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「……………あ…」

「…………………。」


回診から戻ったダリアは、自分のデスクに座ったローと出くわした。


「も、戻ってたのね…」

「……………あァ。」

「あの患者さんはどうだった?」

「…まァまァだな。」

「そう…」


ダリアは、チラリとローの姿を瞳に映した。


あの日の、別人のようなローを思い出して、ダリアは震えてくる身体を必死で抑える。


「……………***ちゃん、」

「あ?」

「よかったわね。…もうだいぶいいみたい。」

「……………あァ。」

「この分だと予定より早く」

「それはおれが決める。」


ピシャリとそう言いきったローに、ダリアはビクリと身体を揺らした。


「え、えぇ…そうね…口出ししてごめんなさい…」

「…………………。」


ローはそんなダリアを一瞥すると、ポツリと呟くように口にした。


「別に、かまわねェよ。」

「……………え?」


なんのことを言っているのか、ダリアはわからずに眉を寄せた。


「おまえがおれをどう思おうが、別にかまわねェ。」

「……………ト、トラファルガー先」

「怖ェんだろ、おれが。」

「……………そ、そんなこと…」


ローは立ち上がると、ダリアをまっすぐに見た。


「離れてェなら、それでいい。」

「…………………。」

「別の男、探せ。」

「…………………。」

「おれは……………おれには、***がいれば、それでいい。」

「…!」


ローはそれだけ言うと、立ち竦むダリアをそのままに立ち去っていった。


―…‥


「ダリア…か?」

「……………ペンギン…」


外のベンチに座ってぼんやりとしていると、聞きなれた穏やかな声が聞こえてきた。


「……………久しぶりね。…***ちゃんのところに?」

「あァ、いまから行くところだ。……………となり、いいか?」


ダリアは、どうぞ、という意味で腰を浮かせて右へ寄った。


「……………今日は天気が良いな。……………***は散歩くらいはできそうか?」

「えぇ、傷口がまだ治りきってないから、車椅子に座ってなら大丈夫よ。」

「…そうか。なら良かった。」


そうふわりと笑ったペンギンは、いつものそれと変わらない。


あの日のあれは、幻だったのだろうか。


そう思ってしまうほどに、この男もまた、あの日は別の表情を見せた。


「……………このあいだは、ごめんなさい。」

「…………………。」

「でしゃばったことをしたわ。」

「…………………。」

「あなたたちには、あなたたちの『ルール』があるのね。」

「……………あァ、そうだ。」

「ふふっ…怖いから、聞かないでおくわ。」

「……………助かる。」


ペンギンは安堵したように微笑むと、空を見上げた。


「……………ねぇ、ペンギン…」

「なんだ?」

「……………トラファルガー先生と***ちゃんって……………ほんとにただの幼なじみ?」


ペンギンは少しだけ目をまるくしたが、すぐにいつもの表情に戻る。


「……………あァ、そうだ。」

「……………そう…」

「なぜそんなことを聞く?」

「…………………見たの。」

「見た…?なにを?」


眉を寄せたペンギンを横目に、ダリアは***が目を覚ました日のことを思い出していた。


「……………トラファルガー先生が、***ちゃんをだきしめてるところ。」

「…………………。」

「……………とても愛おしそうに……………それでいて、どこか情熱的に…」

「…………………。」

「……………それに、」

「……………それに…?」


だきしめられていた***からは、見えていなかっただろう。


ダリアのまぶたには、あの時のローの表情が焼きついている。










いまにも泣き出しそうな、あの表情が。










「……………『だきしめる』なんて、トラファルガー先生のイメージにないと思わない?」

「たしかに……………そうだな。」

「多分、はじめてだと思うわ。」

「……………だろうな。」

「私も……………身体は重ねてるけど……………だきしめられたことはないの。」

「…………………。」


「少し……………いいえ、すごく、***ちゃんに嫉妬しちゃったわ。」


ダリアはそう言いながら、困ったように笑った。


「二人のことは、よくわからない。……………おれやシャチがキャプテンと出会ったとき、もう***はキャプテンのとなりにいたからな。」

「…………………。」

「だが……………おそらく、キャプテンは***に『救われた』んだと思う。」

「『救われた』…?」

「……………あァ…」


そう答えながら、ペンギンは遠く空を見つめた。










『***……………おれを、独りにするな…』










手術後、あの病室で、


ローが、うわごとのように言っていた言葉。


弱々しく、懇願するようなその声が、


いまも、ペンギンの耳から離れないでいる。


「***はああいうヤツだ。……………お人好しで、邪心がない。」

「…えぇ、そうね。」

「キャプテンは、他人に心を許したり、寄せたりすることが、そう安易にできるひとじゃない。」

「たしかに、そうだわ。」

「だが、***には……………***にだけは、完全に心を寄せている。」

「…………………。」

「昔、二人になにがあったのかはわからないが……………おそらく***は……………独りきりだったキャプテンを救ったんだ。」

「…………………。」

「計算してやったことじゃない。キャプテンがかわいそうだとか、そんなふうにも思ってない。……………ただ自分がキャプテンと一緒にいたかった。……………それだけのことだ。」

「ふふっ…***ちゃんらしいわね。……………そんな***ちゃんだから、トラファルガー先生も心を許せたのね、きっと…」


……………***なら、


どんなローを知っても、迷いなく、ローのとなりにいるだろう。


ダリアは、そう感じとっていた。


「……………おまえはどうしたい、ダリア。」

「え…?」

「本当のキャプテンを知っても……………それでもそばにいたいか?」

「…………………。」


…………………私は…


「おまえがどんな答えを出しても、キャプテンはきっとなんとも思わない。……………あのひとには、***がいればいいからな。」

「……………えぇ、わかってる。」

「だから、だれもおまえを責めたりしない。」


立ち上がったペンギンの後ろ姿を、ダリアは見つめた。


「おまえがキャプテンから離れたとしても……………おれはおまえを友だちだと思ってる。」

「……………ペンギン…」

「またなにかあったら、いつでも話を聞く。」


じゃあな、と言ってペンギンは***の病室へと歩みを進めた。


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