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「ベポ!」
そう呼び掛けると、まあるい耳がピクリと揺れる。
ぐわんっ、と勢いよく振り向くと、ベポは「***ー!」と叫びながら走り寄ってきた。
……………いや、だから叫びながらはおかしい。
「ベポ、ひさしぶりだね!おじゃましてもいい?」
そう伺うと、ベポは私を迎えいれてくれるかのように、いつもの位置まで誘導する。
ベポと私、それに、ロー。
いつも三人で、日向ぼっこをするところだ。
「今日もいい天気だねェ、ベポ。」
抜けるような、スカイブルーの空を見上げる。
小さな白い雲が、ひとつだけぽつんと浮かんでいた。
『トラファルガー先生のお見送り、来てくれないかしら?』
ダリアさんのその依頼に、私は首をたてに振ることができなかった。
ローに会ったら。
今の私はきっと、ローを困らせることしかできない。
『少し考えさせてください。』
そう答えて、私はあの日、ダリアさんと別れた。
「もう、ここにも一緒に来られないなー…」
ここだけじゃない。
いつも説教されてた居酒屋も、
本の片付けをさせられたローのマンションも、
なんとなくいつも待ち合わせに使ってたデパートの端っこも。
すべてすべて、思い出になっていく。
ローにとってもそう。
ローにとって、きっと私という存在は、
長い人生の、ほんの『ひとかけら』にすぎなくなる。
そのうちきっとどこかに紛れて、ローも探しだせなくなってしまうかもしれない。
ずっと好きだった人の、そんなちっぽけな存在に、私はなる。
「っ、…ああ、もう…あんなに泣いたのに…」
私は、バカだ。
こんなに苦しいのに、
それでも、『ローに会わなければよかった』なんて思えない。
ローが生み出すものなら、
この苦しみすら愛しい。
「…ははっ、ベポまでそんなカオしなくていいんだよ?」
今にも泣き出しそうな大きな瞳に、情けない泣きっ面の私が映っている。
「ローに会えなかったら、ベポにも会えてないもんねー?」
そう言って、もこもこな頬をなでると、ベポは私の右手にすり寄ってきた。
「ありがとう、ベポ…」
そう告げると、ベポは再び気持ち良さそうに目を瞑った。
「お見送り、どうしようかな…」
ローに、会いたいな…
さっきの雲が、空のなかを迷わずまっすぐに流れていった。[ 48/70 ][*prev] [next#]
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