。
……………ダメだ。
やっぱり、なにをやってても頭から離れない。
…………………今日から、
ローとダリアさんは、旅行に行っている。
一泊ウン十万円もする高級老舗旅館に一泊二日。
……………いいな、高級老舗旅館。
ご飯もおいしいんだろうな。
いいな、いいな。
…………………ローと、旅行…
……………ってバカ!
考えない考えない!
そう思いながら、左右に強く頭を振る。
この一連の流れ、これで今日何回目だろう。
気晴らしにと外へ出てみても、1分に1回は考えてしまう。
おかげでいつもの倍以上体力を使ってしまった。
「……………今日はもう早く休もう…」
玄関の前に立って、そんなことを呟きながらカギを回した。
………………………。
…………………ん?
あれ?
…………………カギが、開いてる…
うそっ、
私、カギ閉めないで出掛けたの…!?
不用心にも程がある…
こ、このことはローには内緒にしよう。
ぜったいに怒られる。
そんなことを考えながらドアを開けた。
そして、目の前に広がる光景に、思わず言葉を失う。
「……………な、に……………これ…」
家の中が、
引っくり返したように、めちゃくちゃになっている。
床には、泥で型どられた大きな靴跡。
心臓が、バクンと一回大きく鳴って、その後狂ったように加速した。
……………どっ、どうしよう…!!
これ、泥棒だよね…!?
こういうときって…
けっ、警察…!!
警察に電話しなきゃ…!!
震える手で、バッグから携帯電話を取り出そうとしたときだった。
……………ガタンっ!!
「…!!」
部屋の奥から、大きな物音が聞こえた。
まさか…
だれか……………いる…
私は弾かれるように玄関を開けて、外へとび出した。
少しだけ離れたところまで走ってくると、乱れた息をそのままにアドレス帳を表示する。
……………どうしよう、
どうしよう…!!
だれか、だれかっ…!!
『なにかあったら、連絡しろ。』
「っ、……………ロー、」
無我夢中で、画面からその名前を探した。
それを表示して発信ボタンに指を置く。
『トラファルガー先生と旅行なんて、夢みたい。ねェ、***ちゃん!私のほっぺたつねってみてくれないかしら!』
『えぇ!?で、できませんよ…!そんな綺麗なおカオに…!』
『だってまだ信じられないんだもの!あー、ほんとに楽しみ!おみやげ買ってくるわね、***ちゃん!』
……………ローは、
きっと、来てくれる。
来てくれる、けど。
……………ダリアさん、
あんなに楽しみにしてたのに…
「…………………。」
無意識に、表示されたその名前を画面から消した。
そして、なぜか迷うことなく次に表示した違う人の名前。
私は少しだけ迷ったあと、発信ボタンを押した。
何回かのコール音のあと、鼓膜に届く心地の良いやさしい声。
『……………***?おまえがおれに電話なんて、めずらしいな。どうした?』
「……………ペ、ンギ、ンさ…」
掠れながらもその名前を呼ぶと、ペンギンさんの声が少し強張る。
『***?どうした?なにがあった?』
「あ、の…いま、いえ、つい、かえっ、たら、なかが、」
『落ち着け、***。ゆっくり話すんだ。な?』
私を落ち着かせるようにと、ゆっくりやさしく語りかけるその声に、早まっていた鼓動が治まっていく。
「あ、あの、いま家に帰ってきたら、」
……………その時、
『ペンギーン、おまたせ!お風呂上がったよ……………あ、電話中?』
遠くの方から聞こえた弾むような女性の声。
『ちょっと待ってくれ。……………***、悪い。それで、なにがあった?』
「あ……………の、」
『***?どうした?』
「あ、も、もしかして……………ペンギンさんですか?」
『…は?』
私がそう言うと、ペンギンさんがすっとんきょうな声を上げた。
「や、やだ、私間違ってかけてました!」
『…間違って?』
「あ、ほ、ほんとは、あの……………ペ、ペン、……………ペンタゴン部長にかけようと思ってて!」
『…………………。』
「ほっ、ほんとにすみませんでした!こんな遅くに…」
『……………いや、気にするな。』
「は、はい!では失礼します!」
わざとらしいくらいに元気よくそう答えると、私は逃げるように終話ボタンを押した。
―…‥
……………はじめからこうすればよかった。
せわしなく点滅する赤を見つめながら、ぼんやりとそんなことを考えた。
今頃ファッションショーを繰り広げていたであろう部屋の中では、警察の人たちが動き回っている。
犯人は窓から逃げていたのか、部屋にはだれもいなかったらしい。
「はぁ…」
私はパトカーのすぐ脇にしゃがみこんだ。
