26

……………まって…


どこにいくの…


それに向かって必死に手を伸ばすも、あと少しのところで触れることができない。


もう少し…


もう少し………なのに…


近付こうとすればするほど、なぜかなおさら遠ざかっていってしまう。


まって…


いかないで…


こんなに…


こんなにも、求めてるのに…


あなた以外、もう考えられないのに…


足掻いて、足掻いて、なんとかまたそれに追いついた。


もう少し…


もう少しで、届く…


いかないで…


置いて、いかないで…!


やっと、


やっと触れられる…!


私は、最後の力を振り絞って、それに向かって思いきり手を伸ばした―…‥










「!!……………カツ丼っ…!!」


自分のその叫び声が聞こえてきて、私はパチリと目をひらいた。


呼吸が乱れて、少し苦しい。


じっとりと汗もかいている。


………………………………………あ、


あれ?


呼吸を落ち着かせながら目をキョロキョロと動かせば、見たこともない天井と目が合う。


…………………ここ…


…………………………どこ?


その時…


「***っ…!!」


突然、右側の視界にとびこんでくる黒い影。


かわいいキャスケット帽子が目についた。


「シャ、シャチ………くん…?」

「よかったっ…!!やっと目ェ覚めたっ…!!」


シャチくんがなぜか涙目で私の起床を喜んでいる。


な、


なんでシャチくんがうちに?


すると…


「***…!よかった…!おれがわかるか?」

「ペっ、ペンギンさんっ…!!」

「***…!よかったわ…!具合はどうかしら?」

「ロっ、ロビンまでっ…!!」


あっ、あれっ!?


なっ、なにこの状況っ…!!


なんでうちに皆がっ…!!


昨日お泊まり会とかしたっけ!?


「なんだよおまえ!もしかして覚えてねェのか?ったくほんとにノーテンキなヤツだな!はははっ…!」


シャチくんが涙目のまま、いつものように笑いとばす。


「覚えてないのなら、それはそれでいい。」

「えぇ、そうね。なにも無理に思い出すことはないわ。」


ペンギンさんとロビンがふわりと微笑みながら言った。


「あっ…!!おっ、おれっ…!!キャっ…!!キャプテン呼んでくるっ…!!」

「あっ、おいっ、シャチ、走るなっ…」


ペンギンさんが止めるのも聞かず、シャチくんは風のように部屋を出ていった。


「ロ……………ロー…?」


いまシャチくん…


ローを呼んでくるって言った?


考えるよりも先に身体が動いて、私は起き上がろうと身体に力をいれた。


「!………いった…!」


突然、身体中が悲鳴を上げる。


「ダメよ…!***…!身体を起こしては…!」


ロビンが慌ててまた私をベッドに押し倒した。


な、なんかロビンに押し倒されるってドキドキしちゃう…


………………じゃなくて…!


私ははじめてこのときゆっくりと周りを見回した。


ここ…


……………病院だ…


私、なんでこんなところに…


必死で記憶を辿っていくと、ふと、あの暗い夜道でのできごとが脳裏によみがえった。


そうだ…


私…


それと同時に、バタバタと走ってくるようなふたつの足音。


ガラリと、乱暴にドアがひらかれる。


そこには…


「ロ……………ロー…」

「***…」


そこには、めずらしく息を切らしながら汗をかいているローがいた。


その姿を見て、どうしようもなく胸がキュンと疼く。


「…………………。」


ローは、しばらく私を見つめると、目を閉じて小さく息をついた。


「……………具合は。」

「………え?」

「具合…どうなんだよ。」

「あ、う、うん…ちょ、ちょっと身体重いけど…大丈夫…」

「……………そうか。」


そう小さく答えると、ローはゆっくりと病室へはいってきた。


「………診察する。おまえら出てろ。」


ローがそう言うと、ペンギンさんやシャチくん、ロビンがニコニコと笑いながら、ゾロゾロと病室を去っていく。


すると、ロビンがチラリと振り向いて、一瞬フワリと笑ったのが見えた。


パタンと小さく音を立ててドアが閉まる。


「…………………。」

「…………………。」


ローは、私の傍までくると、近くにある棚にカチャリと器具を置いた。


ローは、私と目を合わせることなく、黙々と器具の用意をしている。


………………な、


なんか、緊張する…


それに…


こんなときに、たいへん不謹慎ですが…


ローの白衣姿…


カッコよすぎるんですけどっ…!


しゃ、写真撮りたいっ…!


