23

「アイツだ!アイツがまたきたぞ!」

「きしょくわりィ!」

「解剖されるぞ!にげろにげろ!」


その少年の姿を見るやいなや、ぎゃあぎゃあと喚きながら子どもたちは公園から走り去っていった。


「…………………。」


少年はその方向をじとっと睨み付けると、すぐに視線を逸らした。


その左手には、生を失ったカエルが握られている。


少年は日のあたらない木陰へ座ると、ポケットからメスをとりだした。


血を見るが、好きだった。


こうしていると、ひどく落ち着く。


そんな少年から、皆が離れていった。


無条件で愛してくれるような、親もいない。











少年は、独りだった。










「またアイツがきたぞ!!」

「にげろにげろぉ!!」


いつものように、子どもたちが公園から走り去っていく。


少年もいつものように木陰へ向かおうとした。


そのとき、目の端に人影がうつる。


少年はふと、その方向へ目をやった。


少女がひとり、砂庭にいる。


一心不乱に砂をいじって、なにかをつくっているようだった。


すると、少年の視線を感じたのか、少女がおもむろにカオを上げた。


とっさに少年は目をそらすと、再びいつもの木陰へ歩を進めた。


どうせ、そのうちいなくなる。


少年は、いつもの定位置につくと、ポケットからメスをとりだした。


―…‥


少年はひとしきり『楽しむ』と、使用したメスを水道で洗うため、木陰から出た。


いつのまにか、日が暮れている。


ふと、砂庭に目をやった。


「…!」


そこには、


まだ、先程の少女がいた。


自分のことを見ていなかったのだろうか。


少年がそう思案したそのとき、少女がおもむろにカオを上げた。


少女は、一瞬だけ少年を瞳にうつすと、すぐに足元へ視線を戻した。


「…………………。」


少年は、そのまま公園から去っていった。


―…‥


「アイツがまたきたぞぉ!!」

「にげろにげろぉ!!」


いつものように、走り去っていく子どもたち。


そうすると、この公園にはひとりになるはずだった。


だが、いまはちがう。


砂庭には、


あの少女の姿がある。


少女は先日と同じように、一瞬だけ少年を瞳にうつして、すぐに足元に視線を戻した。


「…………………。」


少年は、なんとも言えない居心地の悪さを感じて、いつもよりも早足で木陰へ向かった。


それからというもの、その公園には日が暮れるまで少年ひとりと少女ひとりの姿が目撃されるようになっていた。


ふたりは、話をすることはない。


近くにいるわけでもない。


それでも、


一緒にいた。


毎日、一緒にいたのだ。


そんなある日のことだった。


「げっ!!これアイツの帽子じゃねェか!!」

「さわるなさわるな!!呪われるぞ!!」


子どもたちが、綿毛のついたふわふわの帽子を足げにしている。


ちょうどそこへ、少年が公園に現れた。


昨日、公園で帽子を外したことをすっかり忘れてしまっていたのだ。


そのことを思い出した少年は、この日少しだけ早めに公園を訪れた。


「…!」


少年はその光景を目の当たりにすると、帽子を奪いかえそうと子どもたちのほうへ歩きだした。


そのときだった。


「ね、ねぇ…それ、かえして?」


その子どもたちにおそるおそる声を掛けるひとりの子どもの姿。


あの少女だった。


「なんだよおまえ。あっちいけよ!!」

「そ、その帽子かえして?」

「あァ?おまえのじゃねェだろ!!」

「う、うん…私のじゃないけど…でも…









お友だちのだから。」










それを聞いた少年は、眉をしかめた。


友だちになど、なった覚えはない。


勝手なことを言い出したその少女を、少年は遠くから睨みつける。


「なにが友だちだ!!うそつくんじゃねェよ!!」


そう叫びながらひとりの子どもが大きく足を振り上げた。


それを帽子に向かって勢いよく降り下ろす。


その瞬間、少女が帽子に覆いかぶさった。


子どものケリが、少女の身体に当たる。


「バっ…バカじゃねェのっ…!!おまえ!!」

「コイツ帽子にさわってら!!呪われるぞ!!」

「いこうぜ!!」


そして子どもたちは、いつものように公園を走り去っていった。


「あいたた…」


少女が、むくりと立ち上がる。


見ると、身体中にすりキズができていた。


少女はそんなことはお構いなしに、帽子を手にすると水道へ向かった。


「よ、いしょ…」


背伸びをしながら、やっとのことで蛇口をひねると、水を手につけて丁寧に帽子の砂を洗っていった。


「…………………。」


少年はその様子をただじっとみつめていた。


「……………よしっ!」


10分ほど経ってから、少女は蛇口をひねって水を止めた。


トタトタと走っていく先は、少年がいつもいる木陰。


少女は腕を目一杯伸ばして、枝にその帽子を引っかけた。


そしてキョロキョロと周りを見回すと、いつもの砂庭へ向かっていつものように砂をいじり始めた。


「…………………。」


少年は、それを見計らって公園へ足を踏みいれた。


少女はいつものように少しだけ少年の姿を瞳にうつすと、すぐに足元へ視線を戻す。


少年もいつものように木陰へ向かう。


先ほど少女が引っかけた帽子が、ゆらゆらと風に揺れている。


少年はそれを手にとると、頭の上にのせた。


濡れているのが、キモチ悪い。


これならまだ砂がついていたほうがマシだった。


少年はそんなことを考えながら、いつものようにポケットからメスをとりだした。










ローと***。


ふたりの出会いである。


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