……………今日、どうしよう。
泥棒に入られた部屋に一人でいるの、怖い。
まだ犯人捕まってないし…
でも、ロビンはいま日本にいないし…
他の友だちにいきなり泊めてっていうのもな…
あとは、えっと、
うーん…
………………………。
……………なんか考えるの疲れてきちゃった。
仕方ないから、今日は電気もテレビもつけっぱなしで寝ようかな…
……………それにしても、
通り魔の次は空き巣って。
ここ何日かで一生分の危険に晒された気分だ。
呪われてるのかな。
一回お祓いでもしてもらっ
「***…!!」
その焦ったような声が聞こえてきたのと同時に、強く引かれる腕。
腕を掴んだままのその手を目で辿っていくと…
「……………ペ、ンギンさん…?」
「この騒ぎはなんだ?怪我は?おまえ、大丈夫なのか?」
そう問い掛けながら、ペンギンさんはせわしなく私の身体を見たり触ったりしている。
「怪我はないな…いったいなにが、」
「…どうしてですか?」
「?…なにがだ?」
私のその問い掛けに、ペンギンさんは目をまるくする。
「どうしてここに…?」
「…………………。」
「……………電話、間違えて掛けたって言ったのに…」
「……………あんな様子じゃ、だれだってなにかあったと思う。」
「…………………。」
「それに、『家に帰ってきたら』って言ってたからな。家でなにかあったんだと思って…」
そう答えてくれたペンギンさんの姿を見ると、部屋着のようなスウェットにサンダル。
髪は濡れていて、お風呂上がりのようだった。
……………きっと、
慌てて来てくれたんだ。
呼吸も、途切れ途切れ。
あの、いつも落ち着いてるペンギンさんが…
胸に、熱いものが込み上げてくる。
……………どうしよう。
いま、ちょっとでも気抜いたら、
私、
「なにがあったんだ?話せるか?」
「……………あ、えっと、な、なんか、ど、泥棒に入られたみたいで、」
「泥棒?…それでこの騒ぎか。」
「あ、慌てちゃって、あの、最初から、け、警察に掛ければよかったのに、」
「気が動転してればだれでもそうなる。気にするな。」
「…………………。」
……………ヤバイ。
どうしよう、
どうしよう。
「なっ、なんか最近私ついてないですよね!」
私は、振り絞るように元気よくカオを上げた。
「おっ、お祓いでも行こうかなって思ってたんです!」
「…………………。」
「ペ、ペンギンさんどこかいい神社ご存知ですか?」
「…………………。」
「あれ、神社じゃなくてお寺でしたっけ?たまにどっちがどっちか分からなくなりませんか?あははっ…」
「…………………。」
「そ、それから、」
ペンギンさん、恋人と一緒にいたんだよね。
ジャマして申し訳なかったな。
せっかく好きな人と一緒にいたのに。
早く恋人のところに帰してあげなきゃ。
……………ローも、
きっと今頃、ダリアさんと笑い合ってる。
……………なんか、私、
私だけ、ひとりぼっちで、
……………恥ずかしい。
「あ、あの、も、もう大丈夫です!お騒がせしてすみませんでした!来てくださって、ありが、……………!!」
……………次の瞬間、
感じたのは、強く引かれた腕の感触と、
暖かい、ひとの体温。
なにが起きたのかわからず、すっぽりとペンギンさんの胸に収まりながら、『ペンギンさんって身体が大きいんだな』なんて呑気な感想が頭をよぎった。
だきしめられていると分かった瞬間、ぶわりと身体中の血が沸く。
「ペっ、ペペペっ、ペンギンさん!!どっ、どうし、」
「……………怖かったな。」
「……………え?」
そう言って、ペンギンさんは私の頭をゆっくりなでる。
「もう、大丈夫だ。」
「…………………。」
「あとのことは、おれに任せろ。」
「…………………。」
「おまえはもう、なにも考えなくていい。」
頭をなでたままだった手の動きが止まると、ペンギンさんの両腕に力がこもる。
「……………もう、一人で頑張るな。」
その瞬間、
壊れたように、ぼたぼたと流れ出す涙。
「っ、……………ペっ、ンギンさっ、」
「…あァ。」
「っ、苦し、いです…」
「……………あァ、悪い。」
そう謝りながらも、より一層その力は強くなるばかり。
「苦しかったら、思いきり泣け。」
「…っ、」
その一言が、とどめになって、
私は思いきり声を上げて、泣いた。
……………苦しい。
苦しい。
苦しい。
苦しいよ、ロー。[ 33/70 ][*prev] [next#]
[mokuji]
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