あ、あとでシャチくんに頼んでみ


「……………なんだよ。」

「……………は、はい?」

「ジロジロ見てんじゃねェよ。」

「あ、すみません。」


い、いけないいけない…


思わず見とれてしまった…


カチャカチャと、金属がぶつかる音だけが、耳に届く。


「……………あ、あの、」

「…………………。」

「な、なんか………面倒かけちゃってごめんね…」

「…………………。」

「ま、まさか自分がこんなことになるなんて、よもや思わなくって…」

「…………………。」

「よ、よくさ、こういうことが起きると他人ごとじゃないっていうけど、ほんとだね…ははっ…」

「…………………。」


……………どうしよう。


………怒ってる。


『ぼやっとして歩くな』って言われてたのに…


ローとのデートに浮かれてふわふわ歩いてたらこんなことになっちゃって…


……………あきれてるのかもしれない。



「ご、ごめんね、ロー…ほんとに迷惑ばっかりかけちゃ」

「起きられるか。」

「………………は、はい。」


身体を起こそうと力をいれようとしたとき、ローの手が私の腕に伸びてきた。


起きやすいようにと、やさしく腕を引かれてドキドキと胸が高まっていく。


「ロ、ロー………あ、ありが」


『ありがとう』


そう伝えたくて、ローを見上げようとした瞬間、










私は、ローの腕の中にいた。










思わぬできごとに、一瞬、呼吸の仕方を忘れてしまう。


私…


いま…


もしかして、もしかしなくても…










ローに、だきしめられてる。










「…!!!!!」


ローの息遣いがすぐ耳元で聞こえて、私は身体中の血液が瞬時にのぼっていくを感じた。


心臓が耳元に移動したんじゃないかと思うくらい、胸がバクバクしている。


「ロっ…!!ロロロロロロロっ…!!ローっ…!!」

「…………………。」

「どっ、どっ、どっ…!!どうしたのっ…!!」

「…………………。」

「もっ…!!もしかしてあれっ…!!たっ…!!立ちくらみとかっ…!!」

「…………………。」

「たっ…!!たいへんっ…!!いまおおおおおっ…!!お医者さんをっ…!!あっ…!!ローがお医者さんだったっ…!!」

「…………………おまえ少し黙れ。」

「ででででっ…!!でもっ…!!」

「…………………うるせェ。」

「!!」


ぎゅうっと、呼吸ができなくなるくらいに強くだきしめられる。


…………………わっ…!!


どっ…!!


どうしようっ…!!


どうしちゃったのっ…!!ローっ…!!


いま起きている現実がなにひとつ理解できなくて、私はなすすべなくただただ身体を固くした。


「……………ぼやっとして歩くなって言っただろうが。」

「ごっ…ごめんなさいっ…!」

「もう夜遅くまで仕事すんな。そんな会社辞めちまえ。」

「わっ…わかりましたっ…!」

「周り歩いてるヤツは全員殺人鬼だと思え。常に警戒しろ。」

「はっ…はいっ…!」


やっとの思いで答えると、ローの口元から薄く笑う声が聞こえた。


「……………よし。」


その安堵した声と同時に、ふわふわと後頭部をなでられる。


…………………あ、ダメ。


死ぬ死ぬ。


ドキドキしすぎて、死んじゃう。


すると、スッとローの腕の力が弱まった。


至近距離で、ローの藍いろの瞳と目が合う。


「***…」

「は、はい…」


ローの口元が、意地悪く上がる。


「治療代、高くつくからな。」

「…………………へ、」

「一生かけて払えよ。」

「ちょ、ちょっとま」

「せいぜい死ぬまでボロボロになりながらおれにつくすんだな。」

「い、いや、あ、あの、ロー、それはちょっと」

「わかったな。」

「ハイ。」


わかればいい、と、ローはそれはそれは満足そうに口の端を上げた。


…………………ち、治療代…


考えてなかったっ…!


き、金額聞くの、こわい…


「…………………***、」

「……………え?」


ローは、器具をいじりながら、こちらを見ずにボソリと呟くように言った。


「……………どんな理由があろうと、おれから離れることは許さねェからな。」

「………ロ、ロー…」

「わかったのか、馬鹿。」

「……………はい。」


……………わかってるよ、ロー。


どんなカタチでも、


私は、ずっとローと一緒にいる。










独りに、しないよ。










「ロー…」

「……………あァ?」

「…信じてた。ローなら必ず、助けてくれるって。」

「…………………。」

「助けてくれて、ありがとう…ロー。」

「…………………あァ…」


私の、自慢の幼なじみだよ。


…………………これからも、


ずっと。










私は、知らなかった。


ドアの向こうで、


ダリアさんが、この様子を一部始終見ていたことを。


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