24
「トラファルガー・ローだろ。……………ツラかせよ。」
「……………あァ?」
中学に上がると、毎日のように喧嘩を売られるようになった。
歯向かってくるものは、すべてその力でねじふせる。
そんな日々が続いていた。
「ロっ…ローっ…!!」
ケガの治療をしに保健室へきたところへ、***が血相をかえて現れた。
「まっ…また喧嘩したの?」
「うるせェ、わめくな。」
「で、でも、そのケガ…」
「……………なんでわかったんだよ、おれがきてること。」
「あ………先生たちが騒いでたから…ローが久しぶりに学校にきてるって…」
「……………そうかよ。」
そんなやりとりをしながら、ローは上の服を脱ぎ捨てた。
その上半身についている多数のキズをみて、***の身体がびくりと揺れる。
「なっ…何人にやられたの…」
「やられてねェよ。おれがやられるわけねェだろ。」
「そ、そういうイミじゃなくて…」
ローはテキパキと消毒液を塗り終えると、利き手ではないほうへピンセットを持ち直した。
「…あ、わ、私やろうか…」
利き手じゃないうえにケガをしている。
さすがのローもやりにくいだろう。
そう思った***は、遠慮がちにローにそう聞いた。
「…………………あァ。」
ローがピンセットを差し出すと、***はホッとしたようにそれをうけとった。
「し、しつれいします…」
そう呟くように言って、おそるおそるキズ口に消毒液を塗っていく。
あまり血を見るのが好きではない***は、少しだけ目を閉じながらひとつひとつ丁寧に治療していった。
「…………………。」
ローは、その***の様子を見ると、視線を床へ下げて、ポツリと呟くように言った。
「…………………おまえ………………なんでいるんだ。」
「へ?…だ、だから、先生たちが騒いでて、」
「そうじゃねェ。
…………おまえ、なんでいつまでもおれといるんだ。」
「…………………え?」
思いがけないローのその問い掛けに、***はピタリとその手を止めた。
「昔から嫌われてる。」
「…………………。」
「いまなんて、いろんなヤツに目つけられてる。」
「…………………。」
「おれといたって、なんもいいことなんかねェ。」
「…………………。」
「なのに……………なんでおまえは、離れていかねェ。」
いつか、聞こうと思っていた。
特別、なにかをしてやった覚えはない。
あのときだって、そうだ。
『お友だちのだから。』
カタリと、***がピンセットを台に置く。
「なんでって、そんなの…」
「…………………。」
「か、」
「……………か?」
「考えたことなかった…」
「…………………。」
……………コイツに聞いたおれがバカだった。
ローは大きく溜め息をついた。
「な、なんでかな…なんでだろ…そう言われてみれば不思議だよね…」
そんなことを呟きながら、***はまた治療を始める。
「……………もういい。どうでもよくなってきた。」
「へ、あ、そ、そう?」
「まだかよ。」
「へ?……………あ。こ、ここで終わり…」
「どんくせェな。」
「ご、ごめんね。」
謝りながら、せかせかと***は手を動かした。
「…………………で、でも、」
「あ?」
「その…むずかしいこと考えないでさ。」
「…………………。」
「ほら、おなじ公園で毎日一緒にいた仲なんだし、私たち。」
「……………一回も話した覚えねェけどな。」
「ま、まぁ、そうだったけど……………でもほら!小さい頃からずっと一緒にいたってことは……………幼なじみみたいなものだよ、きっと!」
「……………幼なじみ…?」
自分とは縁もゆかりもないと思っていたその単語に、ローは眉をしかめた。
「……………幼なじみってずっと一緒いるもんなのか。」
「た、たぶんそうじゃないかな。よくわかんないけど。」
「……………よくわかんねェのによく言ったな、おまえ。」
「そ、そうですね…」
「こんなバカと幼なじみなんてごめんだな。」
「ま、まぁ、そんなこと言わずに…だから、
ずっと一緒にいようね、ロー。」
「…………………おまえ、」
「は、はい。」
「言ってて恥ずかしくねェか、それ。」
「う、うん、いまさらだけどちょっと恥ずかしい…」
***は最後の治療を終えると、そそくさと椅子から立ち上がった。
…………………幼なじみ、ねェ…
「……………まァ、」
「………………え?」
言いながら、ローは立ち上がると服を手にした。
「…………………仕方ねェから、一緒にいてやる。」
「……………ロー…」
その表情は、***からは見えなかった。
…………………でも、きっと、
「ローって、」
「あ?」
「て、照れ屋さんだね。ほんとはうれしいくせに……………なんて、」
「…………………。」
「あ、うそです。ごめんなさい。」
「…………………くだらねェこと言ってねェで、さっさと帰るぞ。」
「だっ、ダメだよっ…まだ授業終わってな」
「おれには必要ない。」
「ロ、ローは必要ないかもしれないけど、私には必要」
「行くぞ。」
「ハイ。」
***は即答すると、小走りでローのあとを追った。
ずっと、一緒だった。
どんなに多くの人間が自分から離れていっても、
***がいれば、それでよかった。
***が、自分をみてくれていれば、それで。
『ずっと一緒にいようね、ロー。』
『幼なじみ』なら、ずっと一緒にいる。
そう言ったのは、おまえだ。
だから、
おれから離れることは、許さない。[ 24/70 ][*prev] [next#]
[mokuji]
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