28

………………………。


……………ダメだ。


…………………眠れない。


私は身体を起こすと、小さく溜め息をついた。


……………どうしたんだろう、ダリアさん…


昼間の、ダリアさんのただならぬ様子を思い出す。


……………なんか…


怯えてるみたい、だったな…


それが気になって気になって、どうにも寝つけずにいた。


……………明日、ローに相談してみようかな。


いそがしいかもしれないけど…


尋常じゃなかったもんな…


なにか悩んでることがあるなら、話聞くくらいは私にもできるし…


そんなことを考えていると、病室の外からヒタヒタとひとの歩く足音が聞こえてきた。


思わず身体が硬直する。


……………だ、だれかトイレに起きたのかな…


は、犯人は逮捕されたんだし…


大丈夫、だいじょ


すると、その足音がピタリと私の病室の前で止まる。


ドッキーンとひとつ胸が高鳴ったのと同時に、ドアが開かれた。


「ぎゃ…!!」


叫びそうになった口を、寸でのところで両手で抑えた。


「なんだ、起きてたのかよ。」

「(ロっ、ロー…!!)」

「……………なにしてんだおまえ。」


そう呆れたように言いながら、ローは私の方へと歩いてくる。


……………ど、どうしてローがこんな時間に…


「調子のって夜更かししてんじゃねェよ。………さっさと寝ろ、バカ。」

「な、なんか眠れなくて………ロ、ローどうしたの?こんな時間に…」

「……………近くの病室に用があったから、ついでに寄った。」

「そ、そうだったんだ…」


……………こんな時間にローに会えるなんて…


ありがとう、近くの病室の患者さん。


ローは近くにあった椅子に座ると、なぜか私のカオをジッと見つめた。


「なっ、なにっ…」

「……………眠れねェって、」

「え?」

「……………調子、悪ィんじゃねェだろうな。」


しかめられたその表情に、らしくない不安が滲んでいて、私は慌てて否定した。


「あっ、ちっ、違うよ!身体の調子はもう全然!」

「……………そうかよ。」


そう答えると、ローの表情が心なしか和らいだ。


「それにしても、ゴキブリ並みの回復の早さだな。」

「ゴ、ゴキブリって回復早いの?」

「おれが知るか。」

「そ、そんな。」


いつもの、ローとのたわいない会話。


もし、助からなかったら、


この時間もなくなってしまっていたんだと思うと、いつも以上に大切に思える。


「まァ毎晩あんだけぐーすか寝てたら、治りも早ェか。」

「…………………へ?」


ま、


毎晩…?


「あ?なんだよ。」


呆けたカオをした私を見て、ローは怪訝そうに眉を寄せる。


「ロー………もしかして………毎晩私の病室きてくれてたの?」


そう聞くと、ローは一瞬「しまった」とでもいうように目をまるくした。


…………………ほ、ほんとだ…!


このカオはほんとだ…!


毎晩、私の様子見にきてくれてたんだ…


もしかして、近くの病室に用があったっていうのは…


ほわりと胸が暖かくなって、自然と頬が緩んでしまう。


「…………………ベッドから転げ落ちてまた怪我でもされたら面倒だからな。」

「…………………。」

「……………なんだそのカオ。」

「……………ありがとう、ロー。」

「……………なにがだよ。うぜェ。気味悪ィカオして笑ってんな。」


ローは罰が悪そうに私から視線をそらすと、おもむろに立ち上がった。


き、気味悪いって…


素直じゃないなぁ、もう…


…………………えへへ。


「……………さっさと治せよ。」

「う、うん…!」

「ベポんとこ、行くんだろ。」

「…!!うっ、うんっ…!いっ、行くよっ…!」


私が慌ててそう答えると、ローが口角を上げた。


よっ、よかった…!


まだデートの約束忘れられてなかった…!


「34ページのやつ、作ってこいよ。」


去りぎわに、ふとローがそんなことを口にする。


「へ?……………さ、34ページ?」


……………な、なにそれ。


「あァ、じゃあな。さっさと寝ろよ。」


頭に?を浮かべた私をそのままに、ローは後ろ手に手を振って病室を出ようとした。


さ、34ページってなに?


なんの話?


……………っていうか私…


なんかすごく大切なこと忘れてるような…


「あっ…!!ロ、ローまって…!!」


私のその呼び掛けに、ローは病室のドアに掛けた手を引いた。


「うるせェな。でけェ声出すな。何時だと思ってんだ。」

「あっ、ごっ、ごめん………じ、じつはローに相談があって…」

「相談?………なんだよ。」


めずらしい、とでもいうように、ローは目をまるくした。


「あ、あの……………ダ、ダリアさんのことなんだけど…」

「……………ダリア…?」


その名前を口にすると、ローの眉がピクリと上がる。


…………………あ、あれ…?


な、なにいまの…


「う、うん………今日診察しにきてくれて、久しぶりに会ったんだけど………なんだか元気がなかったっていうか…」

「…………………。」

「お、怯えてるっていうか…」

「…………………。」

「と、とにかくなんか、様子がおかしくて…」

「…………………。」


なぜか、ローはなにも言わない。


いつもペラペラとしゃべるようなひとではないけど…


黙っているその空気が、いつものそれとは違和感を感じて。


…………………そっか、


……………ダリアさん、


『ローと』、なにかあったんだ。


なんとなく、そう思った。


「あ、ま、まぁ、でも………大丈夫かな!ダリアさんには、ローもいるし…」

「…………………。」

「わ、私に言われなくてもローも気にかけてるよね、きっと…」

「…………………。」


二人の問題なら、私がしゃしゃり出ることじゃない。


そう思った私は、わざと明るめにそう続けた。


「…………………あァ、そうだな。」


呟くように放たれたその言葉に、私の胸がズキリと軋む。


「……………他人の心配してるヒマあったら、自分の身体のこと考えろ、バカ。」

「そ、そうだね。」

「さっさと寝ろよ。」

「は、はい。」


うつむきながらそう答えると、ふと頭に感じる柔らかい感触。


驚いてカオを上げると、ローが私の頭をふわふわとなでていた。


「ロ、ロー…」

「……………こうするとベポは寝る。」

「……………ベ、ベポは白くまだよ、ロー。」

「似たようなもんだろ。」

「そ、そんなバカな。」


ローはユルリと口元を緩めると、ポンポンとふたつ頭を叩いた。


……………別のイミで眠れなくなりそう。


「大人しく寝ろよ。」

「は、はい。……………おやすみなさい、ロー…」


そう言うと、ローは小さく、あァ、と答えて、病室から出ていった。